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約束  作者:
4/5

一通の手紙。



それから2日は忙しかった。



葬式の手配に、親戚や知人の招集。



祖母は、家族の中で唯一のカトリック信者だった。



毎週日曜日は用事が無い限り、教会に通っていて、



おかげでお葬式の参列者の数は膨大だった。



生まれて初めての、教会でのお葬式だった。



仏教とは違って、正座しなくて良いのが助かる。



おまけに、神父さんが何を言っているのかが分かる。



念仏は何を言ってるのかさっぱり分からないから、どうも感情移入できないけど、



祖母の為に祈ってくれるんだと実感できて、嬉しかった。



途中で何度か、俗に言う讃美歌を歌う。



私が知っているものはほとんど無く、唯一知っていたのは、ある賛美歌のメロディー。



幼いころ、祖母が教えてくれたものだった。



「やさしきみはは」



というタイトル。



歌詞はどうやら文語体のようで、少々難しかったけど、



聖母が私たちを天国で迎えてくれる、というような内容だった。



死は、すべての人に平等に訪れる。



その時、聖母マリアが迎えてくれるのであれば。



もし本当にそうなら、そんなに悲しまなくても良いかもしれない、とそう思えた。



ふと、いつか、祖母が私をミサに連れて行ってくれた事があることを思い出した。



秋がぐ、と深まる11月だったと思う。



その月は、亡くなった人を慕うものだと、教えてくれた。



その時、祖母は私に祈りの言葉を教えてくれた。



とても嬉しそうに、優しく、丁寧に。



それは、聖母マリアへの祈りの言葉。



とても難しくて、覚えるのが大変だった記憶がある。



棺の中で祖母が手に持つ十字架を見つめながら、そんな事を思い出していた。











お葬式では、色んな人を呼んで、色んな人に会って。



「大きくなって」



「久しぶりね」



「あんなに小さかったのに」



大人の人に言われる事は、大体この3つに分類された。



中には顔さえ知らない人にも会ったけど、女子高で培った得意の営業スマイルで乗り切った。



お葬式が終わって、祖母の家に帰ると、祖母の遺品の整理もしなければならなかった。



相続財産はいくつかあったけれども、



祖母は遺言を残しており、



財産的に価値あるものは、全て福祉団体に寄付して欲しいと書かれていて、



幸いに親戚の中でそれに反対する者はいなかった。



全て手続的なものは弁護士さんに頼み、



主を失った家の片付けとかに忙しい父の代わりに、



私は一人祖母の遺品を整理しようと思い、祖母が使っていた2階の寝室を片付けていた。



祖母の家は一人暮らしには大き過ぎる位だった。



祖父は私が小学校の頃に亡くなり、それ以来ずっと一人で守った家だった。



まずは、部屋に入ってすぐ目に入る位置にあるクローゼットに手を付ける。



その中には洋服や、小物がたくさん入っていた。



少し惜しい気もしながら、数々の洋服をビニール袋の中に詰め込んだ。



「大掃除みたいだな・・・」



何枚もの大きな玉を作りながら、クローゼットは終了した。



そして、もう一つの家具、タンス。



正直、祖母がこのタンスを使っている所は、あまり見たことがなかった。



だから何度か父が、このタンスを捨てようと祖母に持ちかけているのを見たことがある。



しかし、その度に祖母は、笑いながらこう言うのだった。



「然るべき時が来たら、捨てるわ。でも、それまではそっとして欲しいの」



そんな言葉を思い出すと、このタンスに手を掛けるのは少し躊躇われた。



でも、祖母はもういない。



もしかすれば、今がその然るべき時なのかもしれない。



そう思って、思い切って私は一段目を空けてみる。



そこに入っていた物は―。



どこで作ったのだろう。



何枚にもなる、可愛らしい押し花のしおりが数十枚。



そして、祖母が私の為に編んだニットの帽子やセーター、



そして大きめの毛糸の靴下が何十枚もあった。



使った様子も無く、タグも無い事から、恐らく手作りなのだろう。



「おばあちゃんって、こんな趣味あったんだ」



祖母が編物をしているところは、見たことがなかった。



しかし、それは単に、祖母が私の前で編んだ事が無かったにすぎないのかもしれない。



だからこんなにたくさんの毛糸の靴下が出てくるのだろう。



数々の品を前にして、改めて祖母の存在を実感させられる。



「・・・うわぁ、古いなぁ」



奥の方を探ってみると、赤ん坊の私を抱いた祖母の写真や、



父が私ぐらいの頃の、セピア色の写真もあった。



それを見ていると、無性に切なくなる。



祖母は確実にここで呼吸をし、行動し、何かを思っていた。



それは全て過去となり、思い出として、その色を薄れさせていく。



私はそれら全てを抱きしめた。



懐かしい匂いがする。



まるで祖母に抱きしめられた時に覚えた香りと同じように私の鼻をくすぐる。



どうやらこのタンスは、祖母にとっての思い出の品を納める場所だったみたいだった。



私は何枚かの写真を履いていたジーパンのお尻のポケットにしまってから、



私は2段目のタンスを開けた。



「・・・あれ?」



そこは、他の棚と違い、ほとんど何も入っていない。



奥の方に、まるで隠すように置かれている、緑色の風呂敷に包まれた何かを除いては。



「・・・何だろう」



私はそれを取り出し、興味半分で開けてみた。



シュル、シュル、と風呂敷が掠り合う音がする。



まるで何かいけない事をしているようで、心臓はスリルでドキドキしている。



はらり、と中が露呈する。



「・・・これは?」



中からでてきたのは、たくさんの手紙と葉書の束だった。



中には染みがついたり、よれよれになった物もある。



私は試しに、一番上にあった1枚を取り出してみる。



消印は、昭和24年。



差出人は、安田善郎、と書かれている。



住所は九州の長崎県諫早市。



今まで行った事もない場所だ。



封筒の中には、一枚の便箋が入っている。



それは特によれていて、赤茶色に変色していた。



「・・・中田倫子様」



私は、所々消えかけていた文字を推測しながら、その内容を読んでみた。












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