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人身事故

「なんで見つからないんでしようか」


 腰までの胴長に身を包んだ警察官が鴨川の用水路をさらっている。探しているのはご遺体だ。昨晩、新宿行きの最終電車が人身事故を起こしたという通報があってから4時間。当たりはすっかり白み出して、見物人が土手や畑のあちこちに詰めかけていた。


「もっとブルーシート持ってこい。それから運転手に事情聴取だ」


 駅の詰め所の中には、くたびれた制服に身を包んだ運転手がいた。今しがた起きた惨状に頭を抱え、差し入れとおぼしきブラックコーヒーにすら口をつけていなかった。無理もない。運転席から目と鼻の先、まさにその場所で死を目撃したと言うのだから。


「運転手さん、話を聞かせてもらえますか」

「はい……先ほども話しましたけど……確かに接触事故があったんです。車体が揺れて、自動ブレーキが作動しました。本部に無線を入れて、停車後に当たった人を探しました」

「でも見つからなかった?」

「はい。」


 その目は落ち窪んでいて、どこか上の空を見つめているようだった。洞窟のようで、熊か何か生き物が這い出してきそうな真っ暗な闇。その闇の中に人が消えた。


 先頭車両の破損具合から言って、被害者は出血していることが分かっていた。さらに、ひしゃげて尖ったフレームに付着した衣服と毛髪から女性であるらしいということが分かった。


 しかし、一週間たっても遺体が見つからない。運輸安全委員会と運行会社はこれ以上の現場保存は無用と判断し、車両を車庫に移動させた。

 酷く古びた車庫は、サビの浮いた、茶色い建屋だった。その建物の中に青い作業服を着た作業員が所狭しとならんで、一様にライトをもって車体下部を覗き込んだ。


 遺体は現場付近から見つからなかった。後探していないのは車両だけだ。時おり起こる人身事故では、車両の下敷きになったご遺体がそのまま車両に引っ掛かってしまう事があった。


「なんだこれ」

 その声に作業員が集まると、車体の下部、ちょうど車輪がついている辺りに血がベットリとつき、雨のように滴っているのが見えた。何人かが顔をしかめて車庫の外へと走る。酸っぱいものをしこたま吐き出して、それでもスッキリせず、帰ってこなかった。


「ご遺体はおそらく、この上、テンショナーの辺りでしょう。車体から車輪のアッシーを丸ごとはずさないといけません。」


 説明をたんたんと聞いた樋口は、どうやら見つかったらしい遺体にほっとため息をついた。1週間も探して見つからなかった遺体だった。これでやっと帰れると、思ったのだった。


「あれ?」


 作業開始から5時間。またしても遺体が見つからない。そこにあったのは、画面の砕けたスマートフォンと、女子が使うような肩掛けの小さなバックだけだった。


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