40. 秘密にした理由
外での戦闘は無事に終わり、狙い通りしっかり傷だらけになった王子たちと共にシャーロットは、ナラネスラの王宮に戻った。
シャーロットらが攫われたとき、護衛が敵を素通りさせていたことから王家もグルなのは分かっていたが、その後乱闘騒ぎとなった際、その護衛など王宮直属の騎士が介入してくることまではなかった。
つまり王家としては大々的にシャーロットらと敵対するつもりはなく、あくまでも秘密裏の処理としたかったわけだ。
怪我の処置と宿を必要としていたシャーロットらは、王家がこれ以上不審な動きに出ることはないと踏み、助けを申し出てくれた彼らに匿ってもらうことにした。
あまり露骨に敵対的な行動をとってしまうと王宮に残っているアンナやクロードに及びうる危険が無視できなかったのもある。
シャーロットは医務室で包帯を全身にぐるぐると巻かれた後、一日目から滞在していた部屋に戻った。
幸いそこまで深い傷はなかったらしく、ベッドで寝たきりになる必要はなかった。医師からはひと月もすれば綺麗に治るだろうというお墨付きを得ている。
外は少しずつ明るくなってきているが、まだ大半の人間が寝静まっている時間だ。
レイナールたちは賠償金の相談に行っていて、シャーロットは少し手持ち無沙汰だった。
ぼんやりしているとだんだん喉が渇いてきたが、コップの水はとっくに尽きてしまっている。
持ってきてくれる侍女はいない。
ナラネスラ王家直属の人間を信用できなくなったシャーロットが、自ら断ったのだ。
しかし先ほどのトラウマが残っており、簡単に部屋の扉を開ける気にもならない。
扉の前で一人悶々としていると、外からノックがかかった。
しっかり覗き穴で相手を確認してから、ゆっくりと扉を開く。
「殿下――……わふっ!」
話しかける間もなく抱きすくめられ、シャーロットは驚きの声を上げた。
「……っ、生きてる……」
「ふ、ぇ……?」
初めて聞く彼の、感極まったような涙声に、シャーロットは混乱を隠せない。
でも少し考えて、彼がどんな思いでここに来たのか、改めて想像してみた。
彼は未来視によってシャーロットたちの危機を予知し、助けに来てくれた。
彼の視た光景がシャーロットたちの死ぬところで、結果的にそれを回避する形になったのか、そもそも自分がシャーロットたちを助けるところを視たのか、具体的なところは分からない。
ただ、自分が間に合わなければ彼女たちが死ぬかもしれない、どころではなく、必ず死ぬと分かった状態で数日の旅路を過ごすのは、どんな気分だっただろう。
聡い彼は、自分の能力を大っぴらにすべきではないと分かっていたし、自分が不安そうにしていたらアレクセイたち騎士の士気を下げてしまうこともよく理解していたに違いない。
だからきっと誰にも心中を悟らせず、いつも通り巧妙に振る舞って、ここまでやり過ごしてきたのだろう。
あの倉庫の中でさえ彼は、楽観的な態度を崩さず道化を演じて、因縁深い兄をも慰めた。
……だって彼には、それが出来てしまうから。
出来てしまうということは、やらなければならなくなるということだから。
シャーロットだってあの日、どんな手を使ってでも兄の罪を晴らすと決めたのは、自分になら出来ると思ってしまったからだ。
そう思っていなければ、彼女は今でも父と二人、仲良く自領で暮らしていたことだろう。
シャーロットは躊躇いがちに腕を広げ、彼の腰に回した。
恋しかったライラックの香りに身を委ね、小さく微笑む。
「……私の顔、覚えていましたか」
そう聞くと、彼が微かに首を傾げるのを感じた。
「どういう意味だ……? 最後に会ってから一週間ちょっとしか会ってないんだから、覚えてるに決まってるだろ……というか、今さら忘れるわけが」
「そうですか」
「……意図が見えないんだが」
「いえ、何でもないです」
「……」
「すきです」
言うと、彼の腕がぴくりと動いた。
彼はシャーロットの肩に載せていた頭をゆっくりと離し、彼女をまじまじと見下ろす。
目が合うと、彼は平均より大きい、こぼれ落ちそうな紫色の目を瞬かせた。
性格が歪んでいるために忘れがちだが、彼はどちらかというと童顔寄りで、普通にしていると年齢より幼く見える。
あからさまに不意をつかれた顔をする彼に、シャーロットはくすりと笑った。
「そんなに意外ですか?」
「いや……そんなにはっきり言われるとは……」
「ふふっ。好きですよ、殿下。心の底から愛していま――んっ!」
言い終わる前に、唇を塞がれる。
二回目のキスは、一回目のときよりは短かかったが、痺れるほどに甘かった。
味わいきる前に離されてしまい、名残惜しさに瞳が潤む。思わず彼を見上げ、子供みたいにねだってしまった。
「あの……もう一回、してください」
「……」
レイナールは脱力するように息をつき、シャーロットと額を重ね合わせた。
「……それは君の口癖か?」
「え、どういうことです?」
「……いや、何でもない」
そう言われると気になるが、彼は先ほどの意趣返しだとでも言うように、それ以上口を開こうとはしない。
抗議しようかと考え始めたところで、今度は噛み付くような口付けをされた。
「……は、ふっ……」
舌で唇をなぞられ、呼応するように心臓がどくどくと脈打つ。
溺れるような熱に浮かされて、思わず彼に縋りついた。
永遠にも思えた一瞬ののち、シャーロットが惚けるように息を切らした一方で、レイナールは何故かその表情に影を落とす。
「……俺は、やっぱり最低だな」
「……え?」
唐突な自己嫌悪にシャーロットが首を傾げると、レイナールは憂鬱げにソファに腰を下ろした。
「……俺には君しかいないのに、大して好きでもない兄さんを守るために、君を身代わりの囮にしてしまった」
「あぁ……」
深刻な表情の彼とは対照的に、シャーロットの顔には感心の色が浮かんだ。
「それは随分頑張りましたね」
「……ん?」
予想だにしない反応だったようで彼は目を瞠ったが、シャーロットからすれば当然の労いだ。
だってそれは、この短時間で今回の首謀者に当たりをつけた上で、その当人にしか伝わらないようそれとなく、フレデリックが癒しの力を持っていないことを証明したということだ。
それでようやく、首謀者は次点で怪しいアレクセイやシャーロットを狙うようになるというわけである。
例えば単純に、シャーロットが癒しの力の持ち主であると触れ回っただけだとしたら、今頃こんなところで呑気に話せてはいなかっただろう。
シャーロットも首謀者の予想くらいはついているが、そこまで上手くタイミングを測って動けはしなかった。
「お兄様の方は大丈夫そうですか?」
「……ああ、一応適当な理由をでっち上げて注意喚起をして、他の騎士たちに守らせてる」
「わぁ、完璧すぎていっそ気持ち悪いですね」
「君は……」
「私は誇らしいですよ、殿下。どんなときでも最善の道が見えるというのは、本当に得難い能力です」
「……俺はそんなもの、いらなかったよ」
切なげに目を伏せるレイナールに、しかしシャーロットは微笑みかける。
「何を仰いますか。あなたはこれから、一国を率いる立場になられるのでしょう?」
――客観的な視点を持てることこそが、重要になる。
ぐうの音も出ない正論に、レイナールは苦笑を浮かべた。
「……ああ、そうだな」
「ちょっと囮になるくらいどうってことないです。私は強いので。――そんなことより、私は、その……」
やはり図々しいことは言いにくくて、少しだけ言い淀んだが、やがて意を決して口を開いた。
「……殿下が未来予知の力について教えてくださらなかったことの方が、その……寂しかったです」
恥ずかしくて思わず目を逸らしたが、彼は簡単には逃してくれず、顔を覗き込まれた。
「拗ねたのか?」
「拗ね……っ!? う、はい……拗ねました」
観念したシャーロットに、レイナールは堪えきれない様子で笑った。
「悪かったよ。言わなかったのは、俺のプライドの問題だ」
「プライド……?」
想定外の回答に、シャーロットは思わずオウム返しをする。
「ああ、だってそんな力、とうに使えなくなってたからな。
まともに未来が見えてたのは五歳か六歳のときまでだ。『昔は未来が見えた』なんて言ったところで信じられっこないし、過去の栄光に縋っているようで格好悪いだろ?」
「え、でも、今回はそれを使って助けに来てくださったはずじゃ……」
「そうだな。実に十五年ぶりの発動だ」
「えぇ!? 発動条件どうなってるんですか!?」
「――さぁ?」
明らかに自分では分かっている様子で教えてはくれないレイナールに、シャーロットは口を尖らせた。
「殿下が教えてくれないなら、王宮で出会った詳しい人に聞きに行っちゃいますよ?」
「そいつはまさか、シャーロットや兄さんに俺の能力のことを伝えた……?」
「ええ、まあ。癒しの力の研究者だそうで」
「……っ!? それは本当か?」
「本当ですけど……」
予想外の食いつき具合にやや気圧されながら、シャーロットは首肯する。
「……いや、実は今回の首謀者は、何らかの方法で癒しの力を持った人物を感知できるみたいなんだ」
「なるほど……それでペンダントと能力持ちを混同してしまったということですか」
「その通りだ。つまりこの先、シャーロットを怪しんだ首謀者は君が癒しの力を待っているかどうか、試す作業に入るはすなんだよ。
その方法さえ突き止められれば、君を守る手段も見えてくる……その研究者とやらは信用出来そうか?」
期待に満ちた目で見つめられ、シャーロットは歯切れを悪くする。
「……信用は、まあ、できないですけど……多分大丈夫です。……あの人、殿下のこと好きなので」
「……は?」
怪訝な顔をするレイナールに、シャーロットは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。




