ライナス10歳 二つ名誕生③
「……ここは…」
目が醒めると、そこは檻の中だった。
どうやら魔法で眠らされている間に、どこかへ運ばれたらしい。……ここは地下牢、だろうか。黴臭く、肌寒い。
「お兄様…良かった。このまま目が醒めなかったらどうしようかと……」
瞳に涙を潤ませて俺の顔を覗きこむライラの姿に、俺はあのままライラを逃すことができなかったのだということを知った。
「……格好、悪いな」
「え……」
「信じろと言っておきながら、お前一人逃すことができずにこうして捕まってしまうだなんて。……情けないお兄様で、ごめんな」
咄嗟に相手が持つ武器を奪いさえできれば、何とかなると思っていた。武器さえあれば、ルーフェリアから貰った特典で、何とか敵を撃退できる筈だと自身を過信していた。
それなのに、武器に手が届くまえに、あっさり魔法で眠らされてしまうだなんて。……実に、間抜けだとしか言いようがない。
やはり現実は、どれだけ恵まれた能力を授かったとしても、フィクションのように容易くはいかない。
俺が眠っている間に嵌められたのかライラの手にも、俺の手にも、枷のようなものが嵌められており、今は手を自由に動かすこともままならない。……こんな状態では、武器を奪うこともできやしないだろう。
完全に積んでいる。……全ては、俺の考えが甘かったせいだ。
「違う……お兄様は、格好悪くなんか、ない……」
ライラはぽろぽろ涙を流しながら、首を横に振った。
今の俺には、その涙を拭ってやることもできない。
「お兄様は、私の為に勇敢に立ち向かってくれたわ!! 武器を持っている大人相手に、怯むこともなく‼……お兄様は、お兄様は格好良いわ!!」
「……それでも、結果を出せないならば意味がない」
「――その通りだ。フィルディア家の三男」
不意に、後ろから声が聞こえた。
振り返ると柵越しに、いつの間に現れたのか分からない煌びやかな衣装を纏った男が、見覚えがある破落戸達を背後に従えながらにやけ顔で立っていた。
「無謀にもこの私お抱えの一級魔道士に立ち向かったその無謀さだけは、誉めてやろう。だがしかし、お前は対峙した瞬間に自身との力の差を悟るべきだったな。そしてその場ですぐに投降すべきだったのだ。そうしたならば、私はお前に温情をかけて、かような硬い牢の中に転がさないでやったかもしれないのに」
「……誰だ。お前は」
全く記憶にない、男についぞんざいな言葉が口から出た。……なんかものっそい三流感あふれる男が出たな。
俺の態度に腹を立てたのか、にやけていた男の顔が一気に険しくなった。
「……口のきき方に気をつけろ。三男。私を誰だと思っている」
「分からないから聞いているのだろ」
ごく当たり前のことを言った筈なのに、男の顔は憤怒で真っ赤に染まった。
「ええい‼ 親子揃って、腹正しい奴‼ お前は自分の立場が分かっていないようだな!! 少しその体に思い知らせてやる必要があるな!!」
……あ、まずい。死亡フラグを立てちまったかもしれない。
顔に出さずにひっそり焦る俺を余所に、キーキー喚く男の傍にいた魔法使いが進み出る。多分、こいつ、俺を眠らせた奴だ。
「……モンティーア様。どれくらいの威力の魔法にしましょうか」
「死なない程度なら、どれくらいでも構わん!! お前の好きにしろ!! 何なら殺したっていいぞ‼ なんせ、人質は妹もいるのだからな!! 一人いれば、あの憎きルーカスを脅すには十分な取引材料になる‼!」
「……まあ、でも、一応死なない程度にしておきましょうか。取引材料は多いにこしたことはないでしょう」
「好きにしろ!! 取りあえず、そいつが生意気な口がきけなくなるなら、それでいい‼」
「わかりました……それでは」
ちょ…なんか、展開が早いぞ!?
俺の拷問ルートまで、あっさり行き過ぎじゃないか?
ここは、あれだろ。一発軽くぼこるくらいで済ませといて、べらべらと無意味に陰謀語るべき場面じゃないか? で、その間に俺が勝機を考えるべき展開が普通だろ?
え、ちょ、お前檻越しに攻撃しちゃうの? 鍵開けて近づきさえ、しないの? ちょ、それ俺、どうしようもないじゃないか。奇跡の逆転劇とか、起こしようがないじゃないか。
ちょ、おま。
お前、今杖に込めてる魔力、でか過ぎないか? さっき死なない程度にするって、いったけど殺す気満々だろ。死ぬだろ。それ、流石に。
ちょ、待て。ちょっと待て。ちょっと待て。
待て待て待て待て待て待て待て待てぃ‼‼‼!!
「――ちょっと待て‼ ルーフェリア‼ これ、契約違反にあたるだろっっっ‼!!」
その瞬間、俺を除く全ての人間の時が止まった。
「――ほほう。契約違反、とな。それはどういう意味じゃ?」
……やっぱり見ていたのか、てめぇ。
俺は口元に笑みを湛えたまま、一瞬にして目の前に現れたルーフェリアに口元をひくつかせた。
……人の不幸がそんなに楽しいかと怒鳴りつけてやりたいが、我慢だ我慢。
だって、今の俺の状況を打破する為には、この悪魔との交渉が不可欠なのだから。
「……俺が死んだら、契約は遂行できないだろう」
「心配せんでも、そう簡単に殺させはせんわ。もしかしたら、ちと痛い思いはするかも知れないがの。主が恐怖やら何やらを味わうだけ味わって、魂の形がいい感じに変容するのを確かめたら、ちゃんと助けにいくつもりじゃった」
……こ、こいつ……。
いや、怒るな。俺。冷静になれ。今はこいつだけが頼りなのだから。
俺は大きく深呼吸すると、出来るだけ平静な口調で続けた。
「……それじゃあ、特典の方はどうなんだ? お前は俺に『どんな敵でも倒せる力』を望んだんだぞ? それなのに、武器がなければ力が発揮できないというのは、おかしいだろう」
そう。俺のあの特異な力が発揮するのはあくまで武器を手にした時だけで、今まで素手では何も起ったことはなかったのだ。だからこそ、俺は何とかして敵の武器を奪おうと躍起になっていたわけだ。
特別望んだ力でもないし、そういうものかと今までは納得していたが、よくよく考えるとそれは願いに対してそぐわない結果なのではないだろうか。今のように、武器を手に出来ない状況だっていくらでもありうるわけであるし。
どんな状況でも使える力じゃなければ、正しく契約が果たされたとはいえないのではないか。
「……なんだ。気付いておったのか……つまらぬ」
俺の指摘に、ルーフェリアは口をへの字に曲げてそっぽを向いた。
……てめぇ。確信犯か?確信犯なのか?
「言っておくがわらわは違反なんぞ、これぽっちもしとらんぞ。……ただ、主が快適な生活を送れるように、さぁびすをしてやっただけじゃ」
「サービス…?」
「そうじゃ。武器と違って、素手の場合は力加減が効かないと日常生活において色々不便じゃろ? うっかりペンを握ってしまったら、ペンが壊れて小説が書けないなんてなったら、いつまでたっても主の願いは叶わないからな。それ故に、素手の状態に関しては望んだ時にしか力が発揮できないようにしておいたわけじゃ。感謝するといい」
……てめ、そんな制約ができている時点で、俺が武器を持った時に力調整できないで困る未来も想定出来てたんじゃねぇかぁぁああああ!!
わざとか?いや、わざと以外の何ものでもないだろう!!
「……それで? 何でその事実を、お前は俺に今頃教えているんだ? 4歳の時点で、言えた筈だろう?」
「決まっているじゃろ?……聞かれなかったからじゃ」
ルーフェリアは、嗤う。
初めて会った時と同じ、美しく禍々しい、あの笑みで。
「最初から全て教えてしまったら、そうそう主の魂が感情で揺さぶられることがなくなるじゃろう? 魂というのは、感情の動きが大きければ大きい程変容するものじゃ。 ……せっかく契約したからには、主には死ぬまでにもっともっと魂を変容させて貰わなければ困るからの」
……もしかしたら、そもそもこいつと契約したこと自体、間違いだったのかもしれない。
今更もう、どうしようもない話だが。




