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第25話 教師と教え子

「殿下、一段、上げていきますよ(・・・・・・・・)!」



 剣舞の最中だと言うのに、僕は悶々としていた。


 それを正気に戻してくれたのもまた、目の前の麗しき黒い薔薇だ。


 やはりネイローザはずっと僕を見て、しっかりと観察している。


 思考に傾き過ぎて、動きが鈍ったのを、ほんの一言で戻してくれた。


 嬉しくて、僕は余計な考えを捨て、ニヤリと笑う。



「一段と言わず、二段でも、三段でも」



「では……!」



 ネイローザは動きを早めた。


 それに合わせて、僕もまた加速する。


 交差する剣と、打ち鳴らされる金属音はテンポが速くなり、当然足運びも緩やかなそれとは違い、もはや試合でもしているかのような速さだ。



(それでもまだ、君は余力があるみたいだな!)



 調子に乗って三段上げろなどとのたまったが、ぎりぎり付いて行くのがやっとな速さだ。


 汗一つかかず、笑顔も崩さず、機敏に動く様は流石としか言いようがない。


 僕も笑顔こそ崩さずに剣舞を続けるが、さすがに少し呼吸が乱れ、汗が出てきているのを感じている。


 だが、それで良かったのかもしれない。


 意識を集中させねば、今の速さには付いて行けない。


 余計な事を考えている余裕などないのだから。



(速度を上げて、余計な事を考えないようにさせる。君はそう、無言の内に諭したんだろう。その心遣いが嬉しい)



 そうだ、今は剣舞をしているのだ。


 しかも、相手は『黒薔薇の剣姫』だ。


 余計な事を考えている余裕なんてあるわけがない。


 そもそも、こうして君と踊れる幸せを、別の事で頭を埋めて、台無しにするなんて以ての外だ。


 君は本当に素晴らしい女性だ。


 優しく、思いやりのある気配りを、そこはかとなく示してくれる。


 時に直言を以て僕をたしなめ、あるいは少し回りくどくも、最終的にはより良い方向に導いてくれる。


 出来の悪い教え子であると自覚はしているし、君の優しさが痛く感じてしまう時もある。



(いや、こうなっても良いのですかと、あえて悪役を演じてくれているのかもな)



 意地悪な課題を出して、教え子をおちょくる教師と言ったところか。


 周囲は早くなった剣舞の速度に追いつくのがやっとのようで、僕以上に余裕がないが、僕はまだどうにかなっている。


 思うに、ダンスに不真面目な僕を、無言の内に折檻しているように思うのだ。


 君は見た目の上では子供、少女だが、中身は武名轟く豪傑でもある。


 もちろん、嫁いでくるであろう姫君は、こんな凄まじい動きができるとは言わないが、それでもしっかりダンスなりの練習をしてやって来る事だろう。


 そして、僕はやる気のないダンスばかりで、上達するのかどうかという危惧がある。


 動き自体は覚えたが、それでもやる気が皆無なのが気になるのだろう。


 それを見越して、君は自分に姫君の姿を投影させ、疑似的にダンスの未来図を見せてくれているのかもしれない。


 少女相手に戸惑うようでは、笑い話の種にしかならない。


 それでもよろしいのですか、と言う事だ。



(無様だ。何という無様なのだろうか。今の剣舞の相手が君だからこそ、誰も何も言わない。この国の人にとっては、君の武勇を知らぬ者はいないから、例え少女の姿をしていたとしても、二回りは大きい僕が振り回される事に何も感じていない。しかし、これが他国の姫君なら話は別だ)



 すぐに話が方々に広がり、醜聞があちこちに拡散していくだろう。


 それが嫌なら、真面目にやってくださいというわけだ。



(分かってはいるけど、君にまでこうもガッツリ示されたらな~)



 結局、ネイローザも、父も、正しいと言うわけだ。


 乗り気ではないが、真面目にやらざるを得ない。


 こうまで君に心配をかけている以上、その顔に泥を塗る真似は、さすがに僕にはできるわけがない。



(ネイローザ、君は本当に僕を見ていてくれて、いつも陰ながら支えてくれる。自分の身勝手さや、器の小ささに嫌気がさすというものだ)



 王族としての責務が、本当に煩わしく思う。


 結婚話を聞いてから、ズシリと肩を抑えつけられるかのような重圧を感じる。


 来るべきものが来た、そのはずなのだが、結局、僕はまだ“乳離れ”すらできていない赤子ではないかと、自分の未熟さを嘆くばかりだ。


 体躯こそ立派になったが、中身は子供のままだ。


 一方、君は見た目こそ子供であるが、中身は歴戦の勇者であり、智嚢ちのう蓄えし賢者でもある。


 まるであべこべだ。


 百年の研鑽の先、などと君は自分を評しているが、それは何も剣技に限った事ではない。


 思想や知識もまた、百年の積み重ねを有している。



(これでよくもまあ、彼女を振り向かせるなどと意気込んだものだ。剣の腕前以前に、心構えがなっていない。心身ともにさらに鍛え、向上させない事には、一生かけても君を“男”として、振り向かせる事なんてできない!)



 無言の内に繰り広げられている剣舞もまた、君からの課題の提示だ。


 察してくれるとの期待があるからこそ、敢えて口にしないのだろうが、それについては嬉しく思う。


 互いに理解し合っている、そう思えるだけの自然な流れがあるのだから。


 呼吸を合わせ、剣を交差させ、打ち合い、付いたり離れたりを繰り返しては、クルクルと回る。


 楽しいひとときだが、これもまた“授業”だ。


 教師と生徒の稽古であるが、いずれはこれが“男女の睦み合い”になればと願ってやまない。


 しかし、まだまだ未熟である事を、ダンスを、剣舞を通じて示された。



(ありがとう、ネイローザ。また一つ教わった。義務あっての権利や主張だよね)



 高貴なる精神ノブレス・オブリージュを忘れてはならない。


 なにしろ、僕は王子だ。次期国王だ。


 豪華な服を着て、怠惰に美食を貪るような、そんな無責任な王にはなってはならない。


 嫌いな父とて、国に問題があれば、真っ先に駆けだすような性分の持ち主だ。


 嫌味や皮肉ばかり僕に向けてくるが、それもこれも“理不尽さ”に耐える事、慣れる事を教え込むためではないかと、今更ながらに気付く。



(まあ、ネイローザの件が一番理不尽だけどね。目の前にいるのに、愛しい黒薔薇を愛でる事が許されないんだから)



 こうして、剣舞を興じるのが限界なのだろうな。


 抱き締めるのなんて、夢のまた夢の話。


 人間の王様に、妖精のお姫様は釣り合わないんだ。


 どちらが上か下かなどと言う低俗な話ではなく、そもそも住むべき世界が違うと言う事かもしれない。


 と、ここで、君の動きが一瞬だがさらに加速した。


 まさに電光石火の動きと言うべきだろうが、繰り出された“突き”が見えないほどに速かった。


 そして、その剣が僕の首筋に添えられた。


 剣舞であるから逸らしてくれたのだろうが、実戦なら確実に喉を一突きにされたであろう。


 それほどまでに目にも止まらぬ速さだった。



「……あ」



「殿下、悩み事や考え事は、ご法度でありますよ。真面目にやらねば、いつ寝首をかかれるか知れたものではございませんので。考える事と、行動する場面は、しっかりと分けておいた方がよろしいかと。まして、片手間にやり合えるなど、余程の実力差がないと不可能です。私はそれほど与し易くはありませんよ」



 すまし顔で君は剣を鞘に収め、今回はここまでと無言で示した。


 僕も慌てて鞘に納め、互いに軽く会釈して剣舞を終えた。


 学ぶべき点を教え込まれ、同時に今後の課題も示された。


 おまけに、きっちりと“実力差”まで見せ付けて……。


 もっとネイローザと舞っていたかったと言うのが本音だが、雑念を見破られてそこを突かれた点は本当に無様だ。


 君が少し不満げなのも、教え子の出来の悪さに少し失望しているからかもしれない。



(真面目にやろう。彼女に怒られるのはこりごりだ)



 何しろ、“本気”になれば、いつでも殺せるのが彼女と僕の実力差だ。


 本当に遥かな高みに存在しているのだと言う事を、今日も思い知らされた。


 掻っ攫って駆け落ちなど、とてもではないがまだ無理だ。


 首筋に残る先程当てられた刃の冷たさが、それを如実に示している。 


 今日の黒薔薇の棘は、いつにも増して痛く感じてしまうものだ。

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