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猫かぶり王子に、致命的な弱みを握られてしまった猫かぶり令嬢は、やむなく求婚に応じる  作者: 乃崎かるた


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49. 内心を巣食う思い

 口が滑ったことから予想だにしない追及に晒されたギルヴェルム伯は、顔を青ざめさせるばかりで言葉を紡げない。


 対してレイナールは芝居がかった仕草で切なげなため息をついた。


「これまで販売経路の相談に乗ったり、コストを下げる上で便宜を測ったりして、こちらなりに誠意を持って尽くしてきたつもりだったのに……ずっと裏切られてたなんて信じられない。

 さながら死んだ兄さんに想い人を横取りされたときのような気分だ……」

「……」


 色んな意味で反応のしづらい喩えを用いたレイナールは、しかし実に楽しげだった。

 彼はけろりと表情を笑顔に戻すと懐から数枚の紙を取り出し、やや身を乗り出して向かいの辺境伯に見せる。


「ん、これが他の季節の産出量から冬の分を大まかに計算して利益を概算したものだ。しっかり延滞金も含めて十五年分、俺が直々に真心こめて作ってやった。

 至れり尽くせりだろ、喜んでくれてもいいんだぞ」

「……」


 辺境伯と至近距離でにこりとあどけなく微笑む様は、この五十の男が仮に年頃の令嬢であれば、その一発だけで陥落せしめられただろうほどには眩しかった。


 たった今裏切られたような口ぶりだったくせして、完全に予想のうちだったんじゃないかというツッコミは、誰からも発せられない。


 辺境伯は息を飲むばかりで、返事の一つも絞り出せなかった。

 そんな無礼を気にする風もなく、レイナールは続ける。


「請求内容に文句があればいつでも言いに来い。あー、あと今回の提案自体は悪くなかったぞ」

「……え?」

「パワーストーンは流行りやすいからな。アレクセイ本人との交渉くらいは代わってやってもいい。――期待してるぞ?」

「……っ、え」


 一転して絶賛を受けた辺境伯は、流れについていけない様子で呆けた顔をした。

 シャーロットの優れた観察眼が、その表情に宿る確かな歓喜を感じ取る。


 同様に手応えを感じているであろうレイナールはソファの肘掛けに肘をつき、落とし所を探す様子で思案げに目を伏せた。


「そうだなぁ。あなたのところに関しては、流石に労働環境の改善が必要だと感じる。いくら危険な職場とはいえ、人を死なせすぎだ」

「……そう、ですね」


 もはや素直に頷く辺境伯に、レイナールは安心させるように笑みを向ける。


「だから、まずはそこに手をつけて長期的視点から生産効率を上げろ。もちろん税金の未納分を全額支払った上で、持続性のある形で生産性を最低1.1倍に上げる計画を立て、それを実行しろ。

 達成の見込みが確認できた時点で、今回の提案への惜しみない支援を約束する」

「……殿下。感謝に堪えません……!」


 裏切ったにも関わらず機会をくれたレイナールに対し、辺境伯は感激を露わに立ち上がり敬礼をする。


「礼はいらない。俺がしているのは施しではなく仕事だ。だからあなたも仕事をしろ」

「……っ、無論です! 殿下、私はお気づきの通りの不束者ですが、どうか一生ついていかせてください!」

「……あ、ああ」


 その勢いには流石に困惑気味のレイナールを置き去りに、辺境伯は意気揚々と部屋を出た。

 ……宝石の詰まったケースを丸ごと忘れていることに気づいたシャーロットが、走って返しに行く羽目になった。


 書斎に戻ると、レイナールは早速話した内容を紙にしたためていた。

 この状況でも集中しきってのける彼の図太さに、ふっと力が抜けるような感覚を覚える。

 

 思わずその場で立ち尽くし、扉にもたれかかった。


 ……少々滑稽味のある光景だったとはいえ、人が人に心酔する瞬間を、初めて見た。

 あの辺境伯がレイナールに向けた目は、あの中年の貴族を恋敵だと錯覚してしまいそうになるくらいには、深く熱を帯びていた。

 

 とはいえ、別に意外だったわけではない。

 レイナールはそれくらい簡単にやれてしまうほどの、壮絶な求心力を生まれ持っていることに、彼女はとっくに気づいていた。

 

 ではなぜ今更そのことに衝撃を受けて……それをほんの少しだけ、忌避してしまっているのか。


「……っ」


 それほど走ったわけではないのに、どうしようもなく胸の鼓動が速まる。

 

 ……その理由も本当は、分かっている。

 シャーロットが自分の名誉のために、分かっていないと思っていたいだけだ。


 彼は兄を失い、兄を気遣う必要もなくした。

 

 優しいだけが取り柄の王子を演じる必要がなくなった彼は、あんな洗脳じみた真似まで可能としてしまう素の姿を、惜しげもなく晒すことが出来るようになった。


 ――その姿を知るのはもう、シャーロットだけではなくなった。


 信じたくないほどに最低なことに、彼女はそれが寂しいのだ。

 レイナールが被っていた仮面の裏を、彼女は二人の心を繋ぐ架け橋に貶めていた。


 自覚してしまったことに、この上ない安堵と恨めしさが同時に募る。


 彼が自由を取り戻したことは、絶対的に歓迎すべきことだ。

 彼が強固に民心を掌握することで、彼の治世はきっと安定する。父親にも問題なく対抗できるようになって、母親とは本音で話せるようになる。


 そして何より、彼は秘密を守ることの絶大な精神的負担からようやく解放された。

 自分の人格をまともに表に出せないまま、どれが本来の自分なのかも見失いそうになる状態が彼を日に日に蝕んでいたことを、シャーロットが一番知っている。


「……シャーロット?」


 扉の前で突っ立ったまま身動きしないのを、流石に不審に思われた。

 レイナールに名前を呼ばれた彼女は、しかしどんな顔をすれば良いか分からず、黙ったまま俯いた。


 シャーロットとてこれまで数え切れないほどの修羅場を潜ってきている。

 上手く笑って取り繕ってこの場をやり過ごす程度のこと、本当は造作もない。


 ……ただ、これ以上の不誠実を重ねる勇気だけが、彼女にはどうしても出せなかった。


 見つめていた床に影が落ちて、彼が目の前に来たことに気づく。


「……っ」

 

 反射的に彼に縋り付いて甘えてしまいそうになったシャーロットは、しかしすんでのところで我に返る。

 自分のくだらない悩みに、今や多忙を極める彼を付き合わせる訳にはいかない。

 

「私は……」


 初手で取り繕わなかったのだから、その方針は最後まで貫くべきだ。

 どう言葉を凝らしたところできっと本心は見透かされてしまうから、いっそ一番大事なことを、なるべく端的に伝えるべきだ。


 喪服代わりの漆黒のコートは、柔らかな色彩の彼にはあまり似合っていないが、この三ヶ月で随分見慣れた。

 そこに染み込んだ彼の匂いに至っては、初めて出会ったあの日から少したりとも変わらない。


 それでも彼への想いだけは、日を追うごとに大きく膨らんでいく。


 彼の顔を見上げて手を伸ばし、帰国してからも何度か重ねた唇に、そっと指先で触れる。


「ん……」


 微かに揺れる紫色の双眸を見つめながら、シャーロットはその心の内を、ほんの一部だけ吐露した。

 

「……私は、思ったより嫉妬深いようです。誰よりも、あなたのことを知っていたい」

「……」


 息を飲む彼の表情をそれ以上見ていられなくて、シャーロットは踵を返してドアノブに手をかける。


「……っぐ!?」


 しかし首根っこを掴むという王子様らしからぬ乱雑な手段で引き止められ、シャーロットは唐突に息を奪われる。


「え、あ、謝罪がまだでしたね! ごめんなさ――あ……」


 驚きのままに早口で話しながら振り向くと、これまでになく不機嫌そうな顔をした婚約者と目が合った。


「納得がいかない」

「へ……?」


 予想だにしない方向性の苦言に、シャーロットは思わず目を瞬かせる。

 理解を示さない彼女に、レイナールはやれやれと、深くため息をついた。


「俺の全てを見せろと言うのなら、俺にも君の全てを見せるのが筋なんじゃないか?」

「……あの、私には元より見せる裏側などなくてですね……」

「違う。俺が見たいのは()()の方だ」

「ん? えっと……?」


 彼の言っていることがさっぱり理解できずにおろおろとするシャーロットに、レイナールはやはり気づいていなかったかと、やや遠い目をした。


「……俺は、君が君らしい意志の強さを発揮する、君が格好良い瞬間を、ほとんど見たことがない。毎度毎度、後から話を聞くだけだ。

 ……兄さんでさえ、最後は君に一目置く様子を見せたのに。

 俺は最初から君の味方なのに、君の本領が発揮される瞬間を、ついぞその場で見ることはなかった」

「……そんなことは……あ、ぅ……」


 否定しようとしたシャーロットは、しかし思い返せば思い返すほどに彼の言っていることが正しいのだと気づかされ、ついに口を閉ざした。


「な? しかも、俺の運が特別悪かったんじゃない。君は我が強い性格のくせして、俺といるときだけ反射的に一歩下がって俺を立てて、黙り込むんだよ。なぜかそこだけ、本物の淑女根性が染み付いてる。

 つまり君は本質的に、俺がいない時の方が輝くタイプだ……ん? って、そうなると君に話したところで意味はないのか。あー……悪い、忘れてくれ……」


 心底悔しげに自身の見解を語るレイナールに、シャーロットはどう言葉をかけたものかと悩む。

 彼がちゃんと考える前に何かを話すなんて珍しい。相当堪えていたのだろう。


 安易な慰めの言葉を吐く前に、少しそれについて考えてみることにした。

 彼の言うことは確かに正しいように思えるが、実は微妙に引っ掛かりを覚えないでもなかったのだ。

 

 ここは真剣に考えるべき場面だと理解しているシャーロットは、この土壇場で必死の自己分析に励む。


「……やっぱり、違います」


 思ったよりも簡単に、腑に落ちる結論を得たシャーロットは、ゆっくりと口を開く。

 しかしレイナールに問うような視線を向けられると、その先を口にするのを思わず躊躇った。


「え、っと……」


 言い淀んでいるうちに、顔がみるみる熱を帯びる。


「……何が違うんだ?」


 顔が赤くなっていることに気づいてだろう、レイナールはシャーロットの頬に触れ、感触を味わうようにふにふにと摘んだ。

 

 いささか緊張感に欠ける遊ばれ方に、シャーロットはささやかな抵抗の意志を込めて彼の手首をぎゅっと掴む。


「……私はあなたといる時、反射的にあなたを立てているのではなくて。……っ、反射的に、あなたに頼って甘えています」

「……」


 固まって黙りこくる彼に、慌てたシャーロットは沈黙を埋めるように口を開く。

 

「……その、ごめんなさい……」

 

 気恥ずかしさに耐えきれず、彼の胸に顔をうずめると、彼は優しく頭を撫でてくれた。


「……そうか。じゃあ、仕方ないな……」

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