鳴らないはずの電話
列車との人身事故で最も悲惨なのは、残された遺族であることに間違いはないだろう。
今、被害者と見られる女性の母親が、目を皿のようにして線路を歩いていた。
遺留品の中にあった学生証から、被害者は大学生で都内の学校に通っていることが分かった。学校の名簿から紐付いた保護者に連絡が入ったのが今朝の4時半。母親はそれから8時間もの間、休憩も取らずに探し続けている。
「あのこは生きてますから」
「我々もそれを望んでいます。ですが、今日はもう時間がありません。」
ご遺体を捜索するために、列車が停止している。その分の振り分けは他の線に行われているが、刻一刻と発生する不利益の中で、早く運行を再開したい運行会社がひねり出した結論が、この時間だった。遺族を納得させるための時間。
いつまでたっても見つからない遺体にさいている時間はない。
見つからなかった場所をもう一度さらうのだ。
合計10時間に及んだ第二次捜索においても、ついに指1本見つかることはなかった。
母親の姿は胸が締め付けられるようだった。
血の染み込んで黒くなった娘のバックを胸に抱いて、今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうな両目は、あるはずのない体の一部を探して、運行が再開された線路を睨んでいた。
「奥さん。遺体が見つからなかったということは、まだ生きているということかもしれませんよ」
嘘だ。樋口は自分の口からこうも簡単に嘘が紡がれることに落胆した。人を救うための嘘。この仕事ではつかなくてはならない嘘があまりにも多すぎる。あの規模の事故で無事なはずがない。
「あのこは、本当に生きてるんですか!?」
「ええ。きっと。警察100人体制で捜索して見つからないんですから、どこかで生きていて、あるいは記憶を失って病院にいるかもしれない」
母親をこの場所から離れさせるための嘘。病院にいるかもしれないなんてことは、真っ先に警察が考えて聞き込みを行っている。そこにはいない。
「案外、携帯に連絡があるかもしれませんよ。絶対に電源を切らないでくださいね。生きてればきっと娘さんから電話がありますから」
被害者の壊れたスマートフォンは証拠品として警察にあった。酷い破損状態でデータの復旧に3ヶ月かかるとのこと。母親のもとに返されるのはさらに一年ほど後になるだろう。つまり、連絡はあるはずもない。
「本当に、あのこは大丈夫でしょうか……」
「わかりません。ですが、連絡がありましたらこちらの電話番号に連絡ください」
差し出した名刺に樋口個人の電話番号を書いて渡した。
ショックを受けた人のケアは本来の仕事ではなかったが、なぜか、その母親が娘の後を追ってしまうような気がして、差し出したのだった。
その日の深夜、携帯が鳴って
『娘から連絡がありました!今、病院にいるそうです!』
「おお!そうでしたか!それで、どこの病院ですか?」
警察も案外、適当な仕事をする。ちゃんと生きていたのだ。だから遺体も見つからない。誰かが通報をして搬送されていたのだ。
「それが、病院の名前が分からないんですって!笑っちゃいますよ。我が子ながら。でも今はアプリでスマホの位置情報が分かるんで、すぐ調べてみます!!……あれ?」
「どうしました?」
樋口はばつが悪かった。母親の低くなった声色に、絶望にもにたものを感じ取った。ああ、あのスマホは、警察の証拠品棚にあるのだ。あのこは持っていないのだ。
「なぜでしょう。場所が霊園だわ」




