ライナス10歳 二つ名の誕生④
※連載化にあたり、魔法耐性に関しては少し短編と変更しました。
「主が力を解放する方法は、簡単じゃ……ただ一言、主のかつて使っていた言葉で【解放】と口にすれば良い。そして、その特殊能力発動を止めるには【収束】と、口にすればいい。……じゃが、気をつけろ。その際に向上するのは、戦いに必要な主の身体能力の全てじゃ。それは時と場合によっては、主に地獄の苦痛をもたらすかもしれぬからの」
……最後の言葉が余計だ。最後の言葉が。
嫌なフラグ、びんびん立ちまくりじゃねぇか。……お前、絶対俺にその地獄の苦痛とやらを味合わせる気満々だろう。冗談じゃないぞ。
「ルーフェリア…その地獄の苦痛というのは」
「――さて。そろそろわらわの時止め能力も限界じゃ。はよう力を解放しないと、魔法が主に直撃するぞ」
だから、ちゃんと説明をしろ、説明を‼
……だが、どうせ問いただしても無駄か。完全に傍観モードに入っているこいつは、俺が何と言おうと絶対聞かないだろうしな。
「それじゃあ、かうんとだうん、じゃ。一、二、三で、時を戻すぞ。一、……二……さ…」
迷っている時間なんて、なかった。
「――【発動】」
俺が小声でそうつぶやいた途端、こめかみのあたりがキン、と鳴った。
自然に目がカッと開き、全身の血液が沸騰した。
まるで自分が、意識だけの塊になったかのような、奇妙な感覚だった・
「……さん、じゃ」
ルーフェリアの言葉が、やたら遠くに、間延びして聞こえた。
その瞬間、止まっていた世界が、再び動き出した。
だけど、動き出したそのスピードは、あまりに遅い。まるで全てがスローモーションのように、ゆっくりと動いている。
魔術師の杖から、シャボン玉か何かのように膨らんだ魔力が放出されるのが見てとれた。そしてそれは、やはり風がない日のシャボン玉のように、ゆっくりと俺に近づいていく。
これが、普段俺が目にしている、あの魔法なのだろうか。信じられない。
こんなの。簡単に避けられるじゃないか。
「……な……わたしの、まほぉを…よけた…だと……」
驚愕する魔術師の顔の変化も、その口から出る顔も、全てがゆっくりで間抜けだった。
……この表情の変化を、小説に書くならなんて書くと伝わりやすいかな。「ぽかんと口を開いて、一時現在の状況も忘れて、呆然と俺を見つめた」……こんな所か?否、もっと良い表現が……。
そんな明後日なことを考えながら、俺は手に嵌っていた手枷を破壊した。先程まではびくともしなかった筈のそれは、少し力を加えるだけで簡単に外れた。
俺は手が自由になれば、次は檻だ。
再び放たれた魔法を避けて、目の前の手をかける。……柵はまるで、熱を加えた飴細工のように、ぐにゃりと簡単に形を変えて、俺が外に出るスペースを作った。
再び、近づくシャボン玉を少し首を動かすことで裂け、近くにいた破落戸の一人から、剣を奪った。
……武器があれば、もうこっちのもんだった。なんせ、俺はことあるごとにロナルドの練習に付き合わされているうえに、今はいつも以上に鋭敏な身体能力を持っているのだから。
俺はスロースピードで襲いかかって来る男一人一人を、必要最小限の動作で、潰していった。ルーフェリアの制約があるから、誤って殺してしまう心配もないので、遠慮はいらない。
……お、こいつは仕込みナイフを使うのか。
こっちは、鎖鎌。こっちは、なんか特殊な爪。
ひとまとめに破落戸と言っても、色々な武器を使うもんだ。……こんど小説を書く際の参考にしよう。
おっと。危ない。いつの間にかまた、シャボン玉が迫ってやがった。しかし、見た所、強力な魔法を使えんのはこいつ一人みたいだな。……距離あるし、シャボン玉とはいえ、後ろから放たれたら面倒臭いな。……そうだ。こっちで剣を動かしたまま、レックスから教わった魔法で、気絶させらんねぇかな。一応、俺、魔力量は平均以上だし、レックスが煩いから多少は練習に付き合ってやってたし。
……あ、当たった。意外にあっさり気絶しやがったな。……うん。魔法も便利なもんだ。やっぱり戦闘シーンは魔法と剣を併用してなんぼだな。そっちの方が、主人公の能力が映えるし。この攻撃をしながらの魔法の間合い、覚えておくか……あー。でも、俺みたいな特殊能力持ちの動きじゃ、あんまり読者の共感を得られないかもしれない。
レックスもロナルドも、魔法か剣かで極端な戦い方しかしないから、今度あいつらに着いていって他流試合を見に行くのも手かもしれん。…やはりバトルものは男性向け小説のテッパンだしな。
そんなことばかりつらつら考えて、上の空で戦闘をしていたせいか、俺は弾いた敵の剣が、後方にむかって飛んで行ったことに気が付くのに、遅れた。
慌てて振り返って、ふわふわと飛んでいった剣が迫る相手を見て、愕然とする。
「……ライラ‼」
剣の切っ先は、悲鳴も上げることもできずに唖然と目を見開くライラの喉元に向かって、迫っていた。
咄嗟に剣を掴めるか?
駄目だ。間に合わないかもしれない。――それよりももっと、確実なのは。
確実にライラを助けることができるのは。
結論に至るよりも先に、体が動いていた。
「……ぐっ」
「……お兄様‼」
腕の中に抱き締めているライラの叫び声が、ひどく遠く聞こえた。……だが、正直、それどころではない。
目の前が真っ赤に染まり、全身から冷たい汗が零れ落ちるのが分かった。
痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
頭の中が、ただその言葉だけで埋め尽くされる。
背中を貫通し内臓を突き破った剣が、感覚が鋭敏になった体に与えた苦痛は、それこそ想像を絶するものだった。……いっそ殺してくれと、思ってもいない願いを叫んでしまいそうになるくらいに。
「じゃから、言ったじゃろうに」
視界の隅で、恐らく俺にしか見えていないであろうルーフェリアが腹を抱えて笑ってやがる。……畜生。
「……しゅ、【収束】…」
何とか、それを口にすれば、僅かに痛みは和らいだ。……だがしかし、それでも感じるのが激しい苦痛であることには変わらなかった。……当たり前だ。普通ならば、死んでしまうような、怪我に対する痛みなのだから。
「普通、ならばな……」
俺は大きく息を吸うと、一息で腹に刺さった剣を引き抜いた。
剣が抜けた所から、内臓が、肉が、修復されていくのが、感覚で分かった。
俺が転生に当たって願った三つ目の特典――「ちょっとやそっとじゃ死なない強靭な体」
案の定、ルーフェリアによって異常なまでに特化された俺の体は、傷つけられる痛みこそ俺に与えても、そこに傷一つ残すことはない。
剣を全て抜き切ったその瞬間、俺の背中と腹は、何事もなかったかのように、元の状態へと戻っていた。……まぁ、流石に溢れた血で濡れ、穴が開いた服までは戻してはくれないが。
「ば、化け物‼」
破落戸の一人が、恐怖に顔を歪めながら叫んだ。
化け物、か。
確かに腹に穴開けられて、一瞬で傷が塞がる俺は化け物だろうよ。異常なまでに強力なこの力も含めて、な。
……だけど、それが、なんだというんだ?
俺は再び、剣を構えた。武器がある今となっては、もう身体能力を解放する必要はない。……そんなことをしなくても、十二分にこいつらを打倒せる。
化け物と言いたければ言えばいい。
化け物だって、構いやしないさ。
それで、生きられるのならば。
生きて小説を書き続けることができるのならば、
俺は喜んで、化け物にでも何でもなってやる。
「お兄様‼……ライナス、お兄様‼」
ライラの声で我に返った時には、屋敷内に数十人はいた筈の敵全てが地面に倒れ臥し、いつの間にか駆け付けていた国の騎士達が、皆あんぐりとした表情で俺を見つめていた。
「君は……不死身、なのか」
そう呟いたのは誰だったか。
この日以来、俺には【不死身のライナス】という不本意な二つ名が付き纏うようになった。




