8Chain.雲隠れの魔王
「で、そんな神ってるお兄さんは今後のご予定いかがですかーって話。最初に言っておくと元の世界に返してあげる力も方法もわたしにはないからねー、そこんとこよろしくねー。ぶっちゃけ自分の世界のためだけに他の世界にめーわくかけてただけだから、お兄さんがどこのどんな世界から来たのかもわりとわかってなくってさー、戻すに戻せないってのもあるのよねー」
へー、そーなんだぁ……じゃねーよタコが! オクトパスが! なんだよそれ、最初に言っとくなよそんなこと。いや、言ってもらったからわかったんだが、言われたくなかったよ。オレやっぱ帰れねーんじゃん。ばっさり希望を断ちやがったよ女神さま。まあ期待はしてなかったケド? 最初っからそんな感じだろーなって思ってはいましたケド? でもよ、こんなはっきり言われると、やっぱ悲しいよね。あんましいい思い出なんてねーけどさ、それでも自分が生まれ育った世界にはもう帰れねーんだってわかるとさ、なんか寂しいよね。寂しいなんてもんじゃないよね。やべー、これほんともう生きてる意味なくない?
「そんなこともないよ」
まるでオレの考えを読んだみてーに、女神さまはそう言った。そんなこともあるんだけどな。なんてひねくれたオレに、女神さまは続ける。
「お兄さんは絶対無敵の最強お饅頭になれたんだからさ、その力で魔王を倒すなり魔王を倒さないで世界をぶっ壊したりわたしも含めたこの世界のみんなを皆殺しにしたりとなんでもやれるわけだから、好きなことするといーよ」
なんて、とんでもない提案をされました。
いったいこの女神さまは世界を救いたいのか救いたくないのか、ほんとのところがわからなくなってきた。
ジョンペイも口を挟まず聞いているけど、元の世界に戻れないって事実には少なからずショックを受けたらしいことは、なんとなく伝わってくる。蔑まれつづけたオレだってそうなんだから、おそらく楽しく生きていたジョンペイなんかは元の世界に帰れないなんて言われたらそれこそ絶望するしかないだろう。
せめてジョンペイのためにも、迂闊な判断はできねーなと、オレはなんとなく思ったね。
そんな立派な人間じゃなかったけどさ、でも、犯罪者とかでもなかったオレは、好き好んで悪いことができる人間じゃないし、やろうとも思えない。それに、悪いことには楽しさも意義も見いだせないから、やっぱり好き勝手に悪さするなんて選択肢は、オレにはなかったよ。
「わ、わかった……ぜ。ああ、いいぜ。他にもうやることない……んだし……そそその、魔王を、魔王を倒しに、倒したるアル」なんつって、なんとか女神さまに伝えたぜ。オレの気持ちを。判断を。半ば諦めがあったのは間違いないが、それよりもジョンペイの存在が大きかった。自分一人だったら、こんなに早く決断できていたとは思えない。ジョンペイが、仲間がいたからすぐに決断できたんだ。
━━オレは魔王を倒す。おそらく、それだけの力があるから。そんで、この世界を救ってやる。女神さまはやっぱりクソったれかもしれないが、それ以前にそもそも魔王がいたからこんなことになったのだろう。それならば、オレは女神さまを殺すより魔王を倒すことを選ばせてもらう。つーか魔王ってなんなの、いつ、どこでどーやって誕生したのって疑問は置いといて、そいつを倒せばもう誰も傷つかず召喚されず平和が訪れるってーんなら、オレはそのために力を貸そう。そのために呼ばれたんだからな。
「うそー、ほんとにやってくれるのお兄さん? いやあ、こんなことになってから、わたしに━━いいや、この世界に運が向いてくるなんてさー、皮肉なもんだよねー。でもお兄さんがそう言ってくれてよかったよ。これはもうほんとに嘘偽りなく、お兄さんを最後の希望と思っていたからねー。たとえばお兄さんがわたしを殺して世界も壊すって思ったら、それはそれで諦めようとしてたからねー。もうわりと追い詰められてる状況でさー、悠長にまたお兄さんみたいな超絶スキルを手にいれる人を待ってる時間もあるかないかって感じだったしねー」女神さまはよく見るとやはり女神さまらしい美少女なのだが、外見に騙されてはいけない。「で、この先のドクロ岩━━この魔王島の中心から魔王が隠れてる亜空間に行けるわけなんだけどどーする、すぐ行く?」
嫌なことは早目に済ませるに限るし、だいたいにして他にやるべきことも帰る場所もないオレには選べる選択肢もまるでない。答えはひとつだったが、その前にちょっと気になったことをオレが訊く前にジョンペイが訊いてくれた。
「あの、お話の途中申し訳ないんスけど、ちょっと訊いていいっスか?」
「はいはーい、なんですか少年さん?」
「ここって島なんスか?」
「そーだよー。ここは魔王島っていって、その名の通り魔王の島だよ。すんごーく広いからね、島といってもかなりの面積があるんだよー。もちろん人間はいないよー。魔王の本拠地みたいな場所だからねー。それに、みんな自分の土地を守るだけで精一杯だしねー。そんなわけだから、神ったわたしが異世界の犠牲者を召喚してー、こーんな危険なところで戦わせてたってわけなのですよー」
なるほどなー。どーりで魔物の数が尋常じゃなかったはずだよ。思いっきり本拠地ど真ん中なんじゃねーかよ!
いやあ、ほんっとによかった━━オレのスキルがメタルボディで。ほんとに、マジで。でもスキルを発動し損なっていたらやっぱり死んでたから、あの時のオレ、マジでナイス。すげー誉めちゃる。自分で自分を誉めまくりたいです。
「マジっスか。そんな場所があるなんて……この世界、ぱねーっス」
「で、では魔王の居場所へ……」
「お、やる気だねー。さすがは神ってるお兄さん。じゃあさっそく行ってみるー? 魔王がいる亜空間は島の中央からしか入れないからねー、ついてきてー、案内するよー」
女神さまは露出度高めな衣装で歩き出すと、オレらを従えて島の中心へと向かった。っつーか徒歩移動なのね、女神さまも。異世界召喚なんてすごいことできるわりに、移動手段が自力って。なにかないのか、乗り物は。
ぶっちゃけメタルボディ化してないと普通に体力使うんだが━━あれ? じゃあメタルボディ化すればいいじゃん、なにしてんのオレ。
そう思った矢先、オレの腹が空腹を訴えた。しまった。今までずっとメタルボディでしのいできたが、ここにきて生身の時間のトータルが、空腹を覚えるまでになっていたんだ。
「は、腹減ったぁ……」豆タンク体型を維持するだけのエネルギーが底をつき、オレは一気にやる気をなくす。おそらくこの状態でメタル化しても、空腹はそのままな気がする。試しにやってみた。うん、そのままだった。オレは腹が減っていた。
「お兄さん、お腹空いたのー?」気づいた女神さまが訊いてくれた。
「は、ははい」
「じゃ、これどーぞー」と言って、どこかから取り出したハート型のビスケットをくれる。オレはちょっと殺意を覚えたが、今はとにかくビスケット一つだってありがたい。礼を言って頂戴すると、一口で食べてしまう。メタルボディのままで食べてみたら、なんだか違和感があったのでメタルボディは解除しなくちゃいけなかった。つまり、食べるのは食べられるだが、どうも胃腸がストライキでも起こしているのか、身体の中でビスケットが動く気配がなかったからだ。唾液とかも出るし喉も動いてて飲み込めるのに、胃だけが違う空間みたいに止まっているのか━━ちょっとよくわからないんだけど、とにかくメタルボディのまま食事をすることは不可能なようだった。
解除したオレはビスケットひとつを消化し━━あれ、なんだ、これ?
すっげぇ満腹感が……充足感がある。うそ、すごい……こんなの初めて!
まるでドラゴンホールに出てくる"神様のお豆"みたいじゃねーか。まさか、そんなものが本当に存在するだなんて。さすがは異世界、さすがの女神さまだなぁ。なんて、感動してしまって。とにかくオレの空腹は満たされ、それどころか無限のエネルギーが湧き出してくるかのようだった━━いや、実際に湧き出していた。もう、いくらでも動ける。豆タンク燃料満タンでござい。
「あ、ありんがとござます……めめ、女神たま」
ちょっと噛んだけど、ちゃんとお礼は言うんだぜ。お礼は大事だからな。
「はーい。あれ? わたしまだ名前言ってなかったっけー?」
聞いてないな━━女神さまは女神さまだと思ってたから、名前とか気にしてなかったわ。
「わたしの名前はポリタンミカルンエミリンだよー。お兄さんにとっては長い名前だと思うからー、好きに呼んでいいよー」なんて言われた。
ポリタン……は? なんだって? うーん、好きに呼べと言われても、選べる選択肢としては「ぽりたん」か「みかるん」か「えみりん」しかなさそーだが、それを狙ってる名前だとしか思えねーし、そう呼ぶのもなんだかまんまと思い通りにさせられてるよーで嫌だけど、他に思いつかねーし……。
よしっ━━「ぽみえ」にしちゃる。ざまぁ!
「じゃ、じゃあ……ぽみえ……さんで」
「えー、すごーい。うまいこと略したねお兄さん。うんいーよー、ぽみえでいーよー。なんだか初めて呼ばれる呼び名で、わくわくすっぞ」
すっぞって、急に……なんだろ、オレの世界のアニメ知ってる?
さっきのビスケットも、まさかドラゴンホールをヒントにしたわけじゃねーだろーな?
すっげぇ疑わしいぞ。
「ぽみえさん、島の真ん中まで、まだ結構歩くんスか?」ジョンペイが尋ねた。
そういやジョンペイは腹が減らないのだろうか?
メタルボディのオレと違い、生身の身体がそんなに不眠不休でなにも食べずに持つはずはないのだが。
「んー、まあちょっとは歩くけど、元々お兄さんたちは島の真ん中近くにどべっと召喚してあげたから、そこまで時間はかからないよ」と女神さま━━じゃねー、ぽみえは言った。なるほど、元々中央付近にどべっと召喚したわけね、はは、ふざけ……。
「少年さんもお腹空いたー?」オレも気になっていたことを、ぽみえが訊いてくれた。
「いや、大丈夫っス。オレ、タクマさんが戦ってる間、うまそうな魔物の肉とか食べてたんで、平気っス。タクマさんのおかげでちょくちょく居眠りもできたし、わりと楽勝っス」
あ、そーだったの……気づかなかったよぼく。いつの間にお食事してたの?
ってか、よく寝れたな。え、立ったまま?
それどころか、動きながら?
いや、確かジョンペイがオレにおんぶされてた時間帯も、思い返すとあったようななかったような━━けっこう夢中で戦ってたから、あまり意識しなかったけど……ジョンペイさん、ちゃっかり寝たり食べたりしてたのね……すげーな、マジで。
やっぱりオレって異世界きてもちょっとばかしナメられてんのかなぁ、って一瞬だけ考えたけど、いやいやさすがにそれはひねくれすぎだよなってんで、考え直したさ。
それに、ジョンペイからは、オレがこれまでの人生でお世話になってきた悪意の塊どものような底意地の悪さが感じられないんだよね。なんてーの、天然?
そんな感じなんだよな。見た目はヤンチャだけど、中身は違うみてーだ。つまり、いいやつだってことだな。
「そーれ、がんばれお兄さんと少年さん。もーすぐ着くよー。この岩山の向こうが━━」
岩山のてっぺんに到着して目にした景色は、広大な更地と、その中で大きな円形に窪んだ場所だった。穴というほどではないが、一段低くなっているのが不思議だった。
魔王なんていねーけど?
あ、亜空間とやらにいるんだっけ。で、そこ、どこよ?
「ありゃりゃりゃりゃー?」なんて、ぽみえが変な声を出しやがった。ありゃりゃりゃりゃーじゃねえよ。
え、どゆこと?
どーしたの?
「どどど、どーしたん……の?」
「いやぁ、こりゃ……やられたわー。あのねー、ここって本来、すごーく深い穴があったはずなのねー。そんで、その穴こそが亜空間へ繋がる唯一の道だったんだけどねー、それ、見ての通り塞がっちゃってるよねー」
ってことは、なんだ……亜空間には行けず、魔王にも会えないってーことなのか?
どーすんの、それ。
どーすんの、オレ。
「まいったなー。ちょっとお兄さん、全滅させすぎだったねー。さすがの魔王もこいつはやべーぞって思ったんだろうね。亜空間閉ざして、引きこもっちゃったみたい」
んなアホな。
んなアホな魔王がいるのかよ。なんでビビって引っ込むんだよ。最後まで堂々とあれよ!
え、なに、魔物全滅させられたから、逃げた?
どんなチキン野郎だよ、そいつ!
ほんとに魔王なの?
名前だけなんじゃないの、もしかして。
とかなんとか、さすがのオレも文句言わずにゃいられない状況になったわけだが━━ぽみえですらも、どうにもやりようがなくなっちまったみたいで。
「これはもう、どーしようもないねー。わたしには魔王のいる空間への道をぶち開けるなんて力もないし、わたしじゃなくても、そんなことできる存在はいない。もう、魔王のほうから出てくるまで待つしか、方法はないかなー」ということらしいですよ?
聞きましたみなさん?
無理矢理召喚しといて、魔物倒したら倒したで詰みって、どんな了見なんですかねぇ。
高校の先輩に「お前がオレの前歩くって、どんな了見だよ?」って言われてうしろから肩にぶつかられてバランスを崩して無様に転がって、たまたま女子のスカートん中見ちゃって変態扱いされたあげく更にケツを蹴られたっていう、思い出したくもない過去を思い出しちゃったじゃねーかよ、もぉ。円形脱毛症になったら責任取ってもらうんだからねっ!




