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逃避行計画

 取調室の空気は由紀子の語りに合わせて、 さらに張り詰めていくようだった。

「公園で会ったあの夜、あたしと隆也はベンチに並んで座りました。街灯の下で二人の影が長く伸びて、これから歩く道の長さを示しているようでした」

由紀子は、静かに息を吸った。

「隆也は鞄から1枚の地図を取り出しました。折り目が擦り切れていて、何度も何度も見返した跡がありました」

「由紀子、これが美桜を逃がすルートだ」

「その地図には大阪から九州へ、九州から広島へ、そして瀬戸内海の小さな島へと、細かいルートが書き込まれていました」

石原が思わず呟いた。

「ずいぶん遠回りですね」

「はい、でも、それには理由がありました。

まず防犯カメラの死角を調べていました 駅の構内図、バス停の位置、商店街のアーケードの角度、隆也はすべてを把握していました」

「ここは防犯カメラがない。ここは夜になるとシャッターが閉まって映らない。ここは人通りが少ないから逆に危険だ」

「あたしはその説明を聞きながら胸が痛くなるのを覚えました」

「電車はだめだ。ICカードも切符も全部記録が残るから」

「だから、徒歩で移動し、途中から現金払いの高速バスに乗る計画でした」

「現金乗車のバスなら、乗車記録が残らないし、しかも深夜便なら、乗客の顔を覚えている人も少ないだろう」

「九州に着いたら、さらにフェリーに乗り換える予定でした」

「船は監視が甘い。乗船名簿も本人確認することなどないに等しい」

石原は思わず息を呑んだ。

「そこまで考えていたんですか?」

「はい、隆也は命をかけていました。美桜を守るために選んだのは、瀬戸内海にある人口数百人の小さな島でした」

「ここなら、住民登録しなくても暮らせる。 外から来た人間も目立たない。何より追う側が探しにくい」

「この島には古い空家がいくつもありました。島の不動産屋に匿名で問い合わせて、短期の賃貸物件を確保することは容易でした」

辻川が驚いたような顔で、首を二~三度傾げながら呟いた。

「準備が完璧すぎる…」

「ええ。隆也はずっと考えていたんだそうです。離婚してからずっと…、それだけを。美桜を守る方法を…」

「隆也は地図を畳んで、あたしの肩に両手を置いて頷きました」

「由紀子、僕が美桜を連れて行く。君は自首してくれ」

「あたしは最初意味がわかりませんでした」

「君が拘束されていれば、警察は美桜を殺した犯人として、由紀子を見張ってくれるから、美桜を追う目が一時的に逸れる」

石原が息を呑んだ。

「囮になるということですか?」

「はい。あたしが娘を殺したと言えば、警察も、あの男も、組織も…。一時的に美桜から目を離す」

由紀子は静かに続けた。

「あたしは迷いませんでした。美桜を守れるならどんな役でも引き受けるつもりでした」

由紀子はしばらく俯いていた。

「隆也はあたしの手を握って、何度も頷きました」

「由紀子、ありがとう。僕は君と美桜を守るために生きてきた。これからも、それは変わらない」

「あたしは涙を流しながら、隆也の胸に顔を埋めました。でも泣いている時間はありませんでした」

「翌朝、あたしは家を出ました。娘を殺しましたと、自首するために」

由紀子はゆっくり顔を上げて、石原を見た。

「隆也は美桜を連れて逃げました。娘を、家族を守るために」

取調室の時計が、またカチリと音を立てた。

物語はいよいよ真相へと近づいていく。



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