もしも生まれ変わったら
「あたし、生まれ変わったらあなたと一緒になりたいわ」
か細い声に、薬の用意をしていた少年が振り返る。少女の気弱さを励ますように、少年は空元気で声を絞り出した。
「生まれ変わったらなんて、気が早いぜ、お嬢。まずは今生死ぬまで一緒にいてやるからな」
ニカッと明るく笑った少年に、床に伏せる少女は力なく微笑む。少女が生まれながらに持ち合わせていた、天の中心に座す熱と引力のかたまりの星みたいな力強さは、失われてしまった。
「あなたはあたしが死ぬまで一緒にいてくれるでしょうね。でも──…あたしはあなたが死ぬまで一緒にはいられない」
けほ、と少女の咳の音がする。死神の足音のようだと少年は思った。
「あたし、死ぬときは死装束ではなくて花嫁装束が着たいわ」
「死ぬ時でなくても、いつかは着れるって」
「いいえ。もうあたしには時間がない」
少女は言い切った。こんこんと咳の音が続く。死神が間近に迫るように。
「あなたも、もうすぐに、こんな病人の看病はお役御免になるわ。そうしたら兵隊さんになれるわね。あなたは強くて丈夫だから……」
「お嬢、俺はお嬢の傍にいたいからいるんだ! 兵隊になんか興味ない!」
少年は少女の物言いにカッとなって叫んだ。十数年前、親を立て続けに流行り病で亡くし、死臭の蔓延る路地で行き倒れていた少年を、拾って遊び相手にしたのは少女だった。
少女にとってはただの子供の気まぐれだったのかもしれない。病弱で周囲から忌避されていた金持ちの娘が求めた、同年代の子供との繋がり。けれど、少年にとって少女は、翼の折れた鳥のようであった自分を泥の中から掬い上げて、癒してくれたような恩人であった。
病弱なだけでなく、白い髪に赤い瞳の容姿の彼女が『面妖』と忌避されて友がいなかったので遊び相手として引き取られたことも、お役目が遊び相手から看病に変わったことにも、少女の父によって少女と共に山奥の小さな屋敷に閉じ込められたことにも、少年は何の不満も無かった。さる財閥の令嬢である少女の元には毎月親元から十分すぎるほどの食料が送られてくるから飢えることはないし、都会の屋敷から山奥に追いやられたのだって結果的に病に侵された少女の肺には良かったと考えている。
これからようやく、拾ってもらった恩を返せるとさえ思っていたのだ。少年は、自分の手で彼女の生来の輝きを少しでも取り戻してやりたかった。少女の看病を重荷だなんて一度も感じたことはなかった。
「あたしは…あたしは、みんなと同じように女学校に行きたかったわ。モガみたいなお洋服だって着てみたかった。おしゃれをしてあなたと街を歩いてみたかったわ……」
「じきに全部出来るようになる! あんたが弱気でどうすんだ」
少年の励ましに、しかし少女は力なく瞼を伏せた。
特異な容姿に、病弱な身体。何もかも不可能なことを、少女が一番、よく理解していた。
「あたし、生まれ変わったら今度こそずうっと一緒にいたいわ。──…海翔………」
少女が息を引き取ったのは、その一週間後のことだった。
献身的な看病をしたにもかかわらず、葬儀にも出させてもらえなかった身寄りのない少年は、介護が終わったら用済みとばかりに解雇された。ボロっ切れのように使い捨てられ、吹けば飛ぶようなちっぽけな存在。そして、その一年後に親と同じ流行り病であっさり死んだ。令嬢の後を追うように。
これでいい、と今際の際に少年は思った。少年の太陽は消えた。光が無ければ、世界の色どころか輪郭さえ分からない。戦争の勝利に酔いしれる街の中には、どれほど陽気で景気の良い文化が花開こうと、少年が生きる意味がひとつもなかった。少年の魂はまた、翼の折れた鳥のように泥の中に沈み切っていた。
もしも天国だとか黄泉の国だとか、あるいは生まれ変わったその先の世界があるのなら。
今度こそあの太陽とずうっと一緒にいたい。手を離したくない。傍で微笑んでほしい。皺くちゃになるまで元気でいてほしい。それ以上は何も望まない。たったそれだけを願って、少年は、崩れかけた長屋の片隅でひっそりと、鼓動を凍らせた。




