第79話 気まぐれメイドは突然です
机の上に積まれた書類を見て、僕は軽く頭をかかえた……
「(山……?)」
紙100枚の束が大人の握りこぶし1~2個分くらいの厚さになるって考えたとしたら、目の前の山は3000枚くらいある事になる。
「(あ、でも羊皮紙か……じゃ、もう少し少ないかな?)」
前世の上質で薄い紙と違って、この世界じゃ王侯貴族でも基本は羊皮紙だ。
しかも薄く加工するための手間があまりかけられてないみたいで少し厚みがあるし、端に丸まるクセがついてるせいで、重ねられてる山にはところどころに隙間が見える―――それを踏まえたって1000枚はありそう。
「覚悟はしてたけど領地経営って大変だよね、やっぱり……」
よくある創作物語なんかだと、この辺の書類仕事の描写がなくて、余裕でやってるようなお話も多いけど、実際に実態ある権力や土地を持ったら仕事の7~8割は机と向き合う地味な事務仕事がメインになるのが現実だ。
それだけ手続きだとか情報整理だとか承認ごとだとか、書類上で処理することがすごく多い。
上がってくる税収で富貴にまみれた楽々人生―――なんて考えてる人がいるとしたら、今すぐその幻想を頭から消すべき。
「(まぁ、これでも少ない方だろうなぁ……)」
目の前に積まれてる書類は、あくまで僕にしか処理できないモノだけ。
実際は、この10倍近い量の書類があって、僕の名代領主であるコロック=マグ=ウァイラン氏が日々、現地のルクートヴァーリング地方で処理してくれてる。
届けてくれた彼の事務官の人によると、少しでも殿下の負担を減らすべしって、コロック氏がすごーく頑張ってくれてるようで、目の前の書類は本当にどう頑張っても僕の目とサインがいる最低限のものなのだそう。
「うん、頑張ろう。たまの完全休日だからって、気を緩めてた僕が悪いんだ」
今日は何のスケジュールも入っていない完全なお休みの日だった。そこへ届いたのがこの書類の山、というわけだ。
領地の獲得でやらなくちゃいけない事が増えるのは分かってたこと―――僕は深呼吸してから椅子に座った。
「ええっと、まず一番上のは……税金の上納証書。これは確認のサインだけっと。次は―――」
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書類仕事を始めてから1時間。思ってたよりも、紙の山は順調に減っていた。
「(すごいなー、これ……ほとんど僕がサインするだけでいいようにまとめられてて、特別な知識だとか不要で、何か僕が記さなくちゃいけないことだとかも全然ない。コロック氏を名代領主に指名したのは大正解だね)」
でもこっちが楽できる分、それだけあっちに負担がかかってるって事だ。ただ喜んでいるわけにもいかない。
僕は僕で、コロック氏の負担軽減を考えて実行しなくっちゃ。
コンコン、コン……
『失礼します、殿下。ご入室してもよろしいでしょうか?』
「はい、どうぞ。開いてますよ」
メイドさんがお茶でも持ってきてくれた―――と、僕は油断した。
ガチャ、ダダッ!! ガバァッ!
「!!!?!?」
「ふっふっふぅ~、油断してたでしょ殿下♪」
ヘカチェリーナだ。わざわざ声色を変えて他のメイドのフリを……やられた!
「ええ、と……油断していたのは事実ですけれど、とりあえず股間をまさぐるのはやめてくれませんか?」
机の上の紙山で視界が不明瞭だったのもあるけど、意識が書類のほうに集中してたのが一番大きい。
……にしても、わざわざ回り込んで後ろから飛びついてきて、最初にすることが股間をまさぐるのは、メイドとしても貴族令嬢としてもいかがなものか。
「へ~ぇ、パパってはなかなかやるんだ、ふ~ん」
机の上に脚を組んで座り、書類を何枚か眺めるヘカチェリーナ。
どうやら事務仕事の方面は詳しくないようで、僕がどれだけ彼女の父が優秀かつ頑張っているかを、届いた書類の内容も少し踏まえつつ説明すると、かなり驚いてた。
「(コロック氏は普段、仕事している姿はあまり家族に見せなかったのかな)」
ヘカチェリーナの実家は、とてもアットホームだ。
それでいて貴族家として修めるものは修めていて、一見すると貴族令嬢としては不真面目なヘカチェリーナも、その気になれば僕が知ってる女性陣の中では1、2位を争う教養・礼儀・作法・所作を修めているコだ。
そんな彼女が父親の実務能力を知らないということは、コロック氏はあまり執政の現場に娘を触れさせなかったのかもしれない。
「(まぁ、公私混同しない必要な線引きなだけなのかもだけど)」
気弱で娘に甘いように見えてもやっぱり一児の父親なんだなぁと、僕がコロック氏に先輩感を感じていると―――
「………」
ヘカチェリーナが何故か黙ったまま書類を注視していた。途中で、思いっきり下着が僕に見えるのもお構いなしに、何度か脚の組み換えを踏まえること数分。
どうも彼女の視線の動きを見るかぎり、書類の内容が気になるとかじゃなく、もっと別のことを考えているような雰囲気―――書類を読んでる風なのは、深く何かを考える時の、彼女なりのポーズだ。
「……。………どうかしましたか、ヘカチェリーナ? あと仕事が進められないのでそろそろ机から降りてください」
「あー、ゴメゴメ。座り心地よくってつい長居しちゃった。……よっ、と」
ドサッ!
「っ!? どこにおりて―――」
……ムチュッ!
本当に突然だった。
机の上から飛び降りたと思えば、ヘカチェリーナは股を開いて椅子に座っていた僕の上に飛び乗った。
そして後ろに両腕を回してきて僕の頭を逃がさないように抱えると、思いっきり口付けしてきたんだ。
「???!」
クチュクチュ……ヂュルッ……
隙間のない唇同士の深いキス。舌を口の中で回して唾液を増やすと、僕の方へとたっぷり送り込んでくる。
年上だけど背丈は同じくらい。だけど僕の太ももの上に乗っかってるから、ヘカチェリーナの顔の方が上に来る。なので僕は、ほぼ強引に抑え込まれるようにして上から彼女の唾液を注がれた。
「………」
しかもヘカチェリーナはずっと両目を開いたまま。まるで恥じらうことなく、しかも瞳にはどこか真剣さが感じられる―――本気の輝き。
だからなのか。僕もつい目を開いたまま、彼女と視線を合わせてた。逸らそうとせず真っすぐに。
ゴクン………
口の中がヘカチェリーナの唾液でいっぱいになって、飲み込む。でもヘカチェリーナは口をはなさない。
目も変わらずに僕を見つめたまま、瞬きを除いて一瞬たりとも逸らさない。
「………」
僕は思った。これは―――
「(―――本当にその気だ)」
何を思ってのことなのかは分からない。けどヘカチェリーナは今、ここで引く気がまったくない。逃がさないし拒絶もさせない、いきつくところまでいく気だ。
それを理解した僕は、何も言わずこのままし返すことにする。
この日、僕は椅子に腰かけたまま彼女の初めてを奪い、愛した。




