第24話 黒薔薇の花言葉
剣が舞う。僕と君の想いを乗せて、カシャンカシャンと金属音を響かせながら。
僕とネイローザの手に握られた訓練用の細剣が、右へ左へ、あるいは宙に円を描き、そして、ぶつかり合う。
金属音のハーモニー、今の僕には花道を進む足音のように聞こえる。
それほどまでに心地よく、何の憂いもなく自由自在に動き回っているかのようだ。
しかし、自由自在と言っても、それは見ている側の視点であって、実際に舞っている僕やネイローザは、きちんと“互いの動きを読み合って”動いているのだ。
(そう、剣舞で重要なのは、相手の動きを正確に読みつつ、相手にこちらの動きも悟らせる事。互いが互いを読み合い、決闘しているように見せつつ、その実、呼吸を合わせて踊るんだ)
そんな事など、僕にとっては朝飯前だ。
ネイローザの動きくらい、余裕で先読みできる。
なにしろ、彼女の動きは普段の訓練に比べて、あまりにも“遅い”からだ。
何の事はない。本気で彼女が細剣を振るったら、常人の目にはまともに捉える事もできないだろう。
十年以上、彼女との訓練を繰り広げている僕でさえ、どうにか見える程度だ。
しかし、今の彼女は実にゆっくりだ。
だからこそ、剣舞を眺めている周囲も目で追える。
ましてや僕なら、先読みくらい造作もない。
(まあ、と言うより、読ませていると言う方が正しい)
実に単純な事だ。
武器を振るう際には、必ず“予備動作”が入る。
決闘の際には、まさにその“繰り出す瞬間の動き”が重要で、それによって相手の動きを先読みしたり、あるいは逆に引っかけたりするものだ。
もちろん、今は決闘ではなく剣舞であるため、引っかけなどない。
だからこそ、素直にその予備動作を読み取れる。
足運び、僅かな腕の筋肉の膨張、あるいは視線や体の傾き、そこから相手の“次”を読み解き、それに合わせて自分も動く。
独りよがりな動きでは、剣舞とはなり得ない。
美しくないからだ。
(そう、これだ! こういうのでいいんだよ、こういうので!)
ネイローザと舞う。これほど楽しいものだったとは、想像を超えている。
互いを読み合い、互いの動きを見て、次に繋げる。
つまらなかったダンスではあるが、こうした剣舞であれば、いや、相手をするのが君であれば、いくらでもステップを踏める。
繰り出す足運びも、思いの外、軽い。軽い!
さながら、おとぎ話に出てくる小さな妖精に誘われ、森や湖畔で闊歩するかのようだ。
もう金属音すら聞こえないくらいに、僕は意識をネイローザに集中させている。
耳をすませば、君の呼吸、それどころか心臓の鼓動すら聞こえてきそうだ。
剣と剣が交差し、時にすれ違いながらの恋の鞘当て。
男女の駆け引きさながらに、すれ違い、絡み合い、回り回って、また交わる。
今の剣舞はまさにそれ。
何者にも邪魔されない、男女の睦み合い、それそのものなのだ。
そんな楽しい時間が、今この瞬間、この空間に顕現されている。
王子と騎士、生徒と教師、貴人と護衛、君との関係は様々だ。
でも、今は男と女、それだけなんだ。
鏡で見ずとも、今の僕は笑顔である事は疑いようもない。
君と、麗しの『黒薔薇の剣姫』と剣舞を交える。
ああ、こんなに嬉しい事、楽しい事はない。
君もまた、素敵な笑顔を見せてくれている。
森の中に住まう妖精エルフ、その希少種たる黒エルフ、それが君なんだ。
(これが邪神の加護を受けた呪われた存在だって? 冗談も大概にしろ。こんな可愛らしい妖精が、見目麗しい女性が、悪魔だなんだと罵る輩の気が知れない)
まあ、それも分からなくもない。
先の戦でもこの華奢な体付きの妖精が戦場で舞い、百人からの敵兵をねじ伏せたと言うのだ。
彼女の前に敵として立ち塞がったりすれば、それは恐怖であり、悪魔に見える事もあるかもしれない。
今こうして互いに剣を繰り出していても恐怖を感じないのは、これが剣舞であると分かっているからだ。
実戦だったらこうはいかないだろうが、だからこそ僕は彼女に敬意を表する。
こんな小さな体で、王国の剣となり、仇成す存在を屠る姿に感銘を受ける。
まだまだ未熟ながらも、僕をここまで鍛え上げてくれた彼女には、捧げる感謝の言葉もない。
(だからこそ、思い止まらせてしまう。彼女に愛の告白をする事を)
ネイローザは誰よりも真面目で、この国の事を大切に思っている。
百年以上の長きにわたってこの国に仕え、実に僕で七代を数える。
そんな彼女の事を愛おしく思いつつも、抱き締めてはならないという戒めがあるのが実に腹立たしい。
目の前にいる妖精に僕は色恋を抱き、思慕しているのは間違いない。
普段から、彼女が目の前にいると心臓が高鳴りを覚えているのだから。
しかし、彼女を抱きしめれば、この国の“次”がなくなってしまう。
成長が止まり、子供のままの君は、子供を、次代を担う次の王子を産めない。
継嗣が無くなり、この国が絶えてしまう。
成長なくして次はなく、“不変”の黒薔薇を抱き締めれば、そこで何もかもが止まってしまう。
そうなれば、君は悲しむ事だろう。
僕の死後の事だろうが、君は嘆き、絶望するに違いない。
君は枯れない永遠の黒い薔薇なのだから、ずっと咲き続けるだろう。
それでも君は民草の血と涙を吸って生き続けるだろうが、それでも黒い薔薇のままでいられるのか、それは分からない。
涙に枯れて黄色くなるか、あるいは血を吸って赤に染まるか。
ともかく、全てを覆う黒ではいられないのではと、僕は思う。
(でも、僕の気持ちがどうあれ、僕は君を悲しませたくはない)
黒薔薇の花言葉は不思議なもので、“渡す場面”によって変化するのだ。
祝い事やめでたい席で渡される黒薔薇の意味は“永遠の愛”。
変わる事無く咲き続ける君に、相応しい花言葉だ。
しかし、不吉なものがある。
別れ際に渡される黒薔薇の花言葉、それは“恨み”だ。
もし、彼女を抱き締め、国を亡ぼすような暴君に僕がなってしまえば、君は“恨み”を抱く事だろう。
血の涙を流しながら、国を滅ぼした事への責め苦の言葉と共に、地獄の果てまで追いかけてきそうだ。
そんな事に、僕は耐えられない。
悪鬼になった君なんて、見たくない。
だからこそ、僕は君を抱きしめる事は許されない。
どれほど望んでも、君を手にする事はできないんだ。
妖精は妖精のままでいて欲しい。
黒い薔薇は、いつまでも凛としたまま咲いているべきだ。
掴む事は許されない。
妖精として、黒い薔薇として、そのままでいて欲しいと願うのであれば、決して触れてはならないのだから。
手を伸ばせば掴めても、棘が突き刺さり、全てを台無しにしてしまう。
ああ、本当に理不尽だ。




