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庶子の困惑

 王弟殿下の愛人の子というのが私の立ち位置だ。

 その立ち位置を私は、弁えているつもりでいる。


 幼い頃は、何故父がいないのか聞くと「お父様は愛人の元にいて、その女がお父様を離してくれないのよ」と言っていた。何も知らない私は、その話を信じて、「はやくそんな悪女死んでしまえばいい」、「お父様に会いたい」と言っていた。王都のそれなりにいい場所に住まわせもらい母とふたり生活に困らない程度に養われていたのだから、母の言葉に嘘はないと思っていた。

 だけれど、その生活が終わったのは、母が異国の商人と駆け落ちして、私が屋敷にひとり残されたことで、父と名乗る男が目の前に現れる。

 初めてみる父は、父と知らなければ好意を持つことが出来るほどの精悍な顔立ちで、一瞬見惚れてしまう。



「これから、私のことは父と呼んで欲しい。訳あっていままで、ディアドロを屋敷に招くことが出来なかったことは申し訳ない」



 そう言った父の言葉を真に受けられるほど、私は純粋な気持ちを持って育つことは出来なかったみたいだ。



「いえ、母に捨てられた私を保護してくださった父様には感謝します。でも、私……これから貴族としては生きていけない」


「何故、そんな悲しいことをいう。いままで家庭教師を雇っていただろう」


「それは……」



 言えるはずもなかった。

 家庭教師を雇っていたので勉学に対して不自由はしていない。それでも、淑女としての教育は母が拒んでいた。

 何故、拒んでいたのかはわからなかったが、父に引き取られた日に来ていた夫人が教えてくれた話では、駆け落ちした商人は元々母に懸想していたらしい。

 それに、父が来ないこの屋敷の主人としてあの男は住み着いていた。父はそのことを知っていたはずだが、口を出すことはなかった。母に対して愛情があったのかさえわからない。それに、母は父が雇った家庭教師を女性から男性に変えていたなど。



「あれは、ディアドロを立派な淑女にしたと言っていたが」



 立派な淑女か。

 母のいう淑女とは、男性に媚を売り可愛がられる女性のことを言っていた。

 そもそも、父と意見が違う。

 母は傾きかけた子爵家出身で、王都に屋敷を持つことも出来なかった田舎貴族だと言い、そんな母は学園に入学してすぐに父を誘惑したらしい。父も母の色香にすぐに魅入られたと酒に酔うといつもこの話をしていた。

 その話を母のことを抱き締めながら聞いている商人の顔はいつも歪んでいて悔しそうだった。

 その姿は、淑女というよりも娼婦に見え実の母だと思いたくない衝動に常に駆られていた。



「なら、仕方ない。16になれば学園に入学しなくてはいけないのだが、それを私の権限でマナーが整うまで延期する」



 呆れたように言う父は、母に面倒など見せなければよかったとブツブツと言っていた。

 今まで、顔を見せたこともなかったというのに勝手なことばかり言う父に呆れる。

 母がいなくなり会いに来たというのは、この人にとって母は会いたくもない人物だったのだろう。

 ただ、自分の血が半分でも流れている子である私を政治的に利用しようとしているのだろうということだけは、何となくだが伝わってきた。



「それにしても、あれに似ることなく聡明に育ったことは何よりだ」



 その呟くように発した言葉、私と父しかいない応接室では酷く大きく聞こえた。












 そう宣言され2年経った18歳で学園に入学させられた。

 夜会デビューは16歳でするはずなのに、マナーが整っていないということで延期に延期を重ね、何故か学園の謝恩会でデビューの予行練習として、王太子と踊れと言われた。

 急に呼び出された王太子殿下とその婚約者様は、困惑していた。勿論、私も困惑気味だが。

 初めてみる王太子殿下スペンサー様は父と違い、美丈夫と言ってもいい。王妃様の線の細さを受け継いだのか、女装がとても似合いそうだと不謹慎ながら考える。その隣にいるアルバニア様は私より2歳下の16歳と聞いていたが、あどけなさの中に見える気の強さ、そして、なにより猫目で軽くまかれた髪が少女らしさを引き立てていた。

 16歳から成人とみられるが、彼女はまだ大人になりたくないのだろうかと、聞いてみたいが私のような女が、彼女のような神聖な存在に話し掛けてはならないのだ。先程から、穏やかそうに会話しているが、目元が全く笑っていない。

 殿下も全く乗り気ではないというか、雰囲気は友好的だがアルバニア様を強く引き寄せながら、「彼女の入学を速めて意味をご存じで」と父に問うているが、それを気にするような男ではないことを私は知っている。



「必要以上に近づかないでもらいたい。アニーに浮気と思われたくない」


「わかっています。私たちは仮ですが従兄ですよ。少しは友好的にはしてください」



 可愛らしい婚約者が心配なのは仕方がない。

 アルバニア様と言えば、銀髪の青い瞳をした月の女神の化身かと言われている方なのだから。



「ヘンリー、彼女のことはお前に全て任せたいのだが」


「殿下が公爵様から預かったのですよ」


「本当にあなたたちは婚約者以外の女性を何だと思っているのですか」



 エスコートを押し付けられたと思っているが、此方も婚約者がいる男と一緒になど居たくはない。

 元々、自身の評判がいいものではないことを知っている身としては、これ以上評判を落としても何もないが、学園に在籍させられている以上、その生活に支障があることだけは回避したい。



「女性とは…あの鼻にくる香水をバカみたいに着けて着飾る者たちのことだろ」


「殿下、それ以上汚い口を利くようでしたら、この場からのご退場をお願いします」


「お前は堅すぎる。それでは、お前の可愛らしい婚約者に嫌われてしまうぞ」


「どうでしょう」



 無表情だけれど、ヘンリー様の口角が少しだけあがった気がする。

 勘違いかもしれいが、きっとこの方は婚約者様のことをとても大事にしているのだろう。

 殿下同様に、こんな私が側にいることが申し訳なくなってしまう。



 学園長からの開催宣言と共にはじまった謝恩会だが、本当に場違いな気がして仕方ない。

 卒業生以外で参加しているのは、卒業生の婚約者のみ。

 ここまでエスコートをしたスペンサー殿下はネチネチと「アニーをうまく言いくるめて、はやく入学させたというのに、何故おまえのようなちんちくりんの相手をしなくてはいけないんだ」や「はやく、婚約者をつくれ」と、散々なことを言ってきた。


 暫くすると、演奏が始り何組かが踊り始める。本来なら王族が先んじるものなのだが、パートナーがアルバニア様でないことから、やる気がみえない。

 仕方ないが、これも王太子としての義務といった感じに扱われる。

 デビュタンとの予行演習としているが、私は目の前にいる仏教面の男に愛想笑いを振り撒いていることだけは偉いと誉めてもらいたい。

 回りから見れば、媚を売っていると思われるかもしれないが、パートナーとして踊っているのだから義務を果たしていると思ってほしい。

「ターンが遅い」「アニーならもっと優雅に舞う」と、アニー大好きスペーサー殿下の駄目だしを貰いながらも、1曲を踊りきった。

 こんなにも、長いと思った1曲はないのではないだろうか。

 まだ、夫人に教えてもらっていた時間の方が短かった気がする。

 曲が終わったのだから、はやく愛しのアルバニア様の元へ行けばいいのに、何故まだ私の近くにいる。



「愛しのアルバニア様の元へ行かなくていいのですか?」


「行きたいに決まっているだろう」


「だったら、行けばいいのに」


「バカか。おまえの御披露目を兼ねているのに、社交場に疎いおまえをひとりにすれば、ここの者たちに餌を与えるようなものだろう」



 心底、おまえはバカだなと視線で訴えてくる。

 表情に出せば、変な憶測を生むことがわかっているらしい。

 それにすぐ、殿下の回りは人が溢れ囲まれてしまう。

 男子生徒とのみなら、まだ匂いと面では気にならなかったが、パートナーであるご令嬢を同伴している者たちからする香水に、頭が痛くなるのを覚える。

 ひとりといった単体なら、匂いもあまり気にならないが集団になるとどうしても気になってしまう。



 チラリと見えたアルバニア様がワインを貰い、グラスを傾けながら此方を見ている思えば、それをすぐに呷っている。

 まだ、飲酒が解禁されたばかりの彼女がこのようなお酒を呷れば、どうなるかは近くにいる者たちにもわかるはず。

 近くにいるご令嬢が目を見開いたかと思えば心配そうに、近付き近くにある椅子に座らせようとしている。



「いま、彼女に何が起きた」




 囲まれながらも婚約者の行動が気になるようで、微笑みを浮かべながら行動の一部を見逃していたようで、訪ねてくる。

 どうやら、アルバニア様を一瞬でも見えないことに対して忍耐力がなかったようだ。

 溺愛し過ぎだろう。

 仕方なく彼女が酒を呷った話をすれば、微笑みが深まり気持ち悪い。

 彼女の隣にいる女性が必死に誰か呼んでいるが、何故そこで殿下の名前を呼ばないのか不思議に思う。

 そちちらに目を向けていると、女性が呼んでいた人物がやってきて何かを話している。

 離れているため、会話は聞こえない。それでも、此方をジーっとみているのは、気のせいではないだろう。

 そうせ、私が無理矢理殿下の同伴者に納まったとでも言われているのかもしれない。どうせ、周りからはそういった目で見られているのは重々承知していたはずなのに、こんなにも心が痛いとは思わなかった。

 盾となりアルバニア様の姿が見えなくなったことで、「おい、そこを退け」と、隣から酷く苛立った声が聞こえてくる。聞き間違えではないかと、数人の者が「殿下?」と戸惑っている。

 彼の希望をいまは聞き入れた方が、得策だと思う。



「あら、アルバニア様が見えなくなりましたね。殿下」



 煽るようにして、彼らを殿下から離す。殿下がアルバニア様を溺愛しているのは有名な話だから、察しの悪い者たちでもこれで理解しただろう。

 殿下から徐々に人が離れたことで、持っていたグラスを私に突き出し「持っていろ」と言わんばかりの態度をとられた。

 持つしかないのだけれど、何故ヘンリー様に渡さないで私に預けようとする。



「おい、ヘンリー。彼女のことは、お前が守れ」


「仰せのままに」



 意味がわからない。私のような女を守ったところで、何の得があるのだろうか。

 殿下も父と同じで私を政治的に利用したいだけなのだろうか。

 同年代にしては聡明な方だと思うが、あまりにも達観しすぎてわからない。

 殿下がアルバニア様の元へ走り出し、先程まで後ろで控えていたヘンリー様が隣にいる。



「私のような者が、貴女の隣に立つのは烏滸がましいと思いますが、我慢してください」


「何を言っているのです?それは、私に対する嫌味ですか?」


「いえ、違います。貴女は王弟殿下である公爵様の血を引く方です。庶子と言われても貴族の血が混ざっている。尊い方です」



 嫌味を言われたのかと思っていたが、どうやら違うようだ。

 血に拘ると言うことは、彼も私と同じく庶子なのかもしれない。

 公にはされなくても、彼にとってはそれが気にするべきことなのだ。

 グラスを二つも持つ私は、彼の手を握り「そんなことはない」と伝えたいが、そうすればきっと私はこの学園で悪い意味で目立ってしまう。



「やはり、私のような者は貴女の婚約者に相応しくない。殿下とのやり取りを見ていて思いました。いまから公爵様に断りを入れてきます」


「えっ、いま何と言いました?」


「公爵様に断りを入れてくると」


「その前です」



 記憶力がどうやら悪くなってしまったようだ。

 ヘンリー様の婚約者がどうとか言っているが、きっとそれは異母妹のことを言っているのだろう。

 彼女はとても可愛らしいからヘンリー様の可愛い婚約者に当てはまる。



「あなたの婚約者に相応しくない…ですかね」



 困惑した表情を浮かべているが、どういうことだ。

 そもそも、私に婚約者がいるということ自体が、いま初めて聞いた。



「あなたの可愛らしい婚約者って」


「貴方のことですよ。ディアドロ様」



 照れながら言われ、持っているグラスに力が入らずに落下していく。

 バリーンっと勢いよく割れるが、その音に反応したのは周囲にいた者たちだけだ。

 他の者たちは、殿下とアルバニア様のやり取りに注目している。

 いま、注目されていなかったことに感謝しながらも隣にいる男と向き合いながらも、私の顔はきっと馬鹿みたいな間抜けな顔をしているだろう。

 それなのに、目の前にいるヘンリーという男は「可愛らしい顔を、晒さないでください」と必死に訴えてくる。

 頭は大丈夫なのかと、心配になる。



「貴女を抱きしめる許可を私にください」



 何を言われているのかわからない。

 それよりも、私の足元でバキバキに割れているグラスを誰か片づけてくれないだろうか。

 この男をいま相手にしている余裕は、私にはない。

 動かない身体を、無理矢理抱きしめられる。周りからの悲鳴で、頭が痛くなりそうだ。

 先程まで注目されていたおふたりは知らぬうちに退場されていた。

 優しく抱きしめられるのではなく、力強く抱きしめられたているためか身体が痛い。

 誰か助けて、と言いたいがこの場で私を助けてくれる知り合いはいない。

 大人しくヘンリー様の抱擁にいまは耐えるしかない。私をこの場で助けてくれるのはこの人しかいないのだから。

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