12.ウヌス
『すまなかった。霊盃の力をちゃんと継承しているのか、確かめたかっただけなのだが。頭に血が上ってしまった。これほどの戦いは久しくなかったものでな』
しばらく無言が続いたあと、古代級地龍が謝罪した。
『そう睨まないでくれ。ファティ⋯⋯』
「気安く名前を呼ばないでくださいませ。あなたはキョーコ様に不埒な真似をし、挙げ句の果てはこの神聖な大地を穢したのです」
ファティ、怒ってる⋯⋯まあ、それも当然だけど。ここでいきなり暴れて、森を滅茶苦茶にするのはやりすぎだよ。
『すまなかったな。キョーコ。我はウヌスと申す』
「いえ、みんな無事で良かったです」
森は無事じゃなかったけどね⋯⋯
確かに鎮火はしたみたいだけど、広範囲に焼け跡が残っていた。
『優しいな。キョーコは』
「優しすぎでございます」
「そうかなぁ」
『それでは新しき霊盃継承者の力を確かめられたので、我はそろそろ失礼する』
ウヌスさんが別れを告げると一陣の風が丘に吹いてきた。
次の瞬間、山が空に浮いてた──いや古代級地龍のウヌスさんが、飛んでいた。
「飛べたんだ⋯⋯」
飛ぶ速度はかなり速く見る見るうちに姿が小さくなっていき、やがて霧で煙る樹海の果てに消えていった。
身体に対して翼はとても小さく羽ばたいてもいなかった。魔法の力で飛んでいるのかな。
ともかくこれでようやく目的地に行くことができる。
「それじゃあ、霊廟に行こう」
「かしこまりました」
霊廟の中に入ると室内はとても明るく白一色で、特に装飾もないので簡素だった。
でも室内の中央にとても目立つものがある。
床から高さ二メートルくらいの距離に、大きな円形の物体が浮いていたのだ。
それはゆっくりと縦に、また横にと回転していた。
それとどこからともなく鈴が鳴っているような、神秘的な音が聴こえてくる。
近付いてよく見ると、何かの金属で出来ているようで、表面には記号のようなものが彫られている。魔法陣の記号と同じで、その意味はわからなかった。
「霊盃の巫女様の碑でございます」
私がこの不思議な物体を興味深く見ていると、ファティが声をかけてきた。
「霊盃の巫女?」
「霊盃継承者の事でございます」
「そうなんだ」
巫女かぁ、私には似合わないような⋯⋯
そんなふうに思いながら、視線をファティから巫女の碑に戻したとき、変化が現れた。
「あっ!」
さっきまで不可思議な記号としか認識できなかったのに
「アスト、ルム⋯⋯アストルムさんの名前が彫られてる!」
と文字として理解できた。
私は霊盃を授けてくれた、翡翠色の髪と瞳をした美女を思い出した。
「さようでございます。歴代の巫女様のお名前が彫られております」
「そうなんだ」
碑にはアストルムさんの名前の他にも幾人か、名前が彫られていた。
オルサ、レクス、ウェルバ、ルベル、ウェネフィカ。
霊盃の巫女が全員で六人いたことが判明した。私を含めると七人、意外と少ない。
──しばらくこの場所の神聖な雰囲気に包まれて、霊盃の巫女の碑を眺めながら佇んだ。
「それじゃそろそろ帰ろうか。ちょっと疲れちゃった」
「かしこまりました」
身体的には疲れてなかったけど、精神的に疲れていた。
新生殿にも行く予定だったけど、今度の機会にしよう。
ファティに転移魔法を使ってもらって、第九階層に戻った。
「ふう、帰ってきたね」
「キョーコ様。お疲れでございましたら、温泉にお入りになりませんか」
「えっ!? 温泉があるの?」
「はい。ございます」
驚いた⋯⋯ダンジョンに温泉があるなんて。
「うん。温泉入りたい!」
私はファティに自分が目覚めた部屋の隣にある部屋に案内された。怖くてドアを開けずに、スルーした部屋だ。
中に入ると私の目覚めた部屋より広かった。
「広くて綺麗だね。ここはファティの部屋なの?」
「はい。使わせていただいております」
「それじゃあ、私は隣の部屋を借りてもいいかな」
「あの部屋はキョーコ様のものでございます。もちろんこの部屋もキョーコ様のものでございますので、どちらもご自由にお使いになってくださいませ」
「じゃあ隣の部屋を使わせてもらうね。ありがとう」
異世界に来ていきなり宿無しはきついから、助かっちゃった。
部屋はダイニング、キッチン、リビング、寝室と、あといくつか部屋があって、かなり広い作りになっている。
待望の温泉は部屋の奥にあった。
──初めて入った温泉はとても素晴らしかった。
着替えは脱衣所に新しい服が置かれていたので、それを着させてもらって、ダイニングルームに向かう。
古代級地龍のウヌスさんとの戦いでボロボロになった服は、あとでファティが修繕してくれるらしい。無くした靴もすぐに見つかると言っていた。探索魔法でもあるのかな。
「キョーコ様。どうぞお掛けくださいませ」
ダイニングルームまで戻ってくると、ファティが待っていてくれた。
促されるままにテーブルの前にある椅子に向かうと、ファティが椅子を引いてくれる。
そのような事をされるのは慣れていないので、ちょっと戸惑いつつも椅子に腰掛けた。
「今、ご昼食をお持ちいたします」
昼食? そういえば今何時なんだろう。地下のダンジョンにいるから、朝なのか夜なのかわからない。
そう思っているとファティがダイニングの隣にあるキッチンからティーカートを押しながら戻って来た。
そのティーカートからテーブルに置かれたのは、シチューに似た料理とパンだった。
 




