27. 作戦遂行とささやかな意趣返し
「ぅ、眩しい……」
いつもの柔らかなベッドの上でぐっすりと眠っていたところ、突然に明かりをつけられた。
思わず目を開きそうになったが、眩しいのですぐに薄目になる。
「眩しい? 俺が?」
当然のようにシャーロットより先に起きて、着替えも髪のセットも済ませて今日も見た目が絶好調のレイナールが、上機嫌に話しかけてきた。
「……ふぁ……んー、まあ殿下もですね……そちらは別に、今に限ったことではないですけど……」
「……」
眠くて適当に答えてしまうと、レイナールはなぜかやや顔を引き攣らせる。
「殿下?」
「……いや。あー、昨夜はよく眠れたか?」
「ええまあ、お陰様で。殿下こそ、またそんな早起きしてしまって大丈夫なのですか?」
「それが、昨日不覚にも真昼間に眠りこけたせいで自然と夜明け前に目覚めてしまった」
眠ってしまったのが想定外だったとでも言うような態度にシャーロットは軽い違和感を覚えたが、追及しても碌なことにはなないだろう。
「……なんか、すみません」
「気にするな。久しぶりに熟睡できて気分が良かった」
にこりと笑うレイナールは、やはり間違いなく眩しかった。
シャーロットは思わず視線を逸らす。
「……えっと、起こしに来るなんて初めてじゃありませんか。どうかされたのですか?」
「あー、多分これから父上に呼び出されるから、早めに起きて着替えておくよう伝えに来たんだった」
「――へ?」
……呼び出される?
「別に心配する必要はないぞ。本題は兄さんの過失についてだから」
「え……」
その言葉の意味を察したシャーロットは目を見開く。
「……とうとう、やってしまわれたのですか?」
レイナールは笑顔のまま、こくりと頷いた。
○
「ただいま参りました、父上」
「お待たせいたしました、陛下」
レイナールと揃って敬礼をした後、シャーロットは一旦部屋を見渡す。
ここはいわゆる謁見の間。
奥には国王の権威を象徴する豪華な赤色の椅子が備えてあり、いかにもといった雰囲気が出ている。
国王本人の他に、先客が二人。
フレデリックとアンナだ。
張り詰めた空気の中、フレデリックはレイナールをきっと睨みつけ、またアンナも彼の方を見て、品良くも意味深な笑みを浮かべた。
……やってくれましたね、とでも言いたげだった。
国王に時間を無駄にする気はないらしく、彼は早速本題に入った。
「レイナール。執務でいつも、フレデリックに助けてもらっているようだな」
「ええ、お恥ずかしながら。兄さんには感謝してもしきれません」
相変わらずすらすらと出てくる嘘に、国王以外の全員が密かに戦慄したが、幸いにもそれを顔に出すほど迂闊な人間はいなかった。
国王は満足げな様子で、鷹揚に頷いた。
「そんなお前に朗報だ。とうとう恩返しの機会がやってきた」
「……なんです?」
「フレデリックが執務で、珍しくもミスを犯してしまってな。このままでは経歴に傷がついてしまう。お前が代わりに責任を取ってくれ」
耳を疑うほどに横暴な命令に、シャーロットは思わず息を呑む。
しかし当事者のレイナールの方はこの程度想定内だったらしく、特に表情を変えることはなかった。
「なるほど。具体的にはどういった形で?」
「今回フレデリックのミスによって、ナラネスラ王国を弱体化させる作戦が、ターゲットであるナラネスラ王国にバレた」
「それはまた……」
レイナールが困ったような顔を浮かべてみせる中、シャーロットは思わず顔を引き攣らせた。
思ったよりもだいぶ派手な「ミス」だった。
実際に執務を行っていたのはレイナールなので、もちろんこのミスを犯したのも本当はレイナール。
そしてこれは、彼が故意にしたことだ。
ナラネスラ王国に用があったとはいえ、ちょっと真似はできない思い切りの良さである。
「一度は我が国が下した隣国だが、最近力を取り戻してきている。
このまま我が国にとっての脅威となられると困るから、あそこのお家芸である内戦をこちらの策略で激化させようと考えていた。
我が国が秘密裏に教会側につくだけで、これは自ずと達成されるはずだったんだ」
「しかし作戦を教会に伝えるための手紙が、誤ってナラネスラの王室に届いてしまった、ということでしょうか?」
「そういうことだ。あちらは、この先信用して欲しければ人質を寄越せと言ってきている」
随分と甘い処置だが、ナラネスラ王国としてもまだ事を荒立てる段階ではないのだろう。
リンデル王国から王家を守るため、人質を盾にするという考えも十分に合理的だ。
「人質、ですか」
「ああ。具体的にはアンナをご所望だ。お前はアンナを連れて隣国へ渡り、ミスは自分の責任だったと謝罪した上で、彼女を引き渡して来い」
「はぁ……そういえば父上は、シャーロットがお気に入りでしたね」
「……何の話だ」
「いいえ? 何でもありません」
レイナールの至って純粋な微笑みからは、その真意の一切が見えない。
しかし彼の心中は、痛いほどに伝わってきた。
国王の話は、シャーロットにも分かるほどに滅茶苦茶だった。
ナラネスラ王国は作戦の立案者をフレデリックだと考えているからこそ、彼を非難したのだ。アンナの身柄を要求したのは、彼女が彼の婚約者であるからに他ならない。
ここで、「実はフレデリックではなくレイナールが立案した内容だった」ということにするのであれば、人質はアンナではなくシャーロットにしなければならない。
それでも国王がアンナを連れて行かせようとしたのは、ひとえに彼がシャーロットを手放したくなかったからだ。
呆れて物も言えない、というのがレイナールの率直な感想だろう。
それでも彼は少し考える素振りを見せてから、再度口を開いた。
「そうですね……父上は僕に嘘をついて欲しいとのことですが、誠実な兄さんなら自分で行きたいと思っているのでは?」
疑問形で締めていながらも、その表情は確信に満ちていた。
途端に注目を浴びたフレデリックは渋面を浮かべながらも、どうすべきか冷静に考えている様子だった。
そもそも、まだ国王にはバレていないが、レイナールは故意に国王の意に背く行為をしている。
これは明確な国家反逆罪だ。
フレデリックがこのことを指摘するためには、実際に執務を行なっていたのはレイナールだったとバラさざるを得なくなるが、実はこちらはギリギリ犯罪ではない。
肉を切らせて骨を断つべきかと考えるが……それには一つ難点がある。
レイナールが執務をしていた証拠がどこにもないのだ。
皮肉にもフレデリック自身がレイナールと協力して、全力で証拠を隠滅してきた成果だった。
フレデリックは悔しげに下唇を噛んでから、ゆっくりと口を開いた。
「――レイナールの言う通りです、父上」
「フレデリック!?」
「自分の尻拭いは自分でします。それくらい出来なければ、王の器とは言えないでしょう」
もちろんこんなのは本心ではない。
多少自分の評判を下げてでも、レイナールをナラネスラへ行かせることだけはしたくないのだ。
これはフレデリックが国王とは違い、レイナールの能力を知り、嫌々ながらも認めているからである。
レイナールはナラネスラ王国の血を継いでいる。
彼の味方しかいない隣国に、フレデリックの目が届かない状態で何日もいられてしまったら、たちまち彼は王国と強固な協力関係を築かれてしまうことだろう。
「あちらの要求通り、人質としてはアンナを連れて行きますが……俺にはもう一人、連れて行きたい人がいます」
「……ほう。誰だ?」
聞かれたフレデリックは、ちらりとレイナールの方を見る。
レイナールは読めない表情のまま、無言で兄を見つめ返した。
「――シャーロットです。彼女はかの国の王太子の命を救った英雄アレクセイの、実の妹。彼女がいてくれれば、謝罪の成功はもちろん、国交の保持だって叶うかもしれません」
それは弟にまんまと騙された兄による、ささやかな意趣返しだった。
愛する婚約者を引き離し、あわよくばそのまま奪ってしまおうという魂胆だ。
シャーロットはふっと息をつく。
……ようやく、数ヶ月にわたる「溺愛ごっこ」が身を結んでくれた。
アンナもフレデリックの意図を理解したのだろう、節操のない婚約者に冷めた視線を向ける。
しかしそんな状況に気づかない国王は、可愛い息子の提案に一も二もなく頷いた。
「それは良い案だ。流石は私の息子。その通りに手配しよう」
「――陛下」
議論がまとまりかけたところで、アンナが話を中断させる。
「失礼ながら申し上げますが、シャーロット様にそのような大役を押し付けるおつもりなのでしたら、先にご本人の了承を得るのが筋かと」
「……え? それで言えば、アンナ様こそ……」
この期に及んでシャーロットの心配をしてくれたことに驚き、思わずしどろもどろな返事をしてしまった。
しかし、幸か不幸か国王は全く聞いていないようだった。
「貴様、この私に向かって何という口の利き方を!」
怒りに青筋を立てた国王は、今にもアンナに殴りかかりそうな勢いで怒鳴った。
もっとも、その程度で怯むアンナではない。
「ふふっ、もうこの国のお世話になることはなさそうですから、自由にやらせて頂いているまでです」
そう不敵に笑うアンナは、本当にあっさりと、人質になることを受け入れているようだった。
「このような不祥事を起こしてしまえば、客観的に見て、フレデリック殿下が立太子される可能性は五分五分程度にまで落ちたでしょうか」
含みを持たせた言葉は、アンナがすでにレイナールの即位を確信していることを表す。
「――ナラネスラ王国に生贄としてやって来て悲劇の姫君として、ヨエル様に擦り寄った方が確実でしょう」
「貴……様……」
アンナのあり得ない言動に、国王は言葉を失った。
息子二人が立て続けに生粋の悪女に騙されていたことに、ようやく気づいたのだ。
それはアンナによる、ささやかな意趣返しだった。
何かと冷遇してきて、果ては人質として追い出そうとしてきた国王に贈る、ほんの小さな絶望だった。
……そして、最後まで愛してはくれなかった婚約者への、ささやかな当てつけだった。




