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22話→ノス王国の悲劇

 

 私はイエロ・フォン・ノス。

 ノス王国で一番歳下の王女だ。

 今は『ネーヴェ』と名前を偽って生活している。


 数ヶ月前――私の故郷は突如現れたモンスターに蹂躙され、何もかもを奪われた。

 本当に突然の出来事だったのを覚えている。


 予兆なんてモノは何も無かった。


 ノス王国は小さな国で、環境も厳しい。

 その分統治者たる王族と市民の距離感が近く、誰もが一致団結して暮らしていた。


 だから私は知っている。


 あの日起こった出来事を。

 モンスターの大群から城に逃れてきた市民達は、口裏を合わせるように同じ事を言っていた。


「突然地面に影が浮かび上がったと思ったら、影の中から沢山のモンスターが現れた」と。


 つまりモンスター達は歩いて王城や城下町を攻めに来たのではなく、何らかの現象と共にやって来た。


 これはモンスターハザードと呼ばれる自然現象では無い……何者かの手によって企てられた、侵略。

 王である父はそう考えた。


 他の国――今私が活動拠点にしているサクルの街がある『サウース王国』では、ノス王国は最近活発化しているモンスター達に滅ぼされてしまったと伝わっているが、真実は違う。


 私達は侵略行為を受けていた。

 自らは正体を表に出さず、モンスターを巧みに操っていた卑怯者に。


 だが私を除き、ほぼ全ての国民が殺された。


 平民も、貴族も、王族も。

 子供も大人も老人も……分け隔てなく食われ、殺され、命を奪い尽くされてしまった。


 私が生きているのは偶然では無い。

 私だけを生かす為に、父や母、兄や姉達が死力を尽くしてくれたからこそ生き延びている。


 あの時の自分を、私は未だに許せない。


 ……モンスターの軍勢が城を完全に包囲した頃。

 衛兵や騎士は必死で戦ってくれていたが、守りが崩壊し城内にモンスターが雪崩れ込むのは時間の問題。


 逃げようにも囲まれているから逃げ道が無い。

 絶望的な状況で、誰もが涙を流し運命を呪った。

 何故自分達がこんな目に遭うのかと。


 だが……私の家族は違った。

 王族の責務は、国民の命を守ること。

 父母、兄姉は最期まで戦うと覚悟を決めていた。


 ならば私もと戦場に出ようとしたが――


「イエロよ、お前は逃げろ。なに、娘一人を逃すくらいの時間と道は作ってみせる」

「そんな、お父様……! わ、私も戦います!」

「聞いてイエロ。貴女はノス王家の女です。その使命は何か、幼い頃から教えてきたはずですよ?」


 父は私に逃げろと言った。

 母は私に王家に生まれた女の使命を問うた。


「……王家に生まれた女は必ず子を成し、その血を絶やしてはいけない、ですか?」

「ええそうよ。ああイエロ、私の愛しいイエロ」


 母は私を抱きしめた。

 力強く、まるで今世の別れのように。

 その声は震えていた。


「お願い、貴女は生きて。そしてこの国の事は忘れ、素敵な殿方を見つけて幸せになりなさい」

「出来ません、お母様……私も、私も……」


 その時、とてつもない破壊音が轟いた。

 直後に聴こえるモンスターの叫び声。

 遂に城の守りが破られた。


 刹那、脳裏に浮かぶのは城の窓から見た光景。


 見慣れた城下町が、竜の咆哮で焼き壊されていく。

 大小様々なモンスターが、視界に映る全てを壊さんと暴れている地獄絵図。


 そんな恐怖の象徴が目と鼻の先に迫っていると理解した時……私の心は、折れた。

 偽りの勇気すら消え去り、残るのは生への執着。


 足が、手が、体が震える。

 死にたくないと、心の底から願った。

 目前に死地へ赴こうとしている家族がいるのに。


 周りには同じように怯える国民がいるのに……私は自分が助かるなら全てを投げ捨てても構わないと、この時本気で考えていた。


 醜く愚かで、矮小な女。


 それが私の本質だ。

 人様の前で堂々と顔を晒して歩く事など許されない、生まれながらの日陰者。


「あ、あっ……ちが、これは……!」

「いいのです、イエロ。貴女はまだ若い、王族の責任を負う必要など無いのですから」


 ガタガタとみっともなく震える私を見ても、母は顔色一つ変えずに優しく頭を撫でてくれた。

 そして嵌めていた指輪を外し、私に手渡す。


「役に立つかは分かりませんが、ノス王国の王妃が代々受け継いできた指輪です。貴女がこの国の王女だったと、その指輪が証明してくれるでしょう」

「お母様……」

「さあ行きなさい、そして生きるのです。貴女の身に課された責任があるとすれば、それはただ一つ……生きて、王家の血を絶やさないこと、それだけです」


 それが母との最後の会話だった。

 私は数人の騎士と一人の兄に連れられ、城の裏道……モンスターの包囲網が最も薄い所へ向かった。


「イエロ、僕と騎士が道を作る。君は決して後ろを振り向かずに走るんだ。ああ、これも忘れないでくれよ? 生活するのに必要だからね」


 兄からは宝石や金貨が入った袋を渡された。

 心が折れた私は、人形のようにコクコクと頷く。


「行こう。大丈夫、何も恐れる事は無い。イエロは兄妹の中で一番賢かったからね、市井でも上手く暮らせるはずさ」


 ――その後、気がついた時には私は一人だった。

 無我夢中で走ったのだろう。

 周囲にモンスターの気配は無い。


 逃げ切れた。


 安堵すると同時に、膝から崩れ落ちて涙を流した。

 家族を失った悲しみか、故郷を滅ぼされた事による無力感か、それとも何も出来ずに逃げただけの悔しさか――あるいはその全てが、私に涙を流させる。


 とは言えいつまでも泣いているワケもいかない。


 経緯はどうあれ、私はこの命を託された。

 そして国を滅ぼしたのが侵略行為、人の手によるものならば生き残った私を狙ってきてもおかしくない。


 私は顔を隠し、名を偽った。

 ノス王国の土地を離れ、比較的安定しているサウース王国を目指して旅を始める。


 やがて辿り着いたのがサクルの町。


 町以上、都市未満。そんな賑わいのサクルは身を隠すのには丁度良く、暫くは冒険者でもやりながら生活の基盤を整えようと考えていた。


 そんな時――私は、運命と出会う。


 王城で大切に育てられていた私にはスラムとメインストリートの区別がつかず、うっかり路地裏へと迷い込んでしまった。


 加えて変な男から通行料を払えと迫られる。


 基本的な護身術と魔術を教え込まれていた私にとって目前の男は脅威でも何でもないが、下手に手を出せばこちらが加害者として捕まってしまう。


 どうするのが一番平和的な解決になるのか……悩んでいた時に『彼』は現れた。

 彼は私が悪漢に怯えていると思ったのか、私の手を取って走り去って行く。


 彼の名前はヨコヤ・アラトさん。


 第一印象は、平凡。

 特別秀でたモノは無く、実際魔術どころか基本的な戦闘技能さえ皆無だった。


 だからこそ、私はアラトさんを尊敬した。

 何の力も無い一般人なのに、勇気だけで誰かを助けようと行動したのだから。


 力があるのにそれを使おうとせず、恐怖に負けて逃げ出した私とは大違い。

 アラトさんの勇気に、私は感銘を受けた。


 それからの毎日はあっという間だった。


 彼に最低限の戦い方を教え、共に冒険者として活動し、エルナさんやシュテルンさん、デメタルさんといった風に知り合いが増えていく。


 最近ではイルさんという新たなパーティーメンバーも加わり、勢いに乗っている……彼女とアラトさんの関係には今後も注視していきたいが、人間関係は概ね上手くいっていると言っていい。


 楽しい――今の気持ちを聞かれたら、素直にそう答えるくらいには、居心地が良かった。


 ノス王国を破滅に導いたのが誰なのか……いつかは突き止め、相応の報いを受けさせたい気持ちは確かにあるが、同時に今この時を失いたくないとも思っている私は欲張りなのかもしれない。


 心の奥底でそんな風に考えながら、今日も依頼を受けようとギルドにやって来た。

 どうやらネームドモンスターが出現したらしい。


 人騒がせなモンスターだと思いつつ、今回出現した個体の名称と姿を確認した時……私の思考は凍った。

 蘇る数ヶ月前の記憶。


 ネームドモンスター《クラッシャー》。

 フルメタルゴーレムという種族のそのモンスターは個体数が極端に少なく、滅多に見かけない。


 けれど私は、目撃した事があった。

 城から脱出する直前、兄や騎士達の前に立ち塞がっていたモンスターが……フルメタルゴーレムだった。


「……」


 《クラッシャー》とあの時のゴーレムが同一個体かどうかなんて分からない。

 分からないが、黙って見過ごす事も出来なかった。


 クラッシャーを探して、何をするのか……仇討ちの真似事でも自分はしたいのかもしれない。

 一人だけ生き延びたという罪悪感を払拭する為に。


 そして――翌日、早朝。


 私は誰にも気づかれないよう、この時間を選んだ。

 アラトさんやイルさんに迷惑はかけたくない。

 相手はネームドモンスター、敵わないのが分かっている敵の元へ二人を連れて行く事は――


「……ああ、そっか」


 一人、呟く。

 あの時、私を逃してくれた人達も……今の私と、似たような気持ちだったのかもしれない。

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