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第23話



 今日は学生生活初日であったこともあり、午前と午後に少しずつオリエンテーションを行っただけで帰宅となった。

 と言っても本日から寮暮らしなので、5分も歩けば「帰宅」完了である。

 寮棟の3階、一番右の角部屋の扉を開ける。中はシンプルなワンルームで、預けておいたティファニーの荷物が中央に置かれていた。

 実家の自室よりは狭いが、シンプルながらも感じの良い部屋である。


「寮の部屋って思ったより綺麗なのね! で、あなたの部屋などこなの? 」

「私の部屋はこちらです」


 くるりと振り返った先のアルベールは、にこっと笑うとティファニーを追い越してずんずんと部屋の中へ入って行く。

 そして左奥にある謎の扉の前で立ち止まった。


「……え? 」

「こちらでございます」

「は!? 」


 慌ててアルベールの元に駆け寄る。


「この扉はなに!? 」

「この扉は……、このようになっております」


 ピカピカに磨かれた内鍵を開け、アルベールが扉を開く。その先には、ティファニーの部屋と同じような空間が広がっていた。

 そしてその中央の床には、どこかで見たことがある誰かのトランク。


「まさか……」

「この学園では代々、どなたかの従者として入学した者は男女の別なく主人の隣が自室となります」

「ええっ! 」


 従者が隣の部屋!? ……ということ自体は、別に不思議ではない。従者とはそういうものである。

 しかし、前世の感覚を持ち合わせてしまったからだろうか、女子寮に男子の部屋があるのにどうしても違和感を感じる。


「私は従者として賃金を頂いて雇われている身。ティファニー様の傍にいなければ、職務を放棄しているのも同然です」

「それはそうかもしれないけれど、でも別に隣じゃなくても……」

「もしかして、私が近くにいることで何か不都合でも? 」

「あら、そんなことは思ってないわよ? 」


 嘘。寮とは言え、前世以来の一人暮らしに内心少しワクワクしていたのは事実だ。寮までも自分の傍にいなければならないアルベールに少し申し訳ないような気持ちもほんの少し混じっている。


「そうですか。それより、今回入寮するに当たって少し良い茶葉を持って来たんです。いかがですか? 」

「……そうね、いただこうかしら」


 なんとなく釈然としない気持ちは一旦紅茶で溶かすことにする。なにしろ今は優先して考えるべきことがあるのだ。

 アルベールの持って来た茶葉は、確かに普段飲んでいるものより香りがよかった。正面に座っているアルベールも自分の淹れた作品に満足しているようだ。自分の淹れた紅茶をティファニーと同じテーブルで飲むことに抵抗していたアルベールを、さっき一緒にランチを食べたんだからもう同じよ、と正面に座らせたのが遠い昔のことかのように、アルベールはリラックスしてお茶と茶菓子を楽しんでいる。気持ちの切り替えが早い。

 ご機嫌なアルベールはさておき、ティファニーは今日起こった出来事を整理する。

 今日ヒロインに起こるはずだった二つのイベント。一つ目のシリルとの出会いイベントは発生したが、二つ目のレオンに興味を持たれるきっかけとなるはずの新入生代表挨拶は、ヒロインではなくシリルの担当だった。

 そして何より、庶民であるはずのヒロインが、男爵という身分であったこと。

 間違いなく、ゲームとは違う"何か"が起きている。


ーー……何かって何? 私が前世の記憶を思い出したことが、ヒロインの身分にまで影響を及ぼしてるってこと? ああそれだけじゃないわ、新入生代表挨拶がシリルだったってことは、ヒロインはゲームの中よりも成績が良くないということよ。……まさかこれも私のせい? でも頭の良さなんて私が記憶を思い出すことと関係があるなんて、到底思えないし…………


「……様、ティファニー様! 」

「っ! なによ、急に大声出して。あ、お茶菓子のおかわり? 待ってね、沢山トランクに詰めて来たから……」

「違いますよ! ……ティファニー様、やはりお疲れなのでは? 」

「……そんなことないわよ」

「では何か、学校生活についてご不安点でも? 」

「不安……」


 不安、なのだろうか。ゲームのことなんて気にせず、学生生活を楽しもうと思ったのに。頭の中はゲームとは違う姿のヒロインのことでいっぱいである。

 私では力不足かもしれませんが、とアルベールは続けた。


「もしご不安なのであれば、占ってみてはいかがですか? 」

「占い……」

「ええ。……自分の学生生活の行方などは、占ってはいけないのでしょうか? 」

「そんなことないわ。そうね、ちょっと占ってみようかしら」


 ティーテーブルから移動して、ソファとセットのローテーブルの方へ移動する。トランクの一番上にしまっておいたタロットセットを取り出した。

 今の心理状態で未来を視るのは少々不安であるが、占いはあくまで占いだから、と言い聞かせる。占いの結果は今の行動次第でどうにでもなることをこれまで幾度となく見てきた。

 シャラシャラとカードをシャッフルする音だけが響く。

 ほのかな紅茶の香り、タロットの手触り、アルベールの気配。

 いつもの占いのルーティーンに心が少し落ち着いてきたと感じた、その時。


「っあ、」


 するり。ティファニーの手からカードが1枚滑り落ちる。そのまま引きずられるように、他のタロットも床へバラバラと散らばった。

 室内がしんと静まる。


「……このような場合、占いはどうなるのです? 」

「中止よ。色々な解釈があるけど、私は占い中にカードが散らばったら"これ以上占ってはいけない""占っても意味がない"という意味だと捉えているわ」


 どことなく漂う不穏な空気を感じ取らざるを得ない。それでもティファニーは頭を振って、無心で散らばったタロットを拾い集めた。



いつもは4の倍数の日に更新しているんですけど、月の変わり目ってどのタイミングで更新したらいいか分からなくなります。

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