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2 「土台は作っておく必要がある」

割と説明回です、すみません。

本命が出てこない……。

 ――グリューネヴァルト王国。


 国王を中心とした貴族制をとる国。ツェツィはその国の貴族の家系――ではあったけど、貴族とは名ばかりだ。

 領地を持たぬ公爵の、それも三女。おまけにフンボルト家は借金こそないものの財政難。どうにか面子のために長女だけ社交界に出すだけのお金をかけられているけど、穀潰しの次女と三女を家に残しておけるほどの余裕はない。


 だからツェツィは、適齢期に社交界に出ることもなく、王宮へ奉公に出る。


 ――貴族の血だけでもあってよかった。貧乏貴族と謗られることもあるけれど、この血のおかげで身分保障がなされ、働き口が得られている。

 王宮のメイドは確かにそれなりに高給だし衣食住も保障されるけれど、王宮ともなれば、下働きであれ出所の知れぬ者を入れるわけにはいかない。

 だからこうして貴族の子が体のいい口減らしとして奉公に出ることが多い。そのまま王宮の中で玉の輿を狙えれば万々歳。事実多くの貴族子女達は玉の輿狙いで下働きに来る。


 ツェツィには、両親が身なりこそきらびやかにはできない代わりに、教育を施してくれていた。幸運にもどこかの貴族様に嫁ぎ、女主人となっても恥ずかしくないように。


 都にそびえ立つ王宮、そこへ向かう馬車の中、ふぅ、とため息をつく。十名ほどがまとめて乗れるような大きなもので、要するに自分の家で独自に馬車を出せるほどの財力がない者たちの集まりだということでもある。軽く見回せば皆、期待と不安をないまぜにしたような面持ちでしんと黙り切っている。


 十一年、懸命に学んできた。財源的な問題もあり、必ずしも淑女教育は完璧とは言えないかもしれない。それでもやれることはやってきた。

 前世の記憶が手伝ってくれたため、算術知識はほとんど学ぶ必要が無かったのは幸いだった。その分の時間を別の――貴族として必要な、社会のこととか、領地経営のこととか、マナーとか――にさくことができたから。前世で、苦手と思いつつ必死に赤点を逃れるためにやった数学が思わぬ形で活きたといったところ。


 十一年。その間に耳にした王太子様ほかの人名から、前世でプレイした乙女ゲーム『スマラグドゥスのうたう(うた)』の世界であり、かつ同一の時代であることは間違いなさそうだった。

 そうして騎士団長様がグスタフであることも、それとなく確認済。思い違いなどではない。


 ――まだ見ぬ憧れの人に見初められるため、可能な限り自分を磨いてきた。貧乏貴族の家では使用人を雇う余裕もなかったこともあり、王宮でやらされることがわかりきっている家事雑用だってばっちりだ。


 これから、ようやく。『ツェツィーリア』の物語がはじまる。

 知らず、きゅ、と服の裾を握った。




 馬車がゆっくりと速度を落とし、やがて止まった。


 戸が外から開けられた。声をかけられて、ぞろぞろと、これからメイドとして働きだす同僚の令嬢たちが降りていく。城までの少しの距離を護衛するための騎士たちが、この一団の誘導も兼ねて声を張り上げていた。


 ――さて。『スマラグドゥスのうたう(うた)』のオープニングは、王宮に向かう馬車から降りるところから始まる。つまり、ツェツィが頼るべき記憶もまた、ここより始まるのだ。

 今降り立ってすぐの場所にはまだ見ぬ想い人(グスタフ)はいないけれど、出会っておくべき人はいる。


 ツェツィも流れに乗って降りると、――予想していた通り、強い視線を感じた。ふと気になって振り返りました、というような風を装ってそちらに目をやる。


 焦げ茶色の大雑把に切りそろえられた短髪に、深緑の瞳をした、背の高い男。

 目が合ったのに無視しては失礼ねといった風に、少し微笑んで軽く会釈する。彼は一瞬面食らったようだったが、慌てたように礼を返してきた。


(――よし)


 記憶との一致を確かめて、心の中で安堵のため息をつく。


 彼の名はトルステン・バルツァー。攻略対象の一人。

 彼のルートは至って平和というかなんというか――なんせ、彼はこの時点でツェツィに惚れている。一目惚れなのである。――と、ツェツィになった自分で言うと自信過剰のようだけれど、そういう話なのだ。


 きっと中身がほんとうのツェツィでなくなっても、見た目は変わらないし、所作だって完璧――かどうかはわからないけれど、きちんと教育を受けた立派な淑女のそれだ。なによりちゃんと彼は、こちらを見てぼんやりとしていた。

 布石を打つことには成功した。そうして同時に、記憶にある出会いと、今の状況の一致を確認する。


 今は話しかけない。王宮にゆく道すがら、最早トルステンの方はその後見向きもせず、ツェツィは歩く。

 とりあえず、きっかけは作った。後で掃除中、トルステンに出会ったら、「確か護衛でいらっしゃった騎士様でしたね」と声をかければいい。


 トルステンと接触したのには何も単なる原作再現というわけではなくて、ちゃんと理由がある。なにせ、お目当てのグスタフ様は騎士団長なのだ。同じ王宮の中にいるとはいえ、新人メイドと騎士団長では接点が少なすぎる。どうにかとっかかりが欲しいのだ。


 グスタフは誰のルートでも多少は登場するけれど、トルステンルートで重要な役割を果たす。そういう事情もあって、トリスタンとの縁は欲しい。


 ……なんというか、彼の純情を弄ぶことにならないかだけ不安だけれど、トルステンルートは騎士としても男としても自信を持ち切れぬ彼に、愛情を注ぎ、自信を持たせ、共に生きる決断をさせるというルートなのだ。

 そういうわけで、たとえ惚れられていたとしても、常に一線引いた態度で接すれば変に夢を見せることもないだろう――たぶん。


 グスタフルートに入りたいツェツィとしては、グスタフ以外の攻略対象たちとフラグを立てるわけにはいかない。

 おそらくトリスタンと、同じ下働き仲間であるディルクとの出会いは回避不可能だが、他のキャラとの出会いは回避しようと思えばできるはず。

 必要な土台は作る! 必要ないフラグは立てない! ――これが、ツェツィの人生における行動方針だった。

全然話がはじまっていない段階でブクマしてくださっている方、本当にありがとうございます。励みになります!

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