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14/14

#14 挙式

 それから、半年が経った。


 あれから私は国王陛下より、男爵号を賜った。貴族の称号だけでなく、この王都に屋敷までもらうことになった。

 さすがにオルレアンス家よりはずっと小さな屋敷だが、それでも宇宙港の街に建てられた、士官向けの高層アパートの一室よりは、はるかに広い。


 私は、今、宇宙港そばに作られた司令部に勤めている。宇宙に出ることもあるが、地上ではパイロットの養成を担当することになっている。

 パイロット志望者の多くは騎士。まれに、男爵家の次男、三男坊がいる。

 だが、教官の中では唯一の「貴族」であるため、私は生徒から敬われている。

 いやあ、たまたま貴族になれただけで、敬われるほどのことはしていないんだけどなぁ……ここが階級社会であることを、思い知らされる。

 地球(アース)655出身者で、宇宙港のそばに建てられた街に住んでいない士官は、私だけのようだ。それ以外は宇宙港そばの高層アパートに住んでいる。

 時々、セレーナ少尉がクラウディアを訪ねてくる。この広い屋敷を見て、ため息をつくセレーナ少尉。


「はあ……まったく、こっちじゃ、こんな男が貴族様なんだよねぇ。」


 私の前でこれでもかとぼやくセレーナ少尉。


「なんだ、そんなに羨ましいのなら、セレーナ少尉も貴族の妻にでもなるしかないだろう。」

「うん、そうだよねぇ……いい貴族がいたら、紹介して。広い屋敷に住めるなら、側室でもいいわ。」


 本気で言ってるのか、それとも冗談か、よく分からないな。何れにせよ、私にはセレーナ少尉を紹介できるような貴族の知り合いはいない。

 そういえば、宇宙港の街には大きなショッピングモールができた。地上4階建ての、数十もの店舗を収める大型の店舗。

 私はよくその店に、クラウディアを連れて出かける。もちろん、アナスタシアと出かけることもある。

 地上に降りて、比較的安定した暮らしをしているはずなのだが、なぜか時々、クラウディアはアナスタシアに変わる。階段で滑ったり、皿やグラスを割ったり、ショッピングモールで思わずくじが当たったり……刺激の多い生活ゆえに、時々アナスタシアに変わってしまうことがしょっちゅうだ。

 アナスタシアの魔術は、さすがに屋敷や宇宙港の街中で放つわけにはいかない。宇宙港司令部に併設された射撃場で撃たせてもらうか、王都の外に出て、近くの林の中に向かって撃つことで元に戻している。

 とはいえ、すぐに戻すことはなく、最低でも1日はアナスタシアのままでいてもらう。3日くらい戻さなくても、近頃はクラウディアも文句を言うことはない。

 ショッピングモールでは、クラウディアとアナスタシアそれぞれとデートしているが、そこでのこの2人の行動は異なる。

 服の色の好みの違いは分かっていたが、クラウディアは相変わらず甘いものが大好き。だが、どういうわけか最近、アナスタシアは辛いものにハマっている。辛口のカレーやハバネロ・ピザなど、とにかく辛いものが大好きだ。

 甘いものも嫌いではないようだが、クラウディアが甘いものばかりを食べるため、その反動で辛いものに走ると、本人は言っていた。

 クラウディアはスマホを使いこなすが、アナスタシアはスマホを使うのが苦手、反対に、アナスタシアはスポーツジムが大好きだが、クラウディアは体を動かすのが苦手。


 ところで、もしかしたらこのままアナスタシアとクラウディアが同化して、一つの人格に戻るのではないかと危惧していたことがあった。お互いの性格が徐々に接近して、このまま一つになるんじゃないかと思った時が、確かにあった。

 が、まるで張り合うかのように好みが分かれるこの2つの人格。この調子ではとてもじゃないが、当面は同化しそうにない。

 そんなクラウディアとアナスタシアの2つの人格を持つ彼女と、ついに結婚する日がやってきた。


 場所は宇宙港に併設された街の中にある、出来たばかりの式場。

 私は今、その式場の控えの間にいる。

 チャペルの中には、駆逐艦1521号艦の乗員らと、オルレアンス家の一族、そして騎士団が集まっている。

 その数、およそ200。しかも、王国でも屈指の公爵様も出席している。とんでもない結婚式だ。


「ほら、レオン少尉、じゃない、レオン男爵様、出番よ。」


 私は、セレーナ少尉に急かされる。あちらは準備が整ったようだ。軍人である私と我が艦の乗員は皆、軍令服で身を固める。

 私の側の席には、艦長と駆逐艦乗員の他に、あの交渉官と広報官もいる。

 一方の新婦側には、騎士団に屋敷の執事やメイドが参列している。

 私は、その招待者の間を通る。先導役は、セレーナ少尉に頼んだ。だが、2人とも軍服姿。これじゃまるで軍事関係のイベントのようだ。

 神父の前で止まる。セレーネ少尉がその場を離れ

 続いて、花嫁が入場する。

 扉が開く音がする。私は前を向いていて見えないが、コツコツと、靴音がする。

 父親、すなわちオルレアンス公に連れられて入場しているはずのクラウディア。

 そのクラウディアが、私の右隣に止まる。先導役をしていたオルレアンス公は、席に着く。


 いよいよ、式の始まりだ。


 神父が、なにやら話し始める。式の始まりを宣言しているようだが、横に立つクラウディアの姿が気になって、それどころじゃない。

 真っ白なドレスを着て、顔をベールで覆われたクラウディア。さすがは公爵令嬢だ。

 そんなクラウディアに見とれていると、神父が誓いの言葉を求めてくる。


「汝、レオンはこの女、クラウディアを生涯の妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで愛を誓い、妻のみを添うことを、神聖なる婚姻の契約の元、誓いますか?」


 うーん、緊張する。私が言葉を発した途端、なんだかとんでもないことになるような気がする。

 なにせ相手は「2人分」だ。通常の夫婦の重みとは、まるで違う。

 だが、私は応える。


「はい、誓います。」


 続いて、神父はクラウディアにも誓いを求める。


「汝、クラウディアはこの男、レオンを生涯の夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も……」


 それにしても、クラウディアのやつ、よく緊張しないな。横目で見ると、平然としているように見える。


「はい、誓います。」


 そんな彼女も、誓いを宣言する。

 そして互いの指輪を交換し、ついに、あれを行う。

 いわゆる、誓いのキス、というやつだ。

 私は、ゆっくりとベールを上げる。

 私の方を、見上げるクラウディア。頬が少し、赤い。そんなクラウディアの肩を掴む。

 そして、200人もの招待客が見守る中、私はクラウディアを引き寄せ、誓いのキスをする。


「おめでとう!」


 セレーナ少尉の掛け声と共に、式場内で拍手が起こる。皆が祝福してくれている。まさに、結婚式のクライマックスだ。


 が、ここで異変が起きる。クラウディアのやつ、がたがたと震え始める。

 あれ、どうしたんだ?いや、この反応、まさか……


「ふええぇ……な、何だってこんな時に、入れ替わるんだよ……」


 その様子を、近くで見ているセレーナ少尉も気づいた。


「あ……れ?まさか、アナスタシアさんになったの!?」


 私は、セレーナ少尉の方を向いてうなづく。それを見た一同は、一瞬静まり返る。


 だが、私は言った。


「ちょうどいい、アナスタシア相手にも、やっておこう。」

「えっ!?えっ!?」


 私は、アナスタシアの肩を持ったまま引き寄せる。そして、再びキスをする。

 式場内にもう一度、拍手が起きる。


「アナスタシアさんも、おめでとう!」


 セレーナ少尉からかけ声が聞こえる。しかし、妙な言い方だ。まるで私が、2人の花嫁と結婚しているかのようだ。

 いや、事実、そうなのだが。ただ、その相手の身体が一つというに過ぎない。


 式は終わり、私とアナスタシアは、チャペルを出る。目の前の階段の脇と下には、列席者がずらりと並んでいる。

 左手でブーケを持ち、右手を振るアナスタシア。なんだかんだと言いながら、こういう賑やかな場は大好きなようだ。


「はっはーっ!いやあ、いいねぇ、結婚式ってのもさ!もう一回くらいやるか!」

「はぁ!?一回きりだよ、こういうのは!」

「ちぇっ、そうなのかよ……」


「途中入場」したアナスタシアは、ちょっと不満なようだ。だが、前半のあの式場の緊張した雰囲気は、アナスタシアにはとても耐えられないだろう。


「さてと、やるか!」


 そういえば、ここではブーケを投げるんだったな。それを受け取った女性は、次の花嫁になれるとかどうとか、言われてるらしい。

 が、そのブーケを、私に手渡すアナスタシア。


「おい、なんで私にブーケを……」

「ちょっと持ってろ。俺にはやることがあるからよ。」


 はあ?アナスタシアよ、何をするつもりだ。

 するとアナスタシアのやつ、急に右手を上に向ける。

 おい、まさか、こんなところで「魔術」をぶっ放すんじゃないだろうな?私の不安を、アナスタシアの次の一言がさらに加速させる。


地球(アース)655じゃあ、祝砲ってのがあるんだよな!?」


 と言いながら、アナスタシアの右手が青白く光る。


「じゃあ、見せてやるぜ!俺の祝砲ってやつをな!!」


 ああ、やっぱり撃つつもりだ。だが、こうなってはもう誰にも止められない。

 ドドーンという雷のような音と共に、真上に放たれたアナスタシアの魔術。青空に向けて、青白い筋がスーッと伸びていく。

 と、その直後に、いつものように倒れるアナスタシア。私は、彼女を支える。


「……まったく、無茶しやがって……」


 呟く私の声に呼応するかのように、クラウディアが目覚める。彼女は私の顔を見て、ニコッと笑う。そして、私に預けたブーケを受け取る。


「さて、ここからが本番ですよ!」


 そう言って、彼女はブーケを投げた。下にいる参列者の中に飛んでいくブーケ。

 ところで、ここで一つ大きな問題があることに気づく。

 参列者を見渡すと、男が多い。

 地球(アース)655側は、101名の駆逐艦乗員と交渉官に広報官。そのうち、女性はたったの4人しかいない。

 公爵側も似たようなもので、ほとんどが男の騎士。メイドなど、女性は数名しかいない。

 ほぼ男だらけの集団に、吸い込まれるように落ちていく、ブーケ。

 だが、それを受け取ったのは、セレーナ少尉だった。


「あれ!?私、取っちゃった!?」


 驚くセレーナ少尉。まさか自分のところに飛んでくるとは思わなかったようだ。

 だが、まるでクラウディアと示し合わせたように、セレーナ少尉のところに吸い込まれるように飛んでいったブーケ。


「思った通り、セレーナさんが受け取ったわね。」


 まさかと思うが、実はクラウディア、魔法が使ったんじゃないのか?そう思えるほど、あまりにも狙い通りだったようだ。


「お!セレーナ少尉!結婚相手は是非、俺で!」


 ゲアト少尉が早速アタックをかける。それを聞いたセレーナ少尉は叫ぶ。


「冗談じゃないですよ!ゲアト少尉なんかと結婚するくらいなら、もっとマシな相手を選びます!」


 などというものだから、ゲアト少尉よりはマシそうな相手が一斉に彼女に声をかけてくる。その様子を、笑みを浮かべて眺めるクラウディア。

 さて、セレーナ少尉が誰と一緒になるかは分からない。

 ただ、私のように「2人」分を抱えることはないだろう。

 果たして、このままずっとクラウディアとアナスタシアは存在し続けるのか?

 それとも、一方の人格は消えてしまう運命なのか?

 今のところ、クラウディア時々アナスタシアな状態が続いている。それはそれで、私は充実した生活を歩んでいる。

 歳をとり、死ぬまでこの2人を相手にしていたいものだ。私はそう、願っている。

 おそらく宇宙でも、こんな妻を持つのは私くらいのものだろう。

 いつまでも、こうありたいものだ。

(完)

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