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猫かぶり王子に、致命的な弱みを握られてしまった猫かぶり令嬢は、やむなく求婚に応じる  作者: 乃崎かるた


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23/50

23. 側近の思惑

 婚約パーティー翌日の昼下がり。

 

 勢いに任せてとんでもないことをしでかした自覚のあるシャーロットは、婚約者と顔を合わせにくくなっていた。

 

 もちろん、彼からも似たようなことは何度かされている。今更気まずくなる必要がないことは分かっているのだ。

 だがそれでも、されるのとするのとでは心情的に異なるものがある。

 

 シャーロットは現実逃避をするようにレイナールに頼まれた書類仕事を黙々とこなしていたのだが、こんな時に限って処理に困るものが出てきてしまった。

 質問するために私室を出る気分になれないシャーロットは、思わずため息をつく。


 彼に渡されていたのは、王家による市井(しせい)への文化的支援の内訳に関する資料だ。

 リンデル王国には音楽、美術、演劇等、予算をかけるべき文化が数多く存在するが、分配する額の決定は困難を極める。


 そこでレイナールは、臣下を使って各団体から詳細な状況を聞き出し、それに即した援助をすることにした。彼の工夫は、状況の深刻さを点数化し、それに応じて予算の分配率を定量的に定められるようにした点にある。

 シャーロットに求められたのはこれを利用したときの、具体的な額の算出だ。


 条件の点数化はほとんどレイナールの一存で行われているようだが、律儀にも詳細に記されたそれぞれの設定理由はどれも説得力のあるもので、そこからは国政にほとんど関わっていないシャーロットでさえ有無を言わせぬ圧力を感じた。

 彼の柔軟な思考と、政治に私情を挟まないことの徹底ぶりは改めて、流石の一言である。


 しかしながら臣下への伝達が上手くいっていなかったのか、はたまた臣下の単純なミスか。

 一部の団体について必要な情報が聞き出せていなかったらしく、状況の点数化が不可能な状況にあった。

 対処については、権限の足りていないシャーロットではレイナールに判断を仰ぐ他ない。


「はぁ……」


 シャーロットは再度ため息をついてから重い腰を上げた。


 のそのそと歩いていると、シャーロットの視界にメガネをかけた、黒髪の青年が映る。

 

「ごきげんよう、クロード様。こんなところにどういった御用向きで?」

「シャーロット様。レイナール殿下にお渡しするものがありまして、書斎の方へ向かっていた次第です」


 よく見ると彼の手には、数枚の書類があった。

 またフレデリックの仕事を押し付けにでも来たのだろうか。まあそれでも、シャーロットの知ったことではないが。

 

 それよりも彼女は、このままクロードと一緒にレイナールのところへ行けば二人きりにならずに済むことに気づき、密かに安堵していた。

 

「そうですか。ちょうど私も殿下に用事があったのですが、ご一緒しても?」


 隣を歩き始めたシャーロットに、クロードは軽い会釈だけして無言で前を向いた。

 彼女を邪険に扱うことはしないが、かと言って世間話をする気もないらしい。


 シャーロットはそんな彼の端正な横顔を眺めながら、負けじと口を開く。


「そういえば。下の厨房に食材が揃っているらしくて、今度ケーキを作ってみようと思っているんです。ご一緒にいかがですか?」

「結構です」

「ですよね」


 ゆっくり会う機会があれば前より考えていたクロードを寝返らせる作戦の進捗が生めるかもしれない。

 それがダメでもフレデリック回りの情報が少しは手に入るかもしれない。

 そう考えたのだが、やはりクロードは手強い。

 

 彼の好物であるはずのスイーツも、彼を釣るには至らなかった。


 潔く諦めたシャーロットは、クロードがレイナールの書斎の戸を叩くまで黙って歩き続ける。


 ○


 突然の来訪者を迎えたレイナールは、シャーロットの姿にも特に動じた様子はなく、「表の顔」のとき特有の、人の良い笑みを湛えた。

 

 この場にいるのはフレデリックではなくクロードなので特に猫を被る必要はないはずだが、無駄に隙を見せたりしないのが彼のやり方だ。

 改めて、シャーロットが初めて会った日、演技を辞めた彼は相当な賭けに出ていたのだと分かる。

 シャーロットは、その賭けに見合う働きをしなければならない。


「二人で来るなんて妬いちゃうなぁ」

「やましいことがあれば、揃って殿下の元には来ていませんが」


 クロードはレイナールの軽口に対し、どこまでも真面目な返答をした。

 早々にペースを崩されたレイナールは眉尻を下げて小さく笑う。

 

 レイナールに勧められてソファに腰かけてから、レイナールは改めて口を開いた。


「で、なんの用事?」


 シャーロットが無言でクロードに先を譲ると、彼は軽く会釈をし、持ってきていた書類を机の上に置く。

 

「こちら、三か月後の収穫祭に関する詳細資料です。フレデリック殿下より、お渡しするようにと」

「はは、要は新しい仕事ね……兄さんが書類仕事を苦手としてるのは分かるけど、クロードはそうじゃないでしょ? 少しくらい手伝ってくれても良いんじゃないかなぁ?」


 朗らかな笑みのまま発せられた嫌味に、しかしクロードは一切の動揺を見せない。

 

「フレデリック殿下より、弟(ぎみ)にお渡しするようにとの仰せですので」


 渡す対象を強調しただけの、全く同じ内容が繰り返される。

 これにはレイナールも諦念の滲む苦笑を浮かべた。


「つまり嫌がらせってことね、了解」


 もはや気にした様子もなく書類を受け取ったレイナールは、ちょうど何かを思い出したとでも言うように、あっと声を上げた。


「そんなことより最近、ナラネスラ王国が国力を取り戻しつつあるみたいだね。新しく見つかった鉱脈が、思いのほか経済的意義の大きいものだったんだとか」


 この頃、王室関係者の間で話題になっていることだ。

 そういえば先日の婚約パーティーにヨエル王子が出席できなかったのも、その処理に忙殺されていたからだった。


「そのようですね」

「これについて、僕たちリンデル王家はどうするべきだと思う? クロードの意見を聞かせて欲しいな」


 突然のフリに、しかし日頃より政治から目を離していないらしいクロードは、少し考えてからしっかりとした口調で話し出した。

 

「……我が国は二十三年前の戦争で、ナラネスラ王国に勝利しています。しかし現在、ご存じの通り、諸々の事情であの国を掌握出来ているとは言いがたい。

 彼らが力をつけている現状は、我々にとって脅威だと言わざるをえません。

 そして……そうですね。我が国が介入する隙があるとすれば、あの国で長年続いている、王家と教会の間の内戦でしょう」


 教会とは、『癒しの力』を持つ教皇一族の本拠地の二つ名である。

 そこは一族の持つ、神秘的とも言える力に魅せられた人々が集結している場所だ。

 信者じみた彼らの存在も、ユースティル一族に対する教会や教皇と言った呼び方が定着した大きな要因の一つである。

 

 彼らは癒しの力を国として利用しようとするナラネスラ王家を酷く嫌っている。その不仲が紛争に発展したことも、一度や二度ではないほどだ。

 これこそが、ナラネスラ王国がリンデル王国との戦争で敗北を喫した最大の原因だったとさえ言われている。


 ――しかし教皇一族も、当主の性格によって度々方針を変えてきた。

 

 例えば先々代はかなりの穏健派。

 彼は王家からの要請を快く受け入れ、娘を王室に嫁がせた。その娘こそが、のちのヨエルやノエリアの母親にあたる。

 

 対して先代は過激派。

 リンデル王国との戦争において教会の人間を強引に引き抜こうとした王室を激しく糾弾し、抵抗には武力行使も厭わなかった。戦争に敗北する原因にもなった彼は、最終的に何者かに暗殺される――もっとも、犯人はほぼ確実に王室の手の者だが。


 そして、父親の早逝により若くして当主の座を継いだ当代は、しかし親の意思まで継ぐことはなく、穏健派で知られている。

 

 クロードは、今は穏やかな教会をうまく焚き付けることで、ナラネスラ王国を不安定に出来ると言っているのだ。


「――でもクロードは、そんなことしたくないんだね」

「……はい?」


 思いがけないレイナールの指摘に、クロードは目を瞬かせた。


「内戦の激化を提案した時、少し動揺した様子だったからそうなんじゃないかなって」

「それは……」

「――実は僕、クロードはナラネスラ王国の人間なんじゃないかと考えているんだ」


 クロードを遮るようにして紡がれた言葉は、意図の分かりにくいものだった。


 しかしシャーロットの脳裏には、三ヶ月前の図書室での一幕が蘇る。

 デートの途中、フレデリックとクロードに出くわしたとき。確かシャーロットはクロードの寝返りを狙って、彼に揺さぶりをかけた。

 クロードはフレデリックの側近になるため、重傷を自作自演し、フレデリックが自らの命の恩人となるよう誘導したのではないかと問うた。


 恐らくレイナールはこれを覚えていて、考えをまとめた上で改めてクロードの寝返りを狙っているのだ。


 それをするのにこの場を選んだのは、現在たまたまフレデリックがおらず、代わりにシャーロットがいるからだろう。

 

 沸点の低い兄を気遣う必要がなく、シャーロットという証人が同席しているこの状況は、レイナールにとって比較的都合が良い。

 

 もっともシャーロットは完全にレイナール側なので、証人としては甚だ弱いと言わざるを得ない。

 それでも役立たずの仮面を被り続ける必要があるレイナールにとっては、この状況は最高ではなくても最善だ。


 目の前の王子はただ、シャーロットのアイデアを認めて採用してくれただけ。


 ……しかし、底の見えない笑みを浮かべる婚約者と、冷たい無表情を貫く敵の側近を前に、シャーロットの胸を後悔のようなものが込み上がった。

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