ルーカスの嘆き(父親視点)
「父上……お話したいことがあります」
先日敵対貴族による誘拐未遂の被害に遭った三男が、真剣な表情でそう切りだした時、私はついにこの日がやってきたのだと思った。
「分かった。……夕食後に、私の部屋へおいで」
とうとう、ライナスに話す時がやってきたのだ。
彼が生まれながらに【神に愛されしもの】という、特別な称号と力を持っていたのだということを。
【神に愛されしもの】――その存在を知っているものは、国内でも僅かの上位貴族のみだ。宮廷お抱えの魔術師であるレックスとて知らない最大の機密事項。
世界を司る女神【ルーフェリア】の祝福を持って生まれた、人智を超える存在。
悪が蔓延る時代には、その称号を持つものは【勇者】と呼ばれることもあったという。その力が余りに強大な故に、それを利用する者が現れないように、国はその存在ごと秘すことになった
【神に愛されしもの】の見分け方は簡単だ――その称号を持つ者は皆、親の状態はどうであれ、金髪碧眼の容姿端麗な状態で生まれ、そして高い魔力を宿している。
それだけでは、【神に愛されしもの】に該当するものはたくさんいるように思われるかもしれないが、我が国で金髪碧眼に該当するものは、そうそういない。加えて魔力も高いとなれば、かなり絞られてくる。
さらに【神に愛されしもの】は決まって、左眼の目尻に涙のような黒子を持って生まれてくる。……大きな声では言えないが、恐らくはそのような容姿が単純にルーフェリアの好みなのではないかというのが、【神に愛されしもの】を知るもの達の見解だ。……女神を侮蔑することになるので、皆直接口に出しはしないが。
そして、彼らはみな必ず5歳になるまでに、必ず何かしらの特異な力を示し始める。ライナスの場合は、それが驚異の剣の能力だった。
6年前私はロナルドからその報告を受けた時点で、ライナスが【神に愛されしもの】であることを確信せざるを得なかった。だがそれでもなお、その事実をライナスに打ち明けることはできなかった。
【神に愛されしもの】という称号を得て生まれてきた人間は、必ず生まれながらに何らかの使命を持って生まれて来る。それは、魔王の討伐であったり、乱れた国の統治であったり、時代と人物によって指名の内容自体は様々であるが、どの内容であっても、それが普通の人物が背負うにしては重すぎる指名だということは共通している。
私はまだ幼い息子に、そんな重い使命を持って生まれてきたのだということを告げる勇気がなかったのだ。
だが、しかし、ライナスはその事実を不慮の事態によって知ってしまった。……誘拐された敵対貴族から、妹であるライラを守るその為に。
元々、奴らの誘拐計画は私には突き抜けだった。分かっていながらも、その尻尾を掴んでより合法的に排除する為、敢えてライラの御者と護衛騎士に話に乗らせることにして(我が家に忠誠を誓う者に、裏切りの行為などはありえない……彼らは重々に、私が裏切り者に対しておこなうであろう制裁を知っているからだ)、外出したふりをしていた私とレックスの二人で一網打尽に捕える計画を立てていた。
それなのに……まさか計画の前日に、たまたま家を抜け出していたライナスとライラが捕まってしまうだなんて。完全に想定外だった。
ライナスの覚醒のお蔭で、幸いにしてライラは無傷だった。心傷も、それほど深くないように見える。
だが、今回のことで自身の異常性を明確に認識してしまった、ライナスの気持ちはどうであろうか。それを考えると、仕事中は領地と領民以外のことに関しては冷酷非道と謗られる私とて、胸が押しつぶされそうになる。
私だって、妻と子供たちは心から愛しているのだ。……ただ、どうしたって一番にはできないだけで。
私はライナスに、父親として、どんな言葉を掛けてやればいいのだろうか。
どんな慰めならば、ライナスの心に届くのだろうか。
「……父上、ライナスです。部屋に入っても、いいのでしょうか」
「……ああ。入っておいで」
結論が出る前に、時間が来てしまった。
私は小さく溜息を吐いて了承すると、静かに扉が開いて、どこか重い表情のライナスが入って来た。
「それで……相談なのですが」
「ああ……なんでも言ってごらん」
さて、なんて答えようか。
私が覚悟を決めて向き直った、ライナスもまた真剣な目で私を見ながら口を開いた。
「相談というのは進路のことなのですが……俺が高等部に進学して、コースを選べるようになった時は、できれば文官コースを選びたいと思っているのですが、父上はいかが思われますか?」
……………うん?
「こ、高等部? ライナス、お前はまだ、10歳で、中等部にすら進学していないだろう? 何故今から、そんな相談が出るんだい?」
もしライナスが我が家の通例通りの学園に進学するとしたら、入学自体は三年後、高等部に入るまでは6年、さらに騎士コース、魔術師コース、文官コースの三つからコース選択をするのは、さらに一年後だ……!!
なぜ、今から7年も未来の進路の相談をしているんだ⁉ この子は⁉
「そう思っていたのですが……先日の誘拐未遂が起こって以来、騎士団から卒業後の打診を連日のように頂いてまして……私は騎士になる気など全くないのですが、もしかしたらこのまま押し切られてしまうのではないかと思ったら、不安で仕方なくて父上に相談した次第です」
「お前が希望しないなら、私はお前を騎士にする気などないよ‼ 騎士になるのは、ロナルドだけで十分だ!! ……ただでさえ、レックスが王宮魔術師になり、私の跡を継ぐ気がないと公言しているというのに、お前まで騎士になられたら敵わないしな」
「……いや、私は家を継ぐ気はないのですが……」
「だとしても、だ。家を継がなくても、お前が文官コースで知識を得てさえくれれば、ライラなりライラの婿なりが領主になった時に役に立つだろう。ライナス。どうせお前は、王宮に勤める気も、外に出る気もないのだろう? 家に残る気ならば、多少は家の役に立ってくれ」
「はぁ……まぁ、そういうことなら」
理解したのか、理解していないのか分からない表情で頷くライナスに、思わず溜息が出た。
……特異な力が目覚めて、気にする事が、これか。
本当に、この子だけは、よく分からない子だ。
レックスやロナルドも大概問題がある気がするが、この子ほどは理解できなくないぞ…‼
「それで? 相談はまさかそれだけか?」
「いえ。もう一つ……」
……だよな。やっぱりライナスとて、本心では自分の異常な力に戸惑って……
「実は自分の書いた小説を自費出版したいと考えているのですが、何ぶん資金が足りなくて……生前分与という形で、父上の遺産の一部を分けて貰いたいのですが、駄目でしょうか」
……いなかった。それどころか、また、訳が分からないことを言い出した。
「……本を出版する資金くらいならば、私が個人的に援助してあげるよ。当然大きく赤字が続くようなら、ある程度の所で打ち切らして貰うし、利益が大きければその分還元して貰うけど」
「本当ですが⁉ あ、あと、できれば印刷関係の伝手とかあれば教えて頂けると嬉しいのですが……」
「……まずは一度、完成した原稿を持っておいで。まずはそれを見てからだ。本の内容によって、頼るべき相手も変わってくるからね」
「ありがとうございます、父上‼ 今すぐ、持ってきます!!」
喜び勇んで部屋を駆け出て行ったライナスの背中を呆然と眺めながら、一人呟く。
「あれに特別な使命があるとか……嘘だろ」
正直、嘘だと言って欲しい。……もしもライナスの使命が「世界を救う」ことだった日には、間違いなく世界は滅びるだろうから。
私は、この国の未来を憂いて、大きく溜息を吐いた。
……まぁ、例え国が亡びたとしても、私の領地と領民だけは絶対に守り抜くけれども。




