第17話 裏の世界
時崎の驚異的な記憶力『消えない部屋』によって持ち帰る事の出来ない筈の『菅野』の名前を持ち帰り、その名前を知る可能性のある唯一の人物であった40年前に生物と戦った上村が住む長野県の奥地へ出向いた。
上村の住むログハウス内のカウンターを挟む向かい合う時崎と司馬は、上村がこれから語ろうとする話しに緊張な趣で見つめる。
「菅野は私が中学校までの同級生だった人物で、『人体の組織再生』を最初に提言した人物だった」
「・・・だけど、『人体の組織再生』は西村研究所とウェストリア家が進めていた研究で、提案者もウェストリア家でははないのですか?」
「それが『パラレルワールド』の分岐点で、私達が存在した元々の世界では『人体の組織再生』は彼が提言していた。・・・そして、彼はその研究を証明する為に『人体の組織再生』による永遠の命に近い驚異的な再生能力の確認と、実験体を入手するには戦場は最も適した実験場だと考え中東でゲリラ軍に加入した。だが、菅野率いるゲリラ軍は政府軍が集めった精鋭『ジャンルダルク』によって制圧された」
「・・・確か、45年前にあった『中東の鎮圧』ですね」
「ジャンヌダルクに国を追われ国外へ逃亡した菅野は母国の日本へ戻り、自身の空白の経歴を隠し研究所を転々としていた時に源流の石を発見し一躍注目される人物になった。そして、その先の世界で見た生物こそが『人体の組織再生』を完成させる為に必要な細胞を持つ生物だった」
「元々の世界だと、『人体の組織再生』の提言者は菅野という人物だった・・・そう言う事ですか」
上村の語る意味を理解した司馬は、この世界が既に『パラレルワールド』によって分岐された世界だと知りつつも菅野に関して再度確認すると、その言葉に彼が自身の話す意味を完全に把握していると理解した上村は静かな口調で話を続ける。
「君が考える通り、過去の世界を変える事は新しい未来『パラレルワールド』を作る事で、この世界で『人体の組織再生』を提言した人物が菅野では無いと言う事は・・・彼は、過去の世界で殺されたと言う事だ。・・・私の手によって」
「上村さんが、菅野を殺したと言うのですか・・・」
「過去の世界の大仙陵で生物を召喚する術を見つけ出した菅野は、その細胞のサンプルを採取する事で『人体の組織再生』を完成させ、それをゲリラ軍に手土産として持ち帰り日本を占拠する事を提案した。そして、日本を占拠した菅野を止めたのが我々『謎の生物対策省』で、私が菅野と一騎打ちで彼の首を弾丸で貫いた」
日本をテロの脅威から救った英雄の表情は60代の老人らしくシワで覆われているが、そこから伺える表情は危機から救った達成感よりも罪悪感が強く漂う。
「死の間際に見せた彼は、間違いなく私の知る菅野だった・・・。今回の責任を取る為に、彼は死ぬ寸前に過去の世界へ行く事で自身の記憶をこの世界から消滅させる事で、関係者を無用な混乱に巻き込ませないようにした」
「菅野は、過去の世界で死んだのですか」
「ああ・・・彼を埋葬したのは私だからな」
「私は『人体の組織再生』から『微生物シリーズ』の起源を辿れる事を、祖父の残したレポートで知りました。それでは、祖父はなぜそれを知る事が出来たのでしょうか」
「菅野の存在を知るのは、彼を過去の世界で埋葬した私だけだ。増田さんは、おそらく西村研究所経由で『人体の組織再生』を知ったのか、あるいはタイムマシーンで大仙陵に行きサンプルを見つけのかだと思う」
自身の祖父の増田が菅野と『人体の組織再生』の研究をしたのではないと話す上村に一瞬安どの表情を見せた司馬だったが、『微生物シリーズ』を思い出した事で突如脳裏に現れた違和感に気付くと同時に己の背中に感じる冷たく湿っぽい汗を感じる。
「間違いない、俺が『η細胞』の『亜種』が出た研究所で見たミストの影はコイツだ!」
「まさか・・・私達がこれまで追っていた影の正体は、新嶋先輩や篠目、要教授を殺した人物って・・・」
「上村さん、菅野は生きています。ハッキリとではないですが、俺はこの写真の人物を見た」
「そ、そんな筈はない・・・。彼は、私の手によって荼毘に付した筈だ!」
上村の話から菅野と言う人物が見かけ以上の戦闘能力を持つ事を理解した司馬は、40年前に自身の祖父と対等に渡り合った人物が相手であれば、恐らく通常の状態で時崎達の持つ薬と対等以上に渡り合え、それ程の相手であれば新嶋や要でも敵わないと感じる。
「上村さんも知っていると思いますが、ここ一連の事件が菅野の犯行であると考えれば、国から『亜種』討伐の特例を得ていて基礎能力を向上させる薬を持つ朱鷺宮高校の才女2人と互角以上の力を見せている人物・・・それが、今回の首謀者が菅野である証拠です」
「まさか・・・彼は私と同じ年だ。幾ら戦場で培った能力があろうとも、加齢から来る衰えと言う波には逆らえない筈だ」
「・・・それが、『人体の組織再生』の成果、だとすれば」
「・・・」
司馬の言葉に苦虫を噛んだような苦痛な表情を見せ黙り込む上村は、彼の推測がその一言で全て解決してしまう横暴さを感じながらも、それを一笑出来る確証性も無い事を同時に感じている。
「・・・君は、増田さんの残した資料を私に貸してくれる事は出来るか?」
「どうしてです?」
「こちらにも、頭の切れる人物が付いている。その解析は彼に委ねてみないか?」
「その方は?」
「私と同じ『謎の生物対策省』に属していた、元内閣府の官僚だった鈴森さんだ」
「『内閣府の切れ者』ですか・・・」
「彼も今この長野で暮らしていて、私と違い現役の経営者だ。今も官僚間のパイプを持つ彼なら、業界の事情などは詳しいはずだ」
「・・・分かりました。ですが、影の正体を知った以上、再びここへ戻って来るとなれば時間が惜しいです」
「いや、私達も一緒に朱鷺宮へ行こう。それなら、ロスはないだろう」
「上村さんもですか!?」
「生物研究に関しては君達の足下にも及ばないだろうが、生物に対しての経験なら協力出来る。・・・私は、その為にこれまで生きて来た」
上村からの意外な言葉に驚きの表情の時崎に、上村は自身の人生を賭けこの平和な世界では有り得な驚異の備え生きて来たと話し、時崎達と共に朱鷺宮へ向かう事を提案する。
だが、過去の世界の大仙陵で見届けた昔の彼に戻っていたあの時の姿が焼き付いている上村にとって、彼はあの時に全ての呪縛から解放され純粋な心を取り戻したと信じていたが、司馬の話す『人体の組織再生』の研究結果で蘇ったとしても、実際に己の手によって火葬まで行った死体が再び蘇る事実が未だに納得出来ない部分を考えながら、その推測が覆される事を心の片隅で祈っている別の自分が居た。
上村の住むは所から数十キロ程離れた場所に住む鈴森と落ち合った現役の経営者である鈴森の姿は、上村と同じ年齢にも関わらずスラッとしたスーツを着こなすスマートな老人だった。
「上村さんから、事情はある程度電話で聞いています。時間がありませんから、移動しながら詳細と解析はさせて貰います」
その容姿通りの手際の良さを見せる鈴森は、事前に上村から聞いた内容から既に過去の新聞などからある程度の情報は仕入れ自身で今回の事件の解析を行っていて、移動の車内で司馬が持っている増田の資料と司馬の話を聞き今後の予測を立て始める。
「なるほど・・・。増田さんは宇宙工学研究所の方でしたから、あれから研究は次元操作のみかと思っていましたが、まさか『人体の組織再生』の研究を行っていたなんて」
「祖父が亡くなってから、政府の要人が極秘事項だった祖父の研究資料を全て回収しましたが、鈴森さん同様に生物研究までは知らなかったらしく、別室にあったそのレポートは回収されませんでした」
「私の伝手を使って政府の方に情報収集を行った結果、『人体の組織再生』の研究を知る人間は西村研究所にもいますが『微生物シリーズ』との繋がりを知る人物は、多分司馬君と増田さん、それに君達の周りで殺人を繰り返す『η細胞』を持つ男だけなのは間違いない。このレポート内容を見る限り、増田さんは生物の細胞から『η細胞』まで研究を進めていたのを考えても、あの世界には『微生物シリーズ』を完成出来る所まで進んでいると見て間違いない」
「『微生物シリーズ』が完成すると、一体何があるのですか」
「そこまでは、増田さんも答えが出ていない。普通『微生物シリーズ』の起源が『人体の組織再生』であれば、元に戻るだけだと考えるのが妥当だけど・・・そんな簡単な事ではないだろうね」
「『レイラ菌』・・・」
『人体の組織再生』から『微生物シリーズ』が生まれたのであれば、当然どちらかに辿り着くのが普通の考えだと話す鈴森の横で、静まり返る車内であの夜を思い出し呟く時崎の聞き慣れない言葉に全員が振り返るが、唯一その言葉を知る司馬は時崎の意見に同調する。
「そうか、『レイラ菌』か・・・」
「『レイラ菌』?それは一体」
「あの夜、ウェストリア家の末裔のミストが、『自身は『微生物シリーズ』を完成させ『レイラ菌』を撒く』と話していました」
「ウェストリア家・・・」
「上村さん達は、ウェストリア家を知っているのですか」
上村と鈴森は『レイラ菌』に関しては初めて聞く言葉だったが、時崎が語ったウェストリア家の言葉に重い表情を見せる。
「・・・40年前、西村研究所と手を組み生物を・・・『13体目の最高神』を作り上げた生物学者。それがウェストリア家だ」
「ウェストリア家が、『生物』を!?」
ウェストリア家の名前を聞いた上村と鈴森は、その名前が40年前に西村研究所と手を組み『13体目の最高神』を召喚した事を話すと、全てのピースが合わさったような爽快感と共に押し寄せる恐怖心を感じ身を震わせながら時崎が必死に口を開く。
「・・・ミ、ミストさんは、あの夜言いました。未来の世界を『ノアの箱舟』に例え、自身は『レイラ菌』を撒いた事により『神』に殺されたと・・・。そして、過去の世界で見た旧約聖書の紙片の一部・・・綾ちゃんや新嶋先輩を殺した人物がミストでは無く上村さんと同い年の菅野であれば・・・あれは、ミスト、ウェストリア家の細胞を使い『人体の組織再生』を使い蘇生した菅野で・・・世界を滅ぼす『レイラ菌』を作る為にミストを現世へ転生させた『もう一人の神』なら・・・」
「・・・なるほど、それなら全ての謎が解けるって訳だね」
時崎は、菅野は『レイラ菌』を手に入れる為にこの世界にミストと共に現れたと話し、過去の世界の大仙陵の研究施設は元々菅野が使っていた場所だと話す鈴森は、ミストを蘇生させこの世界へ連れて来たのは菅野だと確信するその横で、その言葉に疑問を感じる司馬が時崎へ視線を合わせる。
「・・・だが、『レイラ菌』が目的ならば『人体の組織再生』を完成させた菅野は既に『微生物シリーズ』も完成させていて、『レイラ菌』の生成も可能ではないですか?」
「もし、『レイラ菌』は生物からの細胞では無くて、現代の研究から生まれた細胞が必要であるのであれば、菅野の目的はハッキリします。菅野は『レイラ菌』を生成した事で殺されたミストを、『人体の組織再生』を使い蘇生させ彼に過去の世界へ戻らせる術を与えたと言う事です」
「タイムマシーンって事だな。時崎さん達が過去の世界で見た研究施設は元々菅野が最高神を召喚する為に使っていた場所だし、菅野は元中東ゲリラに所属していた経由を考えれば、イスラムを教徒を侮辱する文書を残した事も納得がいく」
時崎の推測に全員が納得したその時、列車は静かに停止し朱鷺宮へ辿り着く。
その地へ一歩足を踏み入れた上村は、即座にその違和感を感じる。
それは、この先で待ち構える出来事が、これまで自分の人生を賭けて挑んだ単なる妄想で終わる筈であった最悪な世界『裏の世界』だと。