第23話 妖精は舞い戻る
「殿下! お待たせしました!」
父やご先祖の醜態を聞き、ニヤニヤしているところへ聞き慣れた軽やかな声が聞こえてきた。
ダンスの練習場と化した広場に響くほどの大声であり、その場の全員が一斉に振り向く。
もちろん、声の主はネイローザだ。
廊下で別れてからどこへ行ったのかと気を揉んでいたが、元気な姿で戻ってきたのを見て、僕は安堵した。
(ああ、これだとも。この闊達な妖精の声が無くては、王宮は灯が消えてしまうがごとく、静かで暗くなる)
彼女がいてこその王宮であると、僕は改めて思った。
そして、すぐに彼女の変化に気付く。
服装は先程と変わっていないが、両の手には剣が握られていた。
鞘に収まっているが、その形状、大きさから細剣だと分かる。
比較的軽めの剣であり、女性でも使える剣だ。
彼女は僕の方に駆け寄り、その剣を差し出してきた。
「殿下、こちらをどうぞ」
「どこへ行ったのかと思ったら、剣を取りに行っていたのか」
早速、彼女が持ち込んだ武器の具合を確かめようと、鞘から少し抜いてみた。
すると、刃が丸みを帯びている事に気付く。
本来、細剣は刺突用の剣であり、“斬る”事に関しては不向きではあるが、それでも骨に届くほどの斬撃を繰り出す事はできる。
しかし、今確認した剣はその刃の部分が削られ、丸みを帯びた“なまくら”であった。
「……ああ、訓練用の剣か」
「左様でございます。重さは本物と変わりませんので、より実践的な訓練が出来ます。当たり所が悪ければ、もちろん怪我をしますけどね」
「だな。さて」
僕はウズウズしていたので、素早く剣を抜き、突きを放った。
シューッっと剣が鞘を滑る音と共に、抜身の姿を晒す。
美しい飾り柄が職人技を見せ付け、訓練用とは思えぬほどに細工を凝らしていた。
そして、構えてからの一突き。
本来、僕は広刃剣を使う事が多く、今朝の調練で使っていた木剣も、その形状に合わせた物を使用していた。
しかし、実戦ではこの細剣の方が実用的とさえ言える。
刺突用であるため、重たい鎧の連結部を狙い、そこに突き入れるからだ。
広刃剣で叩き切るよりも、遥かに相手に致命傷を与えやすいとも言える。
僕としては軽い素振り程度のつもりだったのだが、周囲に女官らは拍手の嵐でこれを称賛してきた。
楽師もなぜか楽器を奏でて華を添えてくる。
「恐ろしい程の速さでございましたね。抜いたと思ったら、すでに突きを放ち終わった体勢。目にも止まらぬとは、この事でありましょうか!」
先程話していた年配の女官もこれである。
僕としては、本当に軽く突いた程度だったのだが、普段見慣れていないせいか、珍しいのかもしれない。
(まあ、これでも全然ネイローザには当たらないんだけどね)
僕も早くはあるのだろうが、彼女は余裕でその上を行く。
身軽で小さい分、速度勝負では話にもならないのだ。
そんな彼女は今、少し恥ずかしそうにモジモジとしている。
その姿は見た目相応の少女の愛らしさがあり、可愛いと思う。
普段の真面目で凛々しい姿は美しいが、今のはにかむ姿もまた愛らしい。
どっちのネイローザも好きだ。
「殿下、お恥ずかしいお話ながら、私はダンスの心得がございません。しかし、お父君より、お相手せよとの命を受けております。なので、コレを使ってみようかと」
確かに、ネイローザが踊っている場面など、見た事がなかった。
そもそも、彼女は武官であり、王宮の花と言うべき女官ではない。
もちろん、そんじょそこらの花とは比べられない最上の花だとは思うが、どうにも棘がある。
黒い薔薇なのだし、それは仕方がない。
ならば、剣を持ち出し、踊りと言うのであれば、導き出される答えは一つしかない。
「そうか。剣舞でもやろうというのか」
「左様でございます。武骨者ではございますが、どうか勅命を果たさせていただきたく、私のわがままに付き合っていただければ幸いです」
彼女は少し申し訳無さそうな表情を浮べ、僕をジッと見つめてきた。
憂う瞳は影と光を両方まとい、これまた僕を魅了してくる。
それを見た僕は二つ返事で応じる。
「願っても無い事だよ、ネイローザ。君の剣戟で、是非とも皆を魅了してくれ」
無論、“皆”の中には、僕も含まれている。
むしろ、僕をこそ、その剣の舞にて、魅せてほしいんだ。
剣にて舞い踊る。『黒薔薇の剣姫』の二つ名に相応しいじゃないか!
踊ろう、心も、身体も、一緒になって!
彼女もまた剣を鞘から抜いた。
右手には細剣を、左手には鞘をそれぞれ握り、ニッコリと微笑む。
冠絶した腕前を持つ剣士とは思えぬほど、君の姿は愛らしい妖精だ。
嬉しいのだろうか、普段はあまり動かない尖った耳もまた、ピクピク上下に動いている。
楽しそうだ、そして、嬉しそうだ。
ならば全身全霊を以て踊らねば、無作法と言うものだ。
僕もまたネイローザと同じく右手に剣を、左手には鞘を握りしめた。
そして、歩み寄り、構えた。
二人で背中合わせになり、背中と服越しに、互いの体温を感じ合う。
身長差はあるが、そんな事は関係ない。
こうして彼女と踊れる事になったのだし、ようやく僕の願いが叶ったとも言える。
そして、時は動き出し、互いに一歩前に出て、振り向きざまに剣が交差する。
十字に交わる互いの剣は、カキンッと金属がぶつかり合う音と共に、踊りの始まりを告げた。
王子と妖精の、誰憚ることなく行われる舞踏会。
煌めく剣は、今から始まる楽しいひとときを祝福してくれているかのように輝いている。
さあ、楽しい楽しい黒い薔薇との一騎打ちだ。
誰にも邪魔されてなるものか。
僕は彼女と踊りたい。
父に武芸の調練は禁止されているが、問題はない。
なにしろ、これは“剣舞”であって、“剣の稽古”ではない。
屁理屈にも聞こえるかもしれないが、剣を握ったその手から、興奮が全身を駆け巡り、もう止めようもない程の濁流となっている。
誰がなんと言おうとも、僕は彼女が好きなんだ。
だからこそ、今、僕は彼女と一緒に舞う! 剣戟と共に!
~ 第24話に続く ~




