14Chain.解放戦
「えろえろえろえろえろろろろーっ!」口だけスキル解除していたオレは激しくリアル嘔吐して苦しんだ。どうも生身のままだった口の部分が弱点となり、酔ってしまったらしい。メカニズムはわからない。でも、メタル化していなかった口元が原因だとオレは考えた。全身メタルボディだったら、きっと酔わなかったはずだ。これは後程検証する必要がある。ともあれ今の状態はひどいワープ酔いである。
ぽみえが、そんな言葉を使った。
「まあ、最初だからねー。だいじょーぶ、そのうち慣れると思うよー。わたしなんてほら、まったく全然だいじょーぶなんだから。えろえろえろえろーなんて、普通はならないよぉ?」
悪かったな普通じゃなくて。つーかそもそもオレこっちの人間じゃねーんですけど!
まあいい、確かに慣れるしかなさそうだし。慣れないとヤバそうだし。移動する度えろえろやってたら、さすがに死ぬかもしれんしな。炎で焼かれても平気なやつが、酔って吐いたのが原因で死ぬなんて、死んでも死にきれんだろ。死にきれてももう一回死ぬのやり直したくなるだろ。絶対に。
「でもこれでやり方はわかったよね?」
「あい」
「ここはもうヘルセフス地域の祠だよ。近くの魔王の手下は、確か北の山岳地帯だね。その中にいるはずだよー。それをやっつけたら、この地域は解放されるから、がんばってねー。終わったらここに戻ってきて、また次の祠に行ってね。祠はほんと世界中にたくさんあるから、移動は楽なはずだよー。じゃ、わたしは邪魔なんでお城に戻るけど、タクマさん、あとはよろしくねー」
「あ、あいっ!」
見た目は美少女、中身はヤベェぽみえに頼まれた限りは、やってやろうじゃねーか。
見た目は鬼瓦、中身は悪鬼そのもののクソブス勝ち気なブスに「てめーなんの役にも立たねーな」と言われていたあの頃のオレはもういない。ここにいるのは、そう、天空城タクマという一人の英雄なんだ。
たとえその足元に吐瀉物が広がっていたとしてもな!
「ってか、わたし帰りたいからタクマさんとっとと祠から出てってよー」
「あいっ、すっすすっん、すみまっそん!」オレは慌てて外に出た。だよな、中にいたらまた一緒に戻っちまう。オレとしたことが、気づかなかったぜ。
祠の中からわずかに光が漏れる。どうやらぽみえは戻ったようだ。ってかあの人、オレのゲロと一緒に帰んなかった? え……マジで、祠の中に残してきた吐瀉物って、どーなるの(これはあとで確認したところによると、どうやらぽみえと混ざることもなく、不思議な力で都合よく浄化されるのだと知らされた)。とまれ、これでまたオレは一人になった。寂しいわけじゃないぜ。むしろその逆だ。元々孤独な奴だったオレは、一人のほうが気楽でいいのさ。それに、メタルボディを維持している限り、すべての理から外れることができるから、不安なんて微塵もないしな。
腹も減らず疲れもせず、絶対に怪我もしないし、おそらく病気にもかからない。こんな安心安全な状態なんて、おそらく他にはないだろう。この世でもっとも安全な場所が、自分自身という、まさに至高の状態なのだ。
どこにいても安心も安全も、なんにもなかった前世の記憶も薄れるってなもんだぜまったく。
なんて考えてたらドッヂボールで敵も味方も関係なく全員に、オレだけが執拗に股関を狙われたって記憶が甦ったなぁ……つうかさ、なんだったんだあの時間は。確か(深海魚も真っ青な骨格のおかしい化け物ヅラした)山田の野郎が最初にオレの股関ばかり狙ってボールを投げて、それが伝播してみんなが━━って、そんなことどーでもいいわ。わざわざ詳しく思い出さなくていいよ!
はぁはぁ、ま、まあとにかく突っ立っていても仕方ないよな、うん。
オレは冷静になり、地図を広げる。
それによると━━確かにぽみえが言っていた通り、今いる祠の地点から北側の山岳地帯が赤い塗料で塗られていた。ということは、目指すべきは北だ。
メタル化したままのオレは、陽射しを反射しながら歩き出す。ちなみに太陽も直視できるんだぜ。オレの世界の太陽と違うからなのかどうかはわからんけど。とにかく、直に見ても大丈夫だった。ほとんどそのままの景色を見ているはずだから太陽光も影響しそうなものだが、オレの身体はそれすらも防いでいるらしい。おそらく、UVカットもパーフェクトだろう。つまり、皮膚ガンになる心配もないってことだ。ジンククリームを塗っていた少年時代が懐かしい。ってかこれもまた、なんでそんなん塗ってたんだっけか、オレ……あ、母方の祖母に塗られたんだっけか……うろ覚えだけど、懐かしいなぁ。
って、いかんいかん、また考え事をしていたぞい。
安全すぎるのも考えものだな。気がゆるみまくってゆるゆるゆるりんだ。なんだそれは。
でも、たとえ崖から数十メートル転がり落ちても死なないってのがわかってると、注意深く歩けないもんだよな。どーしても、どこかいい加減になってしまう。注意力散漫もいいところだ。
いやもう、なんだっていい。
注意力があろうがなかろうが、とにかく出てくる化け物どもを片っ端から倒していくのが目的だ。それさえできれば、半分寝ていようが違うこと考えていようが、関係ない。
という、そんな適当な気持ちで。
適当な気持ちだったけど、オレは持ち前の責任感と誰からも追い詰められていなくても崖っぷちに立たされたように錯覚してしまう臆病なハートで、魔物たちの巣窟へと踏み入れる。
家屋の屋根ほどもありそうなコウモリ的なやつに捕獲されて上空から落とされても、自在に形状を変化させる針金みたいなやつ(多分ぽみえが言ってた"けっこうヤバい針金モンスター"だと思う)に猛攻撃をくらっても、傷一つ負わないオレは結局最後の最後には、どんなに強力な敵にも勝利することができた。敵側にしてみれば、とどのつまりどんなに抗っても絶対にオレには敵わず、最終的にやられることが決まっているというわけだった。嗚呼、悲しい結末よ!
そう思うと申し訳ないような気もするが、ぽみえたち、この世界のわずかばかりの生き残りのためには、容赦ない殲滅戦を行う必要が、どうしてもある。無慈悲に、残酷に、モンスターたちを倒していかなくてはいけないんだ。遠慮なんてできない。
そして、こんなメタルボディの肉ダルマなんて、元の世界の人間たちからすると最早モンスターそのものだろうけどな。ってゆーか、この世界の人たちにとってもそうかも知れんけど。
まー、今は考えても仕方ないや。やるべきことをやるだけだ。
こうして━━オレはその地域を解放し、さらに次の地域も解放して(やっぱり全身メタルボディになっていたら、祠のワープで酔わなかった)次々と魔王軍の支配領域を減少させていった。
ワープできる祠の存在があったからこそ、かなり効率よく、スピーディーに事を成せたのはありがたかった。
その間、ぽみえと会うこともなかったが、オレはオレの判断だけで行き先の順番を決め━━まあ、どこから行っても同じと言えば同じだったのだが━━どんな姿かたちの、どれほど強い相手にも結局は勝利をおさめたのだった。
そんな解放戦は、およそ半年間、続いたらしい。というのは、食事も睡眠も必要のないメタルボディのオレにはもう時間の感覚もなにもなかったので、ミッションを遂行している間は日にちもなにも考えていなくて、あとになってぽみえから知らされてようやくわかったことだったのだ。
オレは半年間戦い続けた。
たった半年でやり遂げたとも言えるし、半年もかかったのだとも言える。普通に考えれば、誰も太刀打ちできなかった魔物の軍勢を相手に、たった半年でそれらを全滅させたのだから、これはすごいことだろう。が、完全無敵なこのオレならば、もっと早くに終わらせることも可能だった。なぜ半年もかかったのかというと、単に苦戦したからに他ならない。もちろん、どんな攻撃も受け付けないので、どんな相手でも倒すのは倒せる。ただ、そこはオレなので━━前述したように、大コウモリみたいなのに連れ去られたり、落とし穴みたいなのに落とされたり……まあ、いろいろと、いろいろあってね、ちょっとてこずったのよ。うん、ちょっとね。ちょっとだけね……へへっ。
ともあれオレは、オレにしかできない、他の人間ではけして実現できなかった魔王軍からすべての大地を取り戻すという大偉業を成し遂げたんだよね。
うん、もう自分で言っちゃっていい段階だと思ったから言うけど、ほんとマジで神の領域にあるような大偉業よね。
このオレがね……日本の腫瘍と呼ばれたこのオレがだよ。英雄よ、英雄。真の。マジの。本物のね。
世界を救ったわけよ。異世界だけど。生まれた世界じゃないけれど。それでも、一つの世界をまるごと救うなんて、とても現実的なことじゃない。にも関わらず、オレはそれを現実にしてしまった。
英雄を通り越して、おそらく神と崇められることにもなるだろう。
というか、実際に、そういう人たちは現れた。詳細は省略するが、オレ教みたいな信仰も誕生した。
まあいろいろあったんだが━━
役目を終えたオレに━━その瞬間は、本気でそう思っていた━━訪れた一番大きな出来事は、やはり、あの事だろうと思う。
そう、人生の一大事。
まさかオレの人生にそんなことがあるなんて、妄想以外で現実的に考えたことなんて一度もありはしなかったのに。
ほんと、人生なにが起こるかわからないってやつなのね。
その時ばかりは、オレもそう思ったよ。