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猫かぶり王子に、致命的な弱みを握られてしまった猫かぶり令嬢は、やむなく求婚に応じる  作者: 乃崎かるた


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48. 事後処理

 ――ナラネスラの王宮を囲う倉庫群が焼け落ちた日、リンデル王国第一王子フレデリック・リンドケルンとその側近クロードが失踪した。

 フレデリックが滞在していた客室には、置き手紙が残されていた。


 そこには、クロードが口を滑らせて彼が皇后ミロスラーヴァを殺したことが発覚した旨と、敵討ちを遂げる固い決意が綴られていた。


 倉庫群の惨状からは、クロードが予想以上の抵抗を見せたことが伺える。彼は火を使って王子を道連れにしたのだ。


 炎に焼かれた現場には、骨の一つも残ってはいなかった。


 ――以上が、レイナールが帰国後、国王に報告した事の顛末である。


 手紙はレイナールが適当に筆跡を誤魔化して偽造した。

 これまでフレデリック名義のあらゆる書類をレイナールが担当していたために、かの王子の筆跡など誰も把握していない。彼の筆跡を慎重に真似る必要すらなかった。


 レイナールがフレデリックの仕事のほとんどを代わっていたこと自体については、バラすしかなかった。

 この行為はギリギリ犯罪とまではいかないが、流石にかなりグレーだ。

 

 しかしレイナールは、結果的にどこにも被害は出ていないことを盾に、そうでなくても折り合いの悪い父親をどうにか言いくるめて無罪放免を勝ち取ってのけた。

 これで父親からはより嫌われたが、彼はもはや(こた)えていない様子で、その勝利を嬉々として婚約者に報告したという。


 あれから三ヶ月が経過した今、空っぽの棺を使った第一王子の葬儀も済み、国民たちも彼を失った痛みに慣れつつあった。

 

 唯一まだ元通りとなっていないのが、シャーロットたち王族の服装だ。

 黒一色の喪服は着心地が悪いわけではないが、見た目はどうしても重い。

 シャーロットは気分転換に、頻繁に王宮の庭に出るようになった。

 

 今日はそこで珍しいものを見つけたので、レイナールに見せるため城に戻り、彼の書斎の戸を叩く。


「見てください、殿下。お庭の一番大きな木、分かるでしょう? あの木の下にこの箱が埋められていたんです」


 シャーロットの手には、土を取り除くために洗われて少し濡れた、小さな木箱があった。

 レイナールの隣に腰掛けてそれを手渡すと、彼は予想外に真剣な顔をした。


「へぇ……」

「……殿下?」


 変化を察したシャーロットが問いかけるが、彼は特に説明を加えることはしないまま、箱の蓋を開けた。


 中には半透明の、ガラスの欠片のようなものがぎっしりと詰まっていた。

 濃い緑色や茶色など、渋めの色をしたものがほとんどだったが、ちらほらと鮮やかな赤色や橙色なども見られる。


 こんなものは初めて見るシャーロットは、興味津々で箱の中を覗き込んだ。


「これは、酒瓶などが元になっているのでしょうか」

「ああ。海に揉まれたそれが、たまに浜辺に落ちてるんだよ。シーグラスなんて呼ばれてる」

「海で……」


 内陸育ちで海に行ったことがシャーロットは、その説明に目を輝かせる。

 

「こんなに綺麗なもの、誰が埋めたのでしょうね。その方がいつか取りに来るのであれば、また埋め直しておいた方が良いでしょうか」

「……いや」


 シャーロットの案に、しかしレイナールは首を振る。


「金庫に移して保管しておこう。――これは、()()()()の大切な『宝石』だからな」

「へ?」


 含みのある言葉にシャーロットが疑問を投げる前に、誰かが書斎の扉を叩く音が聞こえた。

 扉越しに、執事が客人の来訪を告げる。

 

 これまではフレデリックの名代としてクロードが行っていた客人対応だが、彼がいなくなった今は大体レイナールが行っている。

 

 それで仕事が増えたかというと、実は微妙なところだ。

 クロードにやらせていたときはやらせていたときで、書類仕事を担当していたレイナールが事前に詳細な指示をしておく必要があった。


「またお客様ですか。最近多いような気がしますね」


 言うとレイナールは、少し遠い目をして苦笑を浮かべた。


「……ああ。ほら、前に教皇が、癒しの力を持った人間の絶滅を公表しただろ?」

「……ええ」


 教皇が力を使えないことを「体調不良」で誤魔化し続けるのにも限界があったため、彼らは王家とも相談した末、潔く全てを打ち明けることにした。

 能力者たちは王家との内戦を終わらせたい一心で心中したとして、これを教訓に争いを減らしてほしいと、教皇は訴えていた。


「ナラネスラ王国が神の力を失ったということは、それつまりかの国がかつてなく弱っているということだ。

 うちの(たくま)しい貴族たちは、隣国の民の不安に付け込んでガッポリ稼ごうと考えて、次から次へと事業計画を持ち込んでくるんだよ」

「あー……それは本当に、逞しいですね……そういうのって、どうやって断るんです?」


 ドン引きしたシャーロットは顔を引き攣らせるが、レイナールはケロリと顔を横に振った。


「いや? 基本は断らないぞ。不安に付け込めるものなら付け込めばいい。問題は、自国以外での商いの経験がみな一様に少ないために、計画に穴が多くなりがちだという一点のみだ」

「……え」


 レイナールは、とても悪い笑みを浮かべた。

 

「もちろん、どうせやるなら上手くやるべきだ。計画の立て方があまりにも甘かったり、その案が他の業界に必要以上の負担をかけたりする場合は支援を断る」

「……そんなことをして、国交は大丈夫なのですか?」

「大丈夫だろ。教皇はちゃんと王家の許可を得てあの発表をしたんだぞ? ってことは確実にノエリア(ねえさん)が一枚噛んでる。従姉(ねえ)さんがこの程度のこと、想定していない訳がない」

「……確かに」


 レイナールとノエリアのどちらも敵に回さずに済んでいる現状に、シャーロットは改めて胸を撫で下ろす。


「……今回は、どなたがいらっしゃるのですか?」

「ギルヴェルム辺境伯。特にアクアマリンの産出量が多い鉱山の運営を担っている貴族だ。――ふっ、あいつは虐め甲斐があるぞ」


 上機嫌に顔を綻ばせるレイナールに、シャーロットは呆れ顔を浮かべる。


「……なんだか最近、性格の悪さに磨きがかかってません?」

「ん? そういうとまるで、元から多少は性格が悪かったみたいじゃないか」

「そう言ってるんですけど……自覚なかったんですか?」


 冷めた口調でシャーロットが言うと、王子は少しむっとした顔をして、甘えるようにシャーロットの肩に頭を載せた。

 目だけシャーロットの方に向けて、ぼそりと呟く。


「……君にそう言われると、傷つく」

「〜〜っ!」


 やや物憂げな瞳で見つめられたシャーロットは、不覚にも一気に顔に熱が集まるのを感じ、拙速に彼を払いのける。


「き、傷ついている人の振る舞いじゃないです!」


 揶揄われていると分かっていてもくらってしまう彼の凶器じみた美貌を恨み、シャーロットは隠しきれない悔しさをその叫びに込めた。


「バレたか」


 けらけらと笑うレイナールに恨みがましい視線を向けていると、彼はふと思いついた様子で口を開いた。

 

「あ、ギルヴェルム辺境伯との会合だが、興味があれば同席してみるか? 俺の勘だと、君にも多少は関係のある話になるぞ」

「……そうなのですか? でしたら今日はもう用事もありませんので、ぜひご一緒させてください」


 シャーロットは暇つぶしが出来たと、現金にも笑みを浮かべた。


 ○


 シャーロットたちの前に現れたのは、五十歳前後のやや小柄な男性だった。

 すらりとした手足とまでは言えないが、それなりに引き締まった体をしている。

 レイナールたち王族にも言える傾向だが、男性が体の肉付きで富を誇る時代はとうに終わっているらしい。


 ギルヴェルム伯は貴族らしい洗練された所作で、出された紅茶を品良く啜った。

 相対する王子が息子よりも年下だからだろうか、身分差の割に気負う様子はない。


「お忙しい中時間を取っていただき恐縮です、殿下」

「気にするな。新しいアイデアはいつだって歓迎する」

「そう言っていただけると安心します。さて、本日はギルヴェルム領で採れる質の良いアクアマリンを販売するにあたって、隣国のナラネスラ王国への参入を目指して王家の応援を乞いたく参りました」

「ほう。具体的な案を聞かせてくれ」


 早くに前向きな反応を得られ、ギルヴェルム伯は我が意を得たりと口角を上げた。

 

「もちろんです。殿下もご存じの通り、ナラネスラ王国は現在癒しの力による加護を失ったばかり。民の間には、そこはかとない不安が広がっているに違いありません」


 予想された通りの前置きをすると、ギルヴェルム伯は革のケースから机の上に載せ、それをレイナールに向けて開いてみせた。

 そこには非常に透明度の高い空色の宝石が、様々なアクセサリーに加工されて所狭しと並べられていた。


「恐れながらそちらのシャーロット様の瞳の色に、よく似ていると思われませんか?」


 自信ありげに言われたが、実際その通りだった。

 アクアマリンの色調は元より、シャーロットが婚約指輪にと選んだブルーサファイアよりもずっと彼女の瞳によく合っている。

 

 それでも指輪にブルーサファイアを選んだのは、このアクアマリンでは王子妃としてのメンツを保つ上で、廉価に過ぎたというだけの理由だ。


「ん、確かに似てるな」


 レイナールが同意すると、ギルヴェルム伯の顔が薄らと安堵の色を帯びた。

 

 おくびにも出さなかったが、ここで王子の機嫌を損ねないかどうかが、今回の提案における最大の賭けだったのだろう。

 アクアマリンは貴族基準だと比較的手頃な価格なので、それと妃の目を同一視するのはいささか失礼だと言えなくもなかったのだ。


 ……残念ながらというべきか、一貫した態度がもはや美しいというべきか。

 あの日シャーロットの婚約指輪を躊躇なく壊したことからも伺えるが、レイナールはそういった感傷とは無縁だ。

 

 良く言えばモノではなく人を愛しており、悪く言えば女心に疎い。

 ……いざいなくなれば、モノに縋ることもあるのだろうか。もっとも、シャーロットはそれを試す日が来ないことを切に願うばかりであるが。


 シャーロットが内心で誓いを新たにする中、ギルヴェルム伯は心なしか調子づいた様子で続ける。


「シャーロット様の瞳に似ているということは、アレクセイ閣下の瞳にも似ているということです。幸い閣下には、あちらの国の王子であるヨエル様を救った実績があり、かつ不思議な伝説もお持ちです。条件は揃っています。

 ――次の神様は、アレクセイ閣下にしましょう」


 ギルヴェルム伯の自信に満ちた笑みを見たシャーロットは、しかし場違いにも安堵のような感情を覚えた。


 レイナールやノエリアがその顔をするとき、本人に自覚があるかは不明だが、そこにはいつだって見る者全ての心を奪う毒めいた魅惑が込められる。

 あれが普通ではないということを再確認できて、シャーロットは思わず少し安心した。


「善は急げです。冬は寒々しい色をしたこの宝石の売れ行きが悪く、余ってしまう傾向にあります。その分をナラネスラでの販売に回し、まずは様子見を――」

「冬?」


 ギルヴェルム伯の言葉を遮った王子の方に目を向けると、果たして彼は、()()()をしていた。


「……っ」

 

 異変を察知した辺境伯は、ひゅっと喉を鳴らす。

 まだ何も言われていない彼に、しかしシャーロットは既に同情していた。


「へぇ? 冬は余るのか。

 提出された財務報告書を見て俺は、てっきりあなたのところの鉱石は熊みたいに冬眠して掘り出せなくなるものだと思ってたんだが、俺の勘違いだったか?」

「……っ!」


 突然明らかな狼狽を見せる辺境伯に、シャーロットは状況を大体察した。

 

 冬に宝石の売れ行きが下がるのは事実で、辺境伯はその通りに報告していたのだろう。

 しかしそこで、彼はそもそも冬は掘っていないとしていたのだ。だが実際は余っていたとなれば、その行き先が報告されていなかったことになる。


 例えばそれを原石のまま、秘密裏に販売していたとしたら。その額は莫大となり、必然かかるべき税も膨れ上がる。

 きっと辺境伯はこれを嫌ったのだ。だから季節を言い訳に、その分をちょろまかしていた。


 ……虐め甲斐があるとはそういう意味だったかと、シャーロットは思わずげんなりした。

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