13話→対人戦闘
――数時間後。
「よっと」
「ブギイイイイッ!?」
振り下ろした鉄の剣が、シマブタの頭部を貫く。
後処理が面倒なので、なるべく血が流れないよう最小限の傷を負わせるだけで仕留める。
シマブタの大量発生が確認されたのは街のすぐ近くの平原であり、まだ畑に被害は出てない。
街へ侵入する前に狩り尽くすのが今回の依頼だ。
「ネーヴェ、そっちはどうだ?」
「問題無いです、アラトさんは?」
「同じく問題無しだ。油断しなきゃ早々やられない相手だったしな」
シマブタは予想通りの雑魚モンスターだった。
連携して倒す程の敵では無いので、ネーヴェと手分けして狩りに勤しんでいる。
「もう辺りにシマブタは見かけないし、そろそろ終わりにするか」
「はい。私がギルドに戻って運送屋の人を呼びますので、アラトさんは待っててください」
「悪い、頼んだ」
討伐したシマブタの数は十匹を超えていた。
流石にこの数を二人だけで運んでいたら日が暮れてしまうので、運送屋を使う。
冒険者が必ずパーティーを組んで依頼を受けるのは、討伐したモンスターを見張る者とギルドに戻って運送屋を呼んで来る役目を振り分ける為でもある。
一人だと運送屋を呼んでいる間にモンスターの死骸が他のモンスターに食べられていたり、他の冒険者から横取りされる事が普通に起きるからだ。
ただ悪い冒険者と組んでしまうと、自分が運送屋を呼んでいる間にその冒険者が素材を持って逃げてしまう、なんて事もあるとかないとか。
そういう意味でもネーヴェと出会えたのは幸運だ。
さて、俺はネーヴェが戻って来るまでに討伐証明部位でも採取するか……と、その時。
「アハ、こんな所で会うなんて奇遇ね」
「……!」
高圧的な声を発する者が視界に映る。
紫色の髪に黒の眼帯……レジーナだ。
彼女とその仲間達が何故か俺達の前に現れる。
シマブタを討伐し終えて油断していた。
まさかここまで接近を許すとは……
そして勿論、この遭遇は偶然では片付けられない。
「一体何の用ですか? 先輩」
「別に? 偶々通りかかっただけよ?」
隠す気ゼロのあからさまな嘘。
俺はいつでも抜剣出来るよう準備する。
願う事なら、このまま何事も無く終わってほしい。
しかしレジーナの仲間二人が鞘から剣を抜き始めた段階で、それは不可能だと悟る。
どうやら戦うしかないようだ。
理由は……考えるまでも無いか。
「先輩に聞きたいけど、冒険者同士の私闘って許可されているのか?」
「そんなもんあるワケ無いじゃない。誰が怪我をしようが死のうが自己責任、全くイカれた世界よね? まあでも――」
ニタリと笑うレジーナ。
草食動物を目前にした肉食獣の顔つきだ。
これから始まるのは、狩るか狩られるかの私闘。
「――そのおかげで、ムカつく後輩を好きなだけブチのめせるんだけどね! お前ら、派手にイけよ!」
「レジーナ様の為に!」
「貴様ら二人共、死なない程度に痛めつける!」
レジーナの言葉と共に、二人組の冒険者が武器を持ちながら一気に距離を詰めてくる。
くそっ! やっぱりこうなったか!
内心で舌打ちしながら抜剣する。
敵は三人、こちらは二人。
単純計算なら一人足りない分俺達が不利。
ただ現状、レジーナ本人が参戦する気配は無い。
シルバーランクの自信か慢心か……どちらにせよ向かって来る二人を倒せば数の有利不利は逆転する。
レジーナの仲間二人の実力は未知数だが、セオリー通りならそれぞれ一人ずつ相手にすればいい。
「ネーヴェ! 一人ずつ相手に――って、え?」
「ハアアアァァァァッ!」
勇ましい声と共に一人飛び出すネーヴェ。
その手にはいつのまにか氷のハンマーが握られ、風切り音を盛大に鳴らしながら振るう。
「「ぐああああああああああっ!?」」
直後、レジーナの仲間二人が吹き飛んだ。
空の彼方へ飛んでいき、やがて姿が見えなくなる。
俺はその様子を呆然と眺めていた。
え、ネーヴェってこんな強かったの?
俺ガチで足手まといじゃん。どーすんのこれ? 言い訳出来ねえぞマジで。
なんて風に一人混乱していると、一撃で敵を二人も倒した勇猛果敢なネーヴェは氷のハンマーを地面にガンと打ち付けながら高らかに宣言する。
「――どんな理由で私達を狙うのかは知りませんが、私の恩人であり尊敬するアラトさんに危害を加えるつもりなら、先輩だろうがシルバーランクだろうが容赦しませんっ! 覚悟してください!」
「ネーヴェさんマジカッケェっす!」
思わず三下ムーブをしてしまうくらい、今の彼女はヒーローのように輝いていた。
対してレジーナは真顔でこちらを睨んでいる。
そりゃそうだ、余裕の態度で先行させた仲間が瞬殺されたら誰だってああなるだろう。
とは言えまだまだ油断は出来ない。
一瞬、レジーナ本人は実はそれほど強くないのではと思ったが、ランク評価がパーティー単位では無く個人単位である事を考慮すると希望的観測でしかない。
だがこれで状況は一転した。
「まだ続けますか?」
「……ハッ、所詮ブロンズランクでしかないアイツらを倒したところで、もう勝った気?」
ばさりとコートを脱ぎ捨てるレジーナ。
さっきまでの軽い雰囲気は消えていたが、肉食獣のような獰猛な笑みは失われてない。
「ま、予定は狂ったけど、しょーがないか。やっぱ他人任せより、最初から全部私一人でやった方がいいわよね。モンスター討伐も、生意気な甘ちゃん達を潰すのも!」
ダン! と一歩踏み出すレジーナ。
直後、彼女は俺達の目と鼻の先に迫っていた。
速い――と認識する前に、鈍器で殴られたような衝撃が頭を襲う。
「……がっ!?」
「フン、そっちのアンタは完全に素人ね」
ブレる視界に映るレジーナはつまらなそうに言ったあと、意識が朦朧としている俺の頭部を鷲掴んでから地面に叩きつけた。
口内に土が混じって不快だがそれどころではない。
急いで体勢立て直そうとしたが、想像以上のダメージを受けた体が思うように動かない。
痛え……めちゃくちゃ強えじゃん、この女……
「げほっ……! ア、アラトさん……!」
「次はアンタよ、ちょっとは本気出してあげる」
「望むところです……!」
ネーヴェは少し離れた距離に居た。
恐らく最初の一撃で彼女は遠くに吹き飛ばされ、俺は強い力で頭を殴られたのだろう。
レジーナは武器らしき物を持っていない。
つまり素手、単純な腕力で俺達をねじ伏せた。
循環を加味しても恐るべき膂力。
俺はどうにか上体を起こした。
くそ、あの女の唾が頰に……汚ねえ。
袖口で拭い、ネーヴェとレジーナの戦いを見る。
「アイスツール・ダガー!」
「へえ、器用なお嬢ちゃんね!」
最初は巨大ハンマーの圧倒的な質量で押し潰そうとしていたネーヴェだったが、レジーナは常に間合いを潰して攻める超接近タイプのインファイター。
長物は不利と判断したネーヴェは瞬時に武器をハンマーからダガー……短剣に切り替える。
素手と刃物、どちらが有利かは語るまでもない。
しかしそれは日本――地球での話。
魔力によって身体能力を強化する事が出来るこの世界では、必ずしも武器を持った方がアドバンテージを取れるとは限らない。
「く……!」
懸命にダガーを振るうネーヴェだが表情は険しい。
何故なら彼女の刃はレジーナの肌に触れている。
なのに未だ傷一つ与えられていない。
まさかとは思うが……
「ハッ! 武器も魔術も、私には必要無いのよ!」
レジーナが放ったジャブがダガーを破壊する。
そのまま左手でネーヴェの胸ぐらを掴む。
ぎり、と右の拳に力を注ぎ……命中精度を度外視した大振りな一撃を打ち放った。
「あぐっ……!?」
腹部に拳を受けたネーヴェの表情が苦悶に歪む。
その様子を見て満足したのか、レジーナは彼女を乱暴に捨てて勝ち誇った。
彼女の異様な頑強さ、魔術では無いとすれば、あとはもう循環による純粋な身体強化しか思いつかない。
やべえな、大ピンチじゃん。
「ま、こんなもんよ」
「に……逃げてください、アラトさん……」




