46.魔道鏡
「却下!」
ファティは私の言葉に、意外そうな顔を見せる。
「却下ね⋯⋯」
「かしこまりました⋯⋯」
ファティの提案に乗ってしまったら、私は魔王になってしまう。
手荒な真似で解決したくないし、どうすれば⋯⋯
「この人たちってあとで普通に動けるようになる?」
「はい。静止魔法が掛かっているだけでございますので。あと十分程で動けるかと」
「そっか。じゃあもう行こっか」
「よろしいのでございますか」
「うん。今はどうにもできなさそうだし」
「恐れながら、やはりここは原因をすべて排除したほうが、よろしいかと存じます」
ファティの方法は過激すぎるよ。最近まで普通の女子高生だった私には無理だ。
でもこの異世界ではそれが当たり前なのかな。暴力に訴える人が多い気がするし⋯⋯
「う〜ん。姿が消える魔法のようなものはないの?」
「ございますが、それは使用者のみしか姿が消せない魔法でございまして」
「そっか⋯⋯私は魔法使えないし」
「それではキョーコ様。ここは巫女家の剣に眠っていただきましょう」
「──えっ、ちょ、ちょっと!」
それはさすがに過剰防衛だよ。
「何か問題がございますか?」
ファティは不思議そうな顔をしている。
「も、問題、問題あるよ! 殺すのはちょっと⋯⋯」
何故かファティは驚いたような表情になって、それから微笑んだかと思うと
「殺しはいたしません。私の魔法で眠らせるのでございます」
と私の早合点を正した。
「えっ!? あっ、あはは。ごめん、勘違いしちゃった」
どうやら殺すという意味の眠らせるじゃなかったみたい⋯⋯
「じゃ、じゃあ。その案でいこう。お願いできる?」
「かしこまりました」
ファティが淡い金色の光に包まれた手をかざすと、巫女家の剣の三人は簡単に眠りに落ちてしまった。
その後ファティが三人を、建物の壁に寄りかからせてくれた。
「この人たちってどれくらいで目覚めるの」
「一日程度でございます」
「なら問題なく帰れるね。ありがとう」
路地裏から大通りに戻ってきたところで私は
「もうお昼過ぎてるかな」
とファティに確認した。
後ろからついて来ていたファティは
「はい。十三時過ぎでございます」
と答えた。
「じゃあ、いったん帰って食事をしよう」
「かしこまりました」
私たちは部屋で食事をしてから、まだ時間が早いことと食後の運動を兼ねて、巫女の神域に潜ることにした。
金欠というのもあるんだけどね⋯⋯
しばらく巫女の神域で探索してから、教会の外に出ると辺りはすっかり夕暮れに染まっていた。
ヴェスタル宮殿の方を眺めると、宮殿が夕陽に照らされて美しかった。
帰る前に魔石を換金するため、忘れずに千里眼に寄っていく。
エミリーさんは十階層で入手できる魔石のことは聞いてこなくなったけど、愛想はまったくない。
別にいいんだけど⋯⋯
その後は何事もなく、巫女の神域にある部屋に帰り着いた。
でも毎回帰る度に、巫女家の剣をわざわざ眠らせるようなことはしたくはないので──まあ、眠らせるのはファティだけど⋯⋯どうにかしたいな。
すぐにはいい案が浮かびそうにないので、いったん棚上げにしておこう。
──巫女家の剣に跡をつけられた日から三日経ったけど、あの時一度きりでその姿を見せることはなくなった。
ファティが索敵魔法で警戒してくれているので、間違いない。
このままずっとそうであってほしいけど。
私がそんなことを考えながら、リビングにあるソファーで紅茶を飲んでいると
「キョーコ様」
と呼ばれたので隣に座ってるファティを見た。
いつものクールビューティーな表情ではなく、眉を寄せて少し不機嫌そうだった。
「どうしたの?」
「書庫アグノイアに侵入されました」
「──えっ!? うっそ⋯⋯」
青天の霹靂とは、きっとこのことを言うのかもしれない。
ファティが絶対に誰もたどり着けないと言っていた、書庫アグノイアに侵入されるなんて。
いったい誰が⋯⋯どうやって?
「誰が侵入してきたの?」
私は内心、動揺しながらファティに聞いた。
「十六人ほどの集団でございます」
「そんなに!」
この巫女の神域の転移魔法はファティにしか使えないから、侵入者は巫女の神域を教会の入口から入ってきて攻略したはず。
そうだとしたら途中のブラックミスリルスライムとダークゴブリンがいる階層を、どうやって突破したんだろう。
この二体のモンスターは、私が今まで戦ったことがある人たちの攻撃スピードとパワーを、軽く凌駕していた。
だから倒して進むなんてことは、いくら人数がいても出来そうにない。
それとも侵入者の中にすごく強い人がいるのだろうか?
「キョーコ様。いかがなさいますか」
私が考えに耽っていると、ファティが指示を求めてきた。
「書庫アグノイアから侵入者を排除いたしますか」
「あれ? 書庫アグノイアは、来るものを拒まずじゃなかったっけ?」
私はファティに以前言われたことを思い出して、聞き返した。
「さようでございますが⋯⋯キョーコ様が排除すると仰れば、すぐに排除いたします」
「しない、しない。それより、書庫アグノイアに侵入されたってどうやってわかったの?」
ファティとは今日ほとんど一緒だったので、侵入されたのをいつ察知したのか不思議だった。
「魔道鏡のおかげでございます。特定の場所に侵入された時に、所有者だけに知らせる機能がございます」
「ヘーそんな便利なアイテムがあるんだ」
「侵入者の姿をご覧になりますか」
「うん」
私は好奇心に負けて、侵入者の正体を知りたくなった。
ファティは収納魔道具から、大きな長方形の物体を取り出すとソファの前にあるテーブルに置いた。
これが魔道鏡? 鏡といっても表面は黒く、姿が映らない。なんか液晶テレビに似ている。
ファティが魔道鏡に手をかざすと、鏡面が明るくなり立派な本棚に隙間なく本が埋められた場所が映し出された。
そこを十人以上の人間が動き回っている。
肉眼で見るのと差が感じられないほど、書庫アグノイアは綺麗に映っていた。




