第1章 今日は勝つ!①
その日
最悪な日だった。
表で役人と揉めた。
腹が立っていた。
金も無かった。
しかも雨だった。
湿った石畳を歩きながら、 ログはずっと不貞腐れていた。
「クソが……」
地下街なんて、 来る予定じゃなかった。
ただ、 雨宿り出来そうな灯りが見えた。
それが《鴉樽》だった。
酒と煙草の匂い。
騒がしい笑い声。
古い石壁。
地下街の酒場。
ログは面倒臭そうに中へ入る。
その瞬間。
奥の席だけ、 妙に静かな事に気付いた。
騒がしい酒場なのに、 そこだけ空気が違う。
男が一人、 酒を飲んでいた。
長い外套
煙草
面倒臭そうな目
妙に小綺麗だった。
地下街には似合わない。
ログは顔をしかめる。
「……役人くせぇ」
男がちらりと視線を向ける。
それだけだった。
だが、 若かったログには それが妙に気に入らなかった。
役人を思い出した。
腹が立った
だから
絡んだ
「おい」
酒場が少し静かになる。
主は酒を飲んだまま、 返事もしない。
ログは苛立った。
「聞こえてんだろ」
主がようやく口を開く。
「……誰だお前」
「ログ」
「知らん」
酒場で笑いが漏れる。
ログの眉が跳ねた。
「喧嘩売ってんのか」
主が煙を吐く。
「先に売ったのお前だ若造」
その瞬間。
ログは殴りかかった。
若かった。
そして。
次の瞬間には床を転がっていた。
ドガン!!
椅子が吹き飛ぶ。
酒場大爆笑。
「早ぇ!!」
「十秒持ってねぇ!!」
「今日の最短記録だ!」
ログは痛む頭を押さえながら、 顔を真っ赤にして立ち上がる。
「お、覚えてろ!!」
「三流悪役かお前は!」
また笑いが起きた。
ログは外套を翻し、 格好つけて出口へ向かう。
本人だけは。
そして扉前で振り返った。
「今日は調子悪かっただけだ!!」
主が即答する。
「毎日悪いな」
酒場崩壊。
地下街の夜は、いつも煙と酒の匂いがした。
古い石造りの通路。 湿った壁。 ガス灯の橙色の光。
酒場《鴉樽》は、その日も騒がしかった。
笑い声。 怒鳴り声。 酒瓶のぶつかる音。
その奥の席では、地下街の主が面倒臭そうに酒を飲んでいる。
誰も近寄らない席だった。
そして
酒場の扉が乱暴に開いた。
「……来たぞ」
常連の誰かが呟く。
長い外套。 煙草。 壁に寄りかかる癖。
まだ二十にも届かない若造。
ログだった。




