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暗夜の足跡

『天柱の檻』の長い螺旋階段を駆け上がる中、鉄靴の足音が重々しく響いていた。

しかし、それは階段を上るレインたちの足音だけではない。下方から急速に迫ってくる、訓練された近衛騎士たちの追撃音だ。

「――逃がすな! 『勇者殺し』が脱獄したぞ!」

「聖域の警備隊を招集しろ! 相手は元隊長だ、油断するな!」

不敵に笑っていたエルシアの「少し止まっててもらった」という術も、長くは持たなかったらしい。冷気を含んだ地下通路に、金属同士が擦れ合う殺気立った音が反響する。

「……ずいぶんと賑やかになってきたわね」

レインの少し後ろを軽やかに付いてくるエルシアが、他人事のように呟いた。

「おい……時間を止めたんじゃなかったのか」

「少しだけと言ったでしょう? 私は万能の魔法使いではないの。それに、貴方がさっさと決断しないから余計な時間を食ったのよ」

不敵に微笑む少女の横顔を見ながら、レインは固い柄を握り直す。

腰に下げたのは、脱獄の際に監獄の備品庫から掠め取った近衛騎士団の標準的な長剣。自らがかつて部下たちに支給していたものと同じ、見慣れた鉄の塊だ。

「……追ってきたのは近衛の第二部隊か。足音の揃い方で分かる」

「昔の部下と戦う気になる? 『英雄殺し』の罪に加えて、かつての仲間まで斬るなんて、いよいよ救いようのない悪党になれるわね」

「嫌なことを言う…斬りやしない。……足止めだけだ」

踊り場に差し掛かった瞬間、レインは足を止め、振り返ると同時に長剣の鞘を抜き払い、階段の支持柱を繋ぐ古い鉄製の固定具へと正確無比な一撃を叩き込んだ。

スパァン――ッ!

正確な斬撃が固定具を断ち切り、老朽化した石造りの踊り場が轟音を立てて崩落する。追撃してきた騎士たちの悲鳴と、崩れる石塊の煙が階段を下から埋め尽くした。

「流石は元隊長。手際が良いこと」

「崩落で死ぬような間抜けは、近衛には一人もいない。……時間が惜しい、行くぞ」

一千年の歴史の中、世界は常に『魔王の血嗣』の脅威に晒されてきた。

数年から数十年に一度、世界各地の霊脈が狂い、強大な魔力のかたまりである「血嗣」が誕生する。普段の血嗣であれば、王国の誇る騎士団や、命を賭す冒険者たち、魔導士たちの集団によって多大な犠牲を払いながらもなんとか退けられてきた。

だが――数千、数万の人間が束になっても傷一つつけられない「世界を滅ぼすレベルの特大の血嗣」が顕現した時。

その絶望の底で初めて、神託が下り、一人の人間が『勇者』として選ばれる。

千年間で、わずか四十七人。

民にとっては「数十年か数十年に一度しか現れない、伝説の絶対的救世主」であり、王国にとっては「国を救う最大の象徴」。

だからこそ、民は彼らを神のごとく崇め、その死を涙と共に国家の聖なる歴史に刻んできた。

……だが、その四十七人全員が、特大の血嗣を倒したのちに、この『天柱の檻』で謎の死を遂げているのだ。

「四十七人の勇者……。一千年の間に積み重ねられてきた、神話という名の巨大な棺か」

「ええ。都合のいい救世主を立て、世界を救わせ、用が済んだらこの塔で人知れず処分する。……一千年の間、人々はこの綺麗に整えられた神話を疑うことすらしてこなかったわ」

エルシアの冷ややかな言葉が、雨の混じる風に乗ってレインの耳を打つ。

一千年にわたり紡がれてきた、あまりにも出来過ぎた歴史。レインはその深遠すぎる闇の入り口に、今まさに足を踏み入れようとしていた。

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