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猫かぶり王子に、致命的な弱みを握られてしまった猫かぶり令嬢は、やむなく求婚に応じる  作者: 乃崎かるた


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26. 眠れるほど図太くはない

 再びやってきた沈黙の中、シャーロットはささやかな後悔に苛まれていた。

 アンナの恋愛指南、速攻で流してしまったせいでその「切り出し方」まで聞き出せていなかった。


「え、えっと……」

「……どうした?」


 シャーロットが必死で頭を回転させていると、レイナールの返事がいつの間にかあやふやになっており、少しうつらうつらしているのが見てとれた。

 

「いえ、その……あ、最近寝てます?」

「……は? 寝てるが。なんなら君と同じベッドで」

「あー、それなんですけど。正直未だに実感が湧いていないんですよね。殿下、いつも私より遅く寝て早く起きるじゃないですか。全然痕跡も残さないですし……」

「それは君の観察力が足りないだけだな。昨日はいたぞ?」

「昨日()……?」

「……言葉の綾だ」

「本当に……?」


 旗色が悪くなってきたのを察したレイナールは、すかさず話題を変えた。

 

「……いやぁ、それにしても君の間抜けな寝顔は毎朝見ていられるよ」

「ちょ、なに勝手なことしてくれてるんですか!? 私ばっかり見られてずるいじゃないですか!」


 照れ隠しに抗議するシャーロットに、レイナールは悪戯に成功したとでもいうように、べっと舌を出す。

 

「じゃあ君も、早く起きればいいんだよ」

「何を馬鹿なことを……そんなこと出来るわけないでしょう」

「……ん? いや、出来るだろ」


 案を笑い飛ばされたレイナールは思わず再考するが、冷静に考えても早起きくらい誰にでも出来る。

 しかし、それでもシャーロットは首を横に振った。

 

「無理です――なので、今すぐ寝顔を見せてください」

「は?」


 レイナールの服を引っ張りながら自分の座る位置を少しずらし、膝の上に彼の頭を載せた。


「……っ」

 

 彼は一瞬目を見開いたが、特に抵抗はしなかった。

 そっと撫でた亜麻色の髪は、見た目通りにさらさらだった。


「……流石に、こんな状態で眠れるほど図太くはないんだが」

「それは残念ですね」

「……」


 ……よく考えるとアンナも膝枕をしろとまでは言っていなかったような気がしてきたが、やってしまったものは仕方がないと気を取り直す。

 シャーロットは何事もなかったかのように、にこりと微笑んでみせた。


「殿下は、いつから自分を偽っているのですか?」

「ん? うーん……十歳くらいからだろうな」

「もう十年以上ですか」


 レイナールの過去に思いをはせる。

 彼はどんな思いでこれまでずっと、本当の自分をひた隠しにしてきたのだろうか。


 シャーロットもこれまでの三年間、彼と同じようなやり方で、同じような目的に向かって駆け抜けてきた。

 もちろん決して楽な道のりではなかった。

 しかし、彼とは違い、計画はほぼ常に順調に進んできて、大切にすべき出会いだってあった。

 

 そして二人の間にはもう一つ、置かれた状況というところで明確な違いがあった。


 会ってこそいなかったが、シャーロットには父と兄という、本当の自分を知って肯定してくれている人がいた。

 彼らのおかげで彼女は、自身を見失わないでいられた。

 演技も誤魔化しも、彼女の性質というわけではなく、目的を達成するための手段に過ぎないのだと信じていることができた。


 ……レイナールは多分、そこまで恵まれてはいなかった。

 父親も兄も敵だった彼にとって、無条件に味方と言えるのは母親であるローズマリー第二王妃だけだった。


 しかし、元はといえばその母親が国王と上手くいっていないからこそ、レイナールは苦しい立場に置かれているのだ。

 無論それはローズマリーのせいではないが、そのことを知れば彼女は自責の念に苛まれることになるだろう。

 それを想像できないレイナールではない。

 

 彼はきっと、実の母親にすら素を見せていない。


「……っ」


 目の奥に込みあがってくる痛みに堪えながら、手の震えに気づかれないよう、少し乱暴な手つきでレイナールの髪をかき乱す。 


「私は知っていますよ。殿下が本当はそんなに優しくないことも、自分の魅力に自覚的なことも、悪知恵がよく働くことも」

「……それは慰めで合ってるか?」

「もちろんです。これまで私が一度でも、あなたから逃げようとしたことはありますか?」

「…………ない」


 小さく呟いたレイナールは、少し考える素振りを見せてから口を開いた。

 

 それは、シャーロットの知らない過去の話だった。


「……俺、小さい頃から要領が良い方で、大体何でも出来たんだよ。

 家庭教師が一度言ったことは忘れなかったし、剣も乗馬も、手本さえあれば何となく真似できた。

 大人たちの顔色を伺いながら、適当に愛想を振りまいておけば嫌われることもなかった。

 指導についてくれた人たちはみんな喜んでくれて、それが素直に嬉しかった……父上に興味をもたれていないことも、気にならないくらいだったよ」

「殿下……」


 そんなはずはないと思った。

 言葉を探していたら、レイナールに先を越された。

 彼は初めて見せる、困ったような微笑みを浮かべながら口を開く。

 

「……そういうことにしておいてくれ」

「……」

 

 そう言われてしまえばシャーロットも、口を噤む他ない。

 

「それで初めてレーゼの試験に通ったとき、柄にもなく浮かれてな。

 家庭教師への報告は自分でしたくて、従者たちを口止めまでしたよ。……だがその後、家庭教師が王宮を訪れることはなかった」

「……え?」

「彼は俺の家庭教師をしながら、こっそり母上と関係を持っていたんだとな。そんなことを知られてしまって、教師の仕事を続けられるはずもなかった」


 嫌な予感がしたシャーロットは、思わず顔を歪めた。


「それって……」

「ああ、もちろん冤罪だった。速攻で父上にチクった従者に無理やり吐かせて、兄さんの指示だったと突き止めた」

「そんなにすぐに分かったのでしたら、家庭教師の方を呼び戻すことだって……」

「それは出来ないよ、シャーロット。父上にとって彼を呼び戻すメリットは一つもなかったんだから」

「え……」


 目を見開くシャーロットに、レイナールは皮肉げな笑みを浮かべる。


「だってそうだろ? 単純に、急に決定を引っくり返せば自分の非を認めることになってしまう。

 それに母上の裏切りは、父上が彼女を冷遇する完璧な口実にもなる。元々父上はミロスラーヴァ義母上を溺愛していて、母上のことは邪魔に思っていたからな」

「そんな……」

「それから俺は、父上は味方になってくれないことが分かったから、とりあえず消極的な対策を取ることにした」

「フレデリック殿下を刺激しないように……?」

「ああ。座学は難易度が上がってついていけなくなったことにして、剣も乗馬も体の成長による感覚の変化に対応しきれなかったことにして、少しずつ少しずつ、兄さんの影に隠れるようにしていった」

「……それはある程度、上手くいったのですよね」

「上手く行ったどころか、想定以上の効果があったよ。目立ちすぎないよう気をつけるようになってから、兄さんはもちろん、父上の態度まで軟化したんだ。

 父上は俺の才能が兄さんを追い越して、玉座に届いてしまうのを恐れていたらしい。

 ……俺の快進撃が父上からは全く歓迎されていなかったことに、そのとき初めて気づいたよ」


 レイナールは声の震えを抑えるように深呼吸をする。


「……正直、クロードの予測は妥当だ。兄さんが多少の過失を犯したところで、父上は兄さんを王太子に選ぶだろうな……おい、俺より先に泣くなよ」

「……っ、え……?」


 慌てて目元を拭った指先に、熱い雫がつく。

 自分でも驚いて目を瞬かせるシャーロットに、レイナールはくすりと笑った。


「そんな悲しそうにしなくても、俺はこれで良かったと思ってるよ」

「……っ、なぜ?」

「さあな……ん、ずっと横になってると眠くなってきた。やっぱり寝不足はダメだな……」


 依然としてシャーロットの膝の上に頭を載せたままで、レイナールは当然のように両目を閉じた。

 呆気に取られたシャーロットは一瞬黙り込むが、やがて困惑の声を上げる。


「え、あ、あの! 『こんな状態で眠れるほど図太くはない』という話はどこに……!?」


 返事はなかった。


 ――レイナールの口角がほんの少しだけ上がったことに、動揺した彼女は気がつかなかった。

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