9話→名剣殺し
「成る程、確かに使い勝手の悪い武器ですね……因みに斬れ味が良いと仰っていましたが、具体的にはどの程度の材質まで斬れるのでしょうか?」
武器を生み出す魔術の使い手だからか、以外にもネーヴェの興味を惹いているようだ。
デメタルは俺に支えられたまま呟く。
「う……そう、だな……試し斬りの段階だと、マナメタルはスパッと斬れた、ぜ……」
「マナメタルを!?」
「……マナメタル?」
聞き慣れない鉱石らしき単語が出てくる。
ネーヴェの反応からして硬いのだろうけど。
彼女に説明を求めると、早口で答えてくれた。
「マナメタルは魔力を帯びた鉱石で、物理攻撃は勿論、魔術的な攻撃にも耐性を持ちます。その特性上加工するのは難しいですが、マナメタルを使用した武器や防具はどれも高値で取引されるほどです」
「お嬢さん詳しいのぉ」
感心するジアイさん。
とにかく硬くて優秀な素材なのは分かった。
で、そんな凄いマナメタルを簡単にスパッと斬れてしまうらしい名剣殺しはもっと凄いと。
「もし名剣殺しの性能が本物なら、とんでもない魔剣ですね。『超業物』に登録されてもおかしくないかと」
「じゃが誰にも扱えん武器……道具など、ガラクタ同然じゃ。道具は使われて初めて、価値が生まれる」
『超業物』が何なのかはまた今度聞くとして……俺は未だグロッキー状態のデメタルの右手から名剣殺しを拝借し、トリガーに指を這わせる。
「ちょっと試したくなってみたな」
「やめとけ兄ちゃん、そこの馬鹿孫のようき体調を崩すだけじゃ」
ジアイさんはそう言うが、物は試し。
俺はデメタルをネーヴェに預け、周りに何も無い事を確認してからトリガーを押した。
ブゥンと魔力の刀身が出現する。
間近で見るとまた味わいが違うな。
闇夜で起動したら映えそうだなと思いつつ、一秒二秒と時間が過ぎるのを待った。
「うお、なんかめっちゃ吸われる感覚が……」
「だ、大丈夫ですかアラトさん?」
「今のところは。うん、もうちょいいけそう」
体の中の魔力がぐんぐん減っている。
だが気分を害する事は無い。
そういえば、魔力の量って人によって違うのか?
既にデメタルが倒れた時間を超えている。
そんな俺を見てジアイさんの目が徐々に開かれる。
「ま、まさかの……」
「おっ、おい兄ちゃん……ほ、ホントに体は何ともねえのか!?」
素直な気持ちで答えた。
「多分、大丈夫だ。この調子ならあと一分はイケる……頑張れば三分超えそうだけど」
とは言え三分を超えた瞬間に倒れるかもしれない。
それに実戦を想定した時、身体能力を強化する循環との併用は必須だから……実際の使用時間は一分にも満たないだろう。
使い所を誤り、逆に魔力を使い切って窮地に立たされた場合を考えると――あまり使いたくは無いな。
二分を過ぎたあたりでトリガーから指を離す。
「あー疲れた……ん?」
目前の三人が呆然とした様子で立っていた。
「アラトさんの魔力量って一体……」
「ジ、ジジイ! 測定機! 魔力の測定機!」
「分かっとるわい!」
ダダッとジアイさんが店の奥に消えていく。
かと思ったら何かを抱えて直ぐに戻って来た。
握力測定機と似た形をしている。
「これは握った者の魔力量を測る魔導具じゃ!」
「は、はあ」
「とにかく握っておくれ!」
言われた通りに差し出された道具を握る。
握力測定では無いので、力を込めたりはしない。
なのにメーターの針がカチカチと右から左へと動き……やがて反復横跳びのように針が左右に揺れまくり、最後には止まってしまう。
それを見たデメタルは仰向けに倒れ、ジアイさんは腰を抜かし尻餅をつく。
俺はオロオロしながらネーヴェに助けを求めたが。
「測定不能……」
彼女の呟きだけが、静かな室内に響き渡った。
◇
「――つまり、アラトさんの魔力量は常人を遥かに超えているって事です」
「へぇ」
ネーヴェの言葉に頷く。
魔力の総量は生まれつき決まっているらしく、後天的に増やす方法は存在しないとか。
「あまり興味が無さそうな反応ですね……これ、とっても凄いことなんですよ?」
「冒険者始めるまで、魔力とは無縁の生活だったからなぁ……イマイチ実感が湧かない」
しかも目に見えて分かるモノでも無い。
才能を褒められるってこういう気分なのか?
自分が天才だと思い上がるつもりは無いが、形が無いモノに対して褒められてもあまり嬉しくない。
まあネーヴェも俺に喜んでほしくて言っているワケではなく、単に事実を述べているだけだ。
一喜一憂する必要は無い。
だが『名剣殺し』の製作者は違うようで。
「兄ちゃん! 名前を教えてくれねえか!」
「うおっ!? ア、アラトですけど……」
「因みに私はネーヴェと申します」
「そうか! 二人とも良い名前だな! んでアラト! 悪いが頼みたいことがある!」
いつのまにか魔力不足から復活していたデメタルは、ガシッと俺の両肩を掴む。
瞳の中に燃え盛る炎が宿っているような迫力だ。
「この剣――名剣殺しを使ってほしい!」
「俺に?」
「ああ! 悔しいがジジイの言う通り、そいつはまだまだ欠陥品だ……けどな、ワリイところが分かってんなら直せばいい」
デメタルの言い分に不自然な箇所は無い。
悪いところがあるから改良する。
物作りの基本だろう。
「だが改良しようにも前例が無さすぎる全く新しい武器だ、そこで……コイツをまともに扱うことが出来るお前に預けたい。定期的に使い心地や問題点を報告してくれるだけで助かる」
「それは良いけど、今日会ったばかりの俺に頼んでいいのか? 大事な武器なんだろ?」
「これもきっと何かの縁だからな、それに測定器がぶっ壊れる程の魔力持ちなんてこの世に何人いるか分からねー……だから、俺はお前に頼みたい」
自らのアツイ想いを語ったデメタルは、息を切らしながらも答えを待っている。
俺は武器や防具に関しては当然素人。
それでも、彼の抱く情熱は伝わった。
「分かった……俺で良ければ、力になるよ」
「本当か!」
「ああ、男に二言は無い!」
ドンと胸を張りながら言う。
ほぼ勢いで了承してしまったが、要はゲームのβテストと同じで試しに使うだけだ。
不利益を被るワケでも無いし、ここは頼れる人や組織が極端に少ない異世界、交友関係を広める為にも鍛冶屋と関わるのは悪くない選択だと思う。
「これからよろしくな、アラト!」
「ちょ、痛い痛い……」
「これデメタル、その辺にしておけ」
バシバシと肩を叩くデメタルの腕を振り払っていると、ため息を吐くジアイさんが居た。
彼は困り顔ながらも優しい声で言う。
「面倒な事に巻き込んですまんのぉ、アラトにネーヴェよ」
「構いませんよ。新しい武器の開発って、なんか楽しそうだし」
「はい、私も同じです」
楽しいことは好きだ。
それに最近は多少マシになったとは言え、元ニート特有のコミュ症はまだ残っている。
こうやって偶然でも何でもいいからとにかく人と関われば、俺も少しは変われるかもしれない。
ジアイさんはこちらの反応に笑顔で返すと。
「そう言ってくれると助かるのぉ……じゃが、このまま帰すのも馬鹿孫の育て親としては申し訳無い。二人とも冒険者なのだろう? この店にある武器や防具、それぞれ好きな物を一つやろう――」
「馬鹿馬鹿言うなよクソジジイ!」
「ええい少しくらい黙っとく事も出来んのか! 全くお前は赤子の頃からまるで成長しておらん!」
再び目の前で口喧嘩を始めた二人。
俺とネーヴェは止めるだけ無駄だと悟り終わるのを待つ間、貰えるらしい武器と防具を選ぶ事にした。