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猫かぶり王子に、致命的な弱みを握られてしまった猫かぶり令嬢は、やむなく求婚に応じる  作者: 乃崎かるた


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39. 倉庫内に避難する

 もはや役立たずのシャーロット、レイナールにフレデリックは戦闘の邪魔にならぬよう、倉庫の中に逃げ込んだ。


 思わずほっと息をつき、床に座り込む。


「なぁシャーロット」


 落ち着く間もなく、レイナールが口を開いた。


「その服装で出歩くなと、俺は確かに言ったはずなんだが」


 不満顔でそんなことを言う彼に、シャーロットは思い出したように自分の姿を確認した。

 そろそろ寝ようとしていたところで攫われたので、当然ネグリジェ一枚だった。

 

「あ、あー……これはその、想定外の事態で……」

「……世話が焼けるな」


 思わず歯切れの悪くなるシャーロットに、レイナールはため息をついて自らの上着を脱ぎ、その肩にかけた。


「……ありがとうございます」


 シャーロットは指先で上着の端を引っ張り、しっかりとその身を包む。

 焦げ臭いだけの布が、しかし彼女を少しだけ安心させた。


「殿下……助けに来てくださったのは、()()()からですか……?」

「……誰から聞いた」


 険しい顔で問われ、シャーロットはやはりそうだったかと、複雑な思いを抱いた。

 黙り込む彼女に、レイナールが再度口を開こうとしたところで、フレデリックがむせ返る。


「……ぐっ! はぁ……はぁ……」


 乱暴に腹からナイフを引き抜いた後、長時間に渡って無茶な逃走劇を繰り広げたことで、彼の体は限界に達していた。


「……兄さん」


 レイナールは兄に近寄ると、その首元に手を突っ込んだ。


「っ!? お前……何を……」


 取り出されたのは、これまで肌身離さず身につけてきた、似合わない桃色のペンダント。


「まだ健在のようだな」

「はぁ……? ――うっ!?」


 フレデリックが突然驚いたような呻き声を上げたと思うと、それに呼応するようにペンダントが粉々に砕け散った。


 途端、彼を覆っていた無数の擦り傷や切り傷が、何事もなかったかのようにすっと消える。

 シャーロットにつけられた手のひらの深い傷も、跡形もなく消え去った。


「え……」


 シャーロットが震える手つきでフレデリックのシャツの裾を捲ると、信じ難いことに、彼を酷く苦しめたあの刺し傷が綺麗さっぱり無くなっていた。

 シャーロットとフレデリックは説明を求め、レイナールの方を見る。


「癒しの力を込めた、禁忌のペンダントだそうだ……禁忌とされたのは、こんなものを量産されては力の管理がいよいよ不可能になるからだろうな」

「なぜそれを、フレデリック殿下が……?」

「話せば長くなるが……まあ、ミロスラーヴァ義母上はご自身よりも息子の方が大事だったってことだ」

「そう、か……母上がこれを自分で持っていれば、彼女は今も……」


 ……生きていた。

 

 そう気づいたフレデリックは、残酷な事実を噛み締めるように黙り込んだ。


 その悲壮な様子に、シャーロットもかける言葉がない。

 何も疑わずペンダントを持っていたとはいえ、ミロスラーヴァが死んだのは全くもってフレデリックのせいではないが、それを言ったところで何の慰めにもならないだろう。


 倉庫内の空気が重くなったところで、しかしレイナールは、けろりとあの薄っぺらい笑顔を浮かべた。


「ところで兄さん」

「……何だよ」

「――兄さんは義母上だけじゃなくて、()の婚約者にも命懸けで助けてもらった訳なんだけど。それがどれだけ有難いことか、本当に分かってるのかなぁ?

 兄さんという足手纏いがいなければ、シャーロットはこんなボロボロにならずに済んだと思うんだよね」

「……っ、あ、ああ……もちろんだ……」


 案の定すっかり忘れていたらしいフレデリックは、気まずげに頷いた。


「ちょっと殿下……」


 傷心中のフレデリックに追い打ちをかけてどうするんだと言おうとしたが、レイナールは止まらなかった。


「あー、やっぱりムカつくから頭殴って記憶消していい?」

「……む?」


 何を言っているのか理解できなかったらしく一瞬混乱した様子を見せたフレデリックは、その理解が及ぶにつれてだんだんと目を見開いた。


「……お前、結局ただの嫉妬かよ!? 俺に感謝させる気もないじゃないか!」

「いや当たり前でしょ。感謝については兄さんとシャーロットの間の問題であって、僕とは何も関係ないよ。兄さんってば、たまに抜けてるよね」

「お前本当に最悪だな……」


 フレデリックはすっかり毒気を抜かれた様子で、やれやれとため息をついた。


「……というかだな。俺に向かって口調だけ柔らかくしたところで、牽制してちゃ意味ないだろ」

「あー、それはまあ……」


 レイナールは待ってましたとばかりに、ニヤリと口角を吊り上げた。


「――だってこれもう、流石に()の勝ちだろ。今回俺は、真っ先に火の中に飛び込んで王子と姫を救った英雄だぞ? それも一本の足と引き換えにしたっていう、これまた良い脚色つきだ。――民は俺を王にしてくれと、父上に泣いて懇願するんじゃないか?」

「うっわぁ……」


 流石のシャーロットもドン引きのセリフを吐くレイナールに、しかしフレデリックは穏やかな苦笑を浮かべ、弟の頭に手をやった。


「……ん」


 レイナールがやや驚いた顔で目を瞬かせたところで、フレデリックは口を開く。


「お前にはその、性格の悪そうな顔の方がよく似合ってるよ」

「……っ、そうか……たった二人の王子が揃って性悪とは、我が国は絶望的にツイてないな……」


 レイナールが体中の力を抜くようにして紡いだその軽口には、しかし万感の思いが込められていた。


「だがそんな我が国に朗報だ。そこに一人、呆れるほどのお人好しがいる」

「……へ?」


 急に顔を向けられたシャーロットは、思わず変な声を上げた。

 フレデリックは少し間を空け、ゆっくりと口を開く。


「……ありがとな、シャーロット。それと……すまなかった。許してくれとは言わない」

「……」


 シャーロットはフレデリックと目を合わせながら、これまでのことを思った。

 彼のせいで、父には心配をかけた。

 心優しい兄は長い間胸を痛めた。

 母は、心労で亡くなった。


 ……でも、じゃあ、彼らはシャーロットに復讐の代行を求めるだろうか。


 シャーロットは、涙だけは堪えて少し下手な笑みを浮かべた。


「私は『呆れるほどのお人好し』なので、許してあげます」

「……っ、俺は……」


 いっそ許して欲しくなかったとでも言うようにくしゃりと顔を歪めるフレデリックに小さく微笑みかけた後、彼女はレイナールに向き直った。

 次はシャーロットの番だ。


「――殿下。助けていただきありがとうございました。

 私が今ここで息を吸ったり、怪我の痛みを感じたりしながら、こうしてあなたと話せているのは、全てあなたのおかげです」


 恭しく頭を下げたシャーロットに、レイナールはふっと笑って彼女に手を伸ばした。

 疲労で少し震える手で、彼女の髪を優しく()く。


「俺はお人好しじゃないから、ご褒美を要求する」

「分かりました」

「……あ、ああ」


 即応されるとは思っていなかったらしく、ペースを崩されたレイナールは、曖昧な返事をした。

 シャーロットは口を引き結び、彼の動かなくなった方の足に手をそっと載せる。


「……っ」


 未だ痛覚は残っているのだろう、彼は僅かに顔を歪めた。


「シャーロット……?」


 問うような視線を向けてくる彼を無視し、シャーロットはその双眸を閉じた。

 数ヶ月前に一度、自分で試してみたときと違って、今度は何をすればいいのか自然と理解できた。


 傷に触れていると微かな、目に見えない波動のようなものを感じる。それは規則的な揺らぎであり、大きいときと小さいときが例外なく交互に訪れる。

 その小さいときを狙うようなイメージで、隙間隙間に()を流し込んでいった。


 レイナールがはっと息を飲んだのを感じてゆっくりと目を開くと、ぱちりと視線があった。


「……やっぱり持っていたか、その力を」

「そのようですね」


 彼は奇跡を試すように、よろめきながらも立ち上がる。


「……思っていたご褒美とは違ったが、やっぱり足が二本あるっていうのは悪くないな」

「これで『良い脚色』は失ったな、レイナール」


 意地悪な指摘をする兄にレイナールはやや不満げな顔をしたが、すぐに別のことが気に掛かったらしく、突然手のひらで自分の頭皮に触れた。


「汗までなくなってる……どういう基準で変化が起きてるんだ?」

 

 問うようにシャーロットの方に向き直ったが、彼女とて首を傾げるばかりだった。


「さあ……」

「その力、自分には使えないのか?」

「使えませんね。もう少し慣れればいけそうな感じはするんですけど」

「自分と他人じゃ難易度が違うってことか」


 興味深そうに呟いたレイナールに、しかしシャーロットは首を振った。


「……いえ。殿下とその他で難易度が違います」

「へぇ、愛の力か。照れるな」

「……っ」


 にやにやとそう言われ、シャーロットはぎくりと頬を引き攣らせる。

 彼女としても、そうなのではないかとちょっと思っていたところだったのだ。


 何と言うべきか決めかね口を開けたり閉じたりするシャーロットの苦悩をよそに、レイナールは扉に背を預けるようにして耳をそばだてた。

 

「ん、外ももうじき片付きそうだな」


 言うとフレデリックの方へ視線を向け、にこりと笑う。


「兄さん、さっさと俺を何発か殴れ。きっちりやり返してやるから」


 脈絡のないその言葉に、フレデリックは目を細めた。


「あ? 何が悲しくてこの状況で殴り合いなんか――」

「こんな瓦礫と煤まみれの倉庫群から、兄さんはその真っさらな体で出ていくつもりか?」


 呆れ顔でそう言われ、フレデリックは思わずぐっと言葉を詰まらせる。

 手段は違えど共に癒しの力によって回復したフレデリックとレイナールは、今は細かな傷さえ一つも残していなかった。

 決まりの悪いことに、仮にも淑女のシャーロットが明らかに一番ボロボロなのが現状だ。


「……確かに、そりゃ不自然だな」


 フレデリックも渋々ながら首肯する。

 癒しの力があるとバレれば、シャーロットはもちろん、ペンダントを使用しただけのフレデリックさえ運が悪ければまた命を狙われる可能性がある。


 癒しの神に愛されたなどと謳われる人騒がせな英雄は、アレクセイ一人で十分だ。


「ほらほら、遠慮してないでさっさと殴れよ。――あ、顔はナシな。シャーロットは俺の顔が好きだから」

「うぜぇ……」


 勢い付けられたフレデリックはお構いなしに顔を狙ったが、動体視力に優れたレイナールに手で受け止められてしまう。

 そういえば彼と初めて会った日にシャーロットがお見舞いした渾身のキックも、ああして受け止められたのだった。

 シャーロットは見ていて少し、懐かしく思った。


「ったく言ったそばから――人の話を、聞けっ!」

「うぐぁ!?」


 レイナールはフレデリックの横っ腹に、渾身の一発をくらわせた。

 シャーロットも感心する、腰の入った一撃だ。


「……おまっ、本気じゃねぇか!」


 信じられないと言う顔で訴えるフレデリックに、しかしレイナールは高らかに笑う。


「っははは! 日頃の恨みだよバーーカ!」


 そんな笑えないセリフを聞きながら、シャーロットはとても楽しそうだなと思った。

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