24. 第二王子の見落とし
「……私はリンデル王国の平民の出ですよ」
クロードの出自を疑うレイナールに対する返答は、不気味なまでに冷静なものだった。
まるで、このような指摘を受けることが想定内であったかのような反応である。
「クロードはいつも、ナラネスラ王国に不利益をもたらす政策には消極的な姿勢を見せるよね。例えそれが、明らかに我が国を利するものだとしても。一方で、それ以外の場面では基本的にリンデル王国の利になるように動いてくれている」
一拍置いたレイナールは思案する様子で、微かに目を伏せる。
「……肩入れの仕方から、やっぱりナラネスラ王国を故郷にしていると考えるのが自然だけど……いくら兄さんに命を救われたと言ったって、いや、そういう清純な動機だからこそ、出自を隠すという罪を犯してまで政治に関わる必要があるとは思えない……とはいえスパイにしては、リンデル王国に利益をもたらしすぎている……」
レイナールは芝居がかった仕草でうーん、と唸った後、改めてクロードの方に目線を合わせた。
「……嫌いなのはリンデル王国でもナラネスラ王国でもなくて、僕だとしか思えないなぁ?」
レイナールを玉座から遠ざけるためだけに、クロードはリンデル王国の土を踏んだということである。
フレデリックの側近となったのもレイナールと敵対しやすい立場を得るためで、当然フレデリックとの逸話も自作自演。
クロードが反応を見せない中、紫眼の第二王子は続ける。
「まあ出自を考えれば、正確には僕というより、ナラネスラの王族を憎んでるのかな。細かい事情までは分からないけど、少なくとも彼らの血を継ぐ僕が玉座につくことを、どうにか阻止しようという意思は常々感じてるよ」
「……」
射抜くような視線で見つめられたクロードは、ここまで来ると適当に誤魔化した方がより具合の悪いことになると悟ってか、諦めたようにため息をついた。
――しかし発せられた言葉は、誤魔化しでこそ無かったが、レイナールの追及を完全に肯定するものでも無かった。
「失礼ながら申し上げますと、私の行動は殿下の仰るような動機によるものではありません。……いえ、それでは語弊がありますね。殿下を玉座から遠ざけること自体を目標にはしていない、と申し上げた方が正しいでしょうか」
含みを持たせた言い方ではあるが、彼の意味するところは明白。
自分とナラネスラ王国との間に因縁などは存在せず、ただレイナールが玉座から遠ざかることによって得られる結果が欲しいだけなのだという主張しているのだ。
結果とは無論、フレデリックの即位のことである。
「そうか。でもそれは、クロードが日頃ナラネスラ王国に便宜を図ろうとしてる理由にはならないんじゃない?」
レイナールから冷静な指摘を受けたクロードは、しかし動揺を見せない。もっとも、不本意そうではあるが。
見ていたシャーロットは何となく嫌な予感を覚えたが、二人の会話は彼女が口を挟む隙もなく進んでいった。
「いいえ、なるはずです。フレデリック殿下を国王にするには、先程も話に上がった通り、強敵たる貴方様をどうにかしなければなりません」
「それとこれとはどんな関係が……あー……」
言いながら答えに辿り着いたらしいレイナールは、納得の色を見せながらも顔を顰めた。
そこまで考えが行っていなかったことを悔やんでいるのだ。
「……王位争いにおける僕の最大の弱点は、つい最近まで敵国だったナラネスラ王国の血が流れていること、だね」
レイナールの呟きに、クロードは答え合わせをするようにゆっくりと頷く。
「ええ。人質のような形で国王陛下に嫁がれたローズマリー様の御子息の即位など、普通なら国民が許しません。
しかし殿下はそんな逆境の中でも非常に巧妙に立ち回り、かなりの支持を受けるようになられました。それは私たちにとって、殿下を降ろすことが想定以上に難しくなってしまったということです」
聞いていたシャーロットは、改めて考えるととんでもない話だと思った。
政治も武術も苦手というどうしようもない設定で、よくもまあ国民人気で兄に張れるところまで来たものだ。
それを成したのは、彼の並々ならぬ人心掌握術だろうか。
……はたまたその、麗しきご尊顔だろうか。
シャーロットが神のもたらす人類の不平等について真剣に考えている間に、レイナールは浮かない顔のまま話を締めた。
「そして考えたのは、ナラネスラ王国関連の政治を行う際に僕を揺さぶること……僕がナラネスラ王国寄りの考え方を持っている言質を取ることを狙ってたんだね」
「その通りです」
ナラネスラ王国関連の話題が上がったとき、試されていたのはクロードではなくレイナールの方だったということ。
完全に一枚上手を行かれた形だ。レイナールが苦い顔をするのにも頷ける。
「……この国の王子に産み落とされた時点で、母上の実家に忖度してしまうような覚悟の決め方はしてないよ」
「そのようですね」
現にこれまで一度も言質を取ることは叶いませんでした、と付け足されても、レイナールは慰められた様子になかった。
状況をしっかり吟味出来ていなかったことが余程ショックなのだろう。
贅沢な男である。
「えっと……」
とりあえずこの場を適当に収めようと思ったシャーロットが口を開こうとしたが、それはクロードの独り言じみた打ち明け話に遮られた。
「……私は随分昔から、フレデリック殿下は仕事の大雑把さが目立っていると思っていました」
突然の、仮にも直属の主に対する明け透けな物言いは、聞く者が聞けば不敬罪と叫ぶものだった。
しかしレイナールは全く気にする様子なく、逆により詳細な情報を聞き出す姿勢に入る。
「……そう思ってたのは兄さんと出会う前から? それとも後から?」
「前からです」
「ふーん……それで放っておけなくなっちゃった?」
「簡単に言うと、そうですね」
さらりと肯定するクロードに、聞いていたシャーロットは驚愕に目を見開く。
彼は、フレデリックに救われたことが自分の計画だったことを、間接的に認めたのである。
シャーロットの疑った通りだったということだ。
自分はナラネスラ王国ではなくリンデル王国の民としては、政治に介入する意思があった。それを打ち明けてしまうことのデメリットは聞いた者に警戒されてしまうことだが、レイナールやシャーロットは既に彼を警戒しているので関係ない。
それなら本音を話しておくことで少しでも信用を得ておこうと考えたのだろう。
まあ、妥当な判断だ。
……もっとも、今クロードの話していることが本音だとは限らないが。
「王太子の最有力候補だという理由で、弟君ではなくフレデリック殿下に接近したのですが、実際に政務を取り仕切っているのがほぼ弟君の方だと知った時には驚きましたよ。その後の身の振り方に悩んだほどです」
「……結局兄さんの元を離れなかったのは、兄さんが国王から異常なまでの愛情を注がれていたからか」
「ええ。このままいけば、いくらフレデリック殿下の評判が下がろうとも、国王陛下の一声で即位されるだろうと考えました。それならば私がフレデリック殿下の元につき、国民からの高い評価を保てるよう支えていくのが、最善ではないかと」
淡々とした口調で語られた心の内には、「フレデリック本人に対する敬愛」などの、本来臣下の行動原理たるべきものが微塵も存在しなかった。
シャーロットは思わず天敵であるはずのフレデリックに同情の念を覚えたが、レイナールもクロードも、そこに引っかかった様子は全くない。
一国を治めるということはきっと、そういうことなのだろう。
レイナールは軽く頷くことでクロードの考えへの理解を示した後、その行動原理を問う。
「……なぜ、そこまでするの?」
「理由なんて必要ありませんよ。人間は、支え合うことで生き残ってきた種族。
安定した社会を築くため、みなが自分の出来ることを最大限に行っていかなければなりません。そして、人よりも才に恵まれた私は、それを社会に還元しなければならない。それだけのことです」
どこまでも利他的な思想は、しかしシャーロットには、ひと匙の狂気を孕んでいるようにも見えた。
――シャーロットの中で、どうにか彼を取り込みたいという希望が、彼の考えを変えることは出来そうにないという諦念に変わる瞬間だった。
アンナは王座を獲るのはレイナールだと確信していて、クロードはフレデリックだと確信している。
対してシャーロットは未だ、自信を持った推測をすることが出来ていない。
……それでも、レイナールに報われて欲しいという思いは自分が誰よりも強いだろうと、それくらいはシャーロットも自覚していた。
「クロード様」
この部屋に入って初めて口を開いたシャーロットの口調は、しっかりとしたものだった。
「――十年後には、一緒にケーキが作れたら嬉しいです」
どうなっても恨みっこなしにしましょうと、 そんな思いを込めて微笑みかける。
そんなシャーロットに、クロードは静かに目礼だけし、書斎を出て行った。
シャーロットの目には一瞬だけ、彼の瞳が揺れたように見えた。




