5 火竜
サクラとクライオスが宿の部屋へ入り扉を閉めると、霊石に宿っていた精霊たちが姿を現した。
『サクラよ。もしかして、炎帝山へ行くつもりか?』
どっこいしょ、と椅子に腰を下ろしながら、ホルムが尋ねた。
「うん。火竜さんに会って、魔力を分けてもらえないか頼んでみるの」
『もう十分に稼いだのじゃから、あえて危険を冒す必要はなかろう。相手は恐ろしい奴かもしれんのじゃぞ』
この帝国では深刻な砂漠化が進んでおり、樹木の伐採は国法によって厳しく禁じられている。その代わり、国が炊事用の薪を輸入し国民に支給していた。
しかし、財政難のため十分には行き渡らず、街の住人は不足分を自ら購入して凌いでいるのが現状だ。
その一方で、スラムの住人は買う金がないばかりか、役人の横流しにより薪がほとんど届かない。そのため、彼らによる違法伐採が後を絶たず、街の住人から忌み嫌われる原因の一つになっていた。
それをサラーマから聞いたサクラは、火竜の魔力を蓄えた魔石が、薪の代用になれば多くの人が救われると考えたのだ。
その思いを彼女は、ホルムとフィーネに切々と訴えかけた。
『まったく、サクラのお人好しには困ったものじゃのう』
『ホルムジイの言う通りよ。アタシたちはね、サクラが心配なの』
フィーネがホルムの意見に同調し、火竜との接触を強く反対した。
「二人とも、ありがとう。でもね、氷竜に会うため氷牙山へ行った時も、二人は同じように反対したでしょ。だけど、わたしはクライオスに出会えて、心から良かったと思っているの。ねぇ、二人はどうかな?」
『それは、そうだけど……』
『ふむ。ワシとて、出会えて良かったと思っておる。クライオスのおかげで、上空から絶景を拝むこともできたからな。じゃが、火竜も同じように話の通じる相手だとは限らんじゃろ』
まだクライオスはうまく人語をしゃべれないので、精霊の二人とはまともに会話ができない。それでも三人はサクラの親友として信頼関係を築き、互いを認め合う仲となっていた。
「氷牙山へ行った時、ホルム爺やフィーネ、それに白狼さんが助けてくれなかったら、わたしは獣の餌食になっていたわ。クライオスやセレーネ、みんなが力を貸してくれたから、今のわたしがあるのよ。みんなには心から感謝しているわ。だから、わたしも困っている人がいたら力になりたいの」
サクラが思いの丈をぶつけると、ホルムは諦めたように深々とため息を漏らした。
彼女の困っている人を放っておけない性分は、父親ゆずりであることをホルムは知っていたからだ。
『ふぅ、仕方ないのう。そんな優しいサクラじゃからこそ、ワシらは惹かれたのじゃしな。じゃが、危険だと判断したら即座に引くこと。よいな』
『仕方ないわね。だけど、絶対に無理しちゃダメよ。わかった、サクラ?』
「うん。二人とも、ありがとう」
サクラは精霊たちを説得した後、クライオスに竜語で説明して協力を求めた。
『火竜か……。同じ竜として興味はあるけど、会いに行くのは反対だよ。その火竜は、ボクよりもはるかに強いはず。もし襲われたらサクラを守りきれないもん。そんなの絶対に嫌だから!』
「クライオスの助けが必要なの。だから、お願いよ。力を貸してちょうだい」
大好きなサクラに真剣な眼差しで懇願され、クライオスは拒むことができなかった。
『ううっ……わかったよ。だけど、絶対に無茶はしないって約束して。それから……モフモフしてくれる?』
青年姿のまま彼は、もじもじしながらおねだりして、白狼へと姿を変えた。
馬車を使うようになってから、白狼の出番がなくなりモフモフされなくなったクライオスは、欲求不満を募らせていたのだ。
「ありがとう。クライオス」
サクラが嬉しそうに抱きつき、頬ずりしながらモフモフすると、精悍な顔立ちの白狼が締まりのない駄目犬のようになった。
クライオスにとってサクラのモフモフは、最高の御褒美なのだ。
◇◆◇◆◇
翌朝。ガルド支部長には今日帰ると伝えていたため、最高級宿を後にしたサクラたちは、別の宿を確保して馬車を預けた。炎帝山から戻ってこられるのは夕方になりそうなので、もう一泊してから明日サジュラへ帰る予定だ。
精霊をペンダントの霊石に宿したサクラは、クライオスを連れて炎帝山を目指した。
二人はバルカンを出た後、しばらく砂漠を歩いて周囲に人影がないことを確認すると、クライオスは精悍な白狼へと姿を変えた。
灼熱の砂漠を、サクラを乗せたクライオスが砂煙を巻き上げながら猛然と突き進む。
山に近づくにつれ気温はいっそう上がっていったが、クライオスが放つ冷気のおかげでサクラは快適だった。
時折休憩を挟みながら走り続けること一時間。ようやく、一行は炎帝山の傍まで辿り着いた。そこからは火竜を警戒しつつ、慎重に麓へと近づいていく。
荒涼とした砂漠にぽつんと聳え立つ炎帝山は、草木が一本も生えていない巨大な岩山である。
「フィーネ、お願い。山頂の様子を見てきてくれる?」
『任せてちょうだい』
霊石から離れたフィーネは、山頂の偵察へと向かった。
やがて戻って来た彼女は、サクラの前に姿を現すと、身振り手振りを交えて報告した。
『山頂付近に大きな洞窟があって、その奥に火竜がいたわよ。クライオスの氷竜よりもデカくて、かなりヤバそうな奴だったわ』
「クライオス、火竜さんに竜語は通じるかしら?」
『わからないよ。だってボク、家族以外の竜に会ったことはないもん』
試しにサクラは竜語で語りかけ、その声をフィーネに火竜の耳元へと届けてもらった。
「火竜さん。わたしの言葉がわかる?」
普段は山に近づく者など誰一人おらず、火竜がうとうとと油断していると、不意にサクラの声が聞こえてきた。火竜はびくりと巨体を震わせ、双眸を見開いて周囲を睨みつけた。
『な、何者だ! どこにおる!?』
「麓にいるわ」
フィーネが風に乗せて、火竜とサクラの声を交互に運び届けた。
地響きを伴って洞窟から出てきた巨竜は、獲物を狙うような目で麓を見下ろし、サクラたちの姿を捉えるや否や、巨大な翼を広げて飛び立った。
そのまま山肌に沿うように滑空し、地表近くで翼を力強く羽ばたかせて砂煙を巻き上げながら、サクラたちの前へと降り立った。
巨躯の火竜が、鋭い眼光でサクラたちをギロリと睨みつける。
『ワレに語りかけたのは、貴様らか?』
「そうよ。火竜さんにお願いがあるの。魔力を分けてくれないかしら?」
火竜の威圧感に押し潰されそうになりながらも、サクラは勇気を奮い立たせてお願いした。
『貴様、なぜ竜の言葉を解する? 人間に擬態した竜なのか?』
「竜語をしゃべれるけど、わたしは人間よ。竜は隣の彼で氷竜なの」
『その獣が氷竜だと? ならば、真の姿を見せてみろ』
サクラの合図を受け、クライオスは十分な距離を取ると、白狼から大きな氷竜へと姿を変えた。
『貴様、なぜ人間などと行動を共にしている?』
『サクラはボクの大切な友達なんだ。だから彼女を守るため一緒にいるんだ』
『人間を守るだと? ならば、ワレからその人間を守ってみせろ。それができぬなら、ワレの眷属となれ。もし守りきれたなら、ワレがその人間の眷属となって魔力を与えてやる』
火竜は成竜であり、子竜のクライオスよりもひと回り大きい。
しかも氷竜にとって、この灼熱の環境は圧倒的に不利である。
火竜にとって敗北は、万に一つも有り得ないことだった。
『………………』
火竜が放つ強烈な威圧感に、クライオスは気圧されて言葉を失ってしまう。
鋭い眼光に射竦められ、巨体をこわばらせたクライオスを見て、サクラは危険を察し撤退を決めた。
「ごめんなさい、火竜さん。魔力のことは諦めて帰るわ」
『フン。我が領域を侵しておきながら、ただで帰れると思うな。氷竜はワレの眷属になれ。さすれば、人間を生かして帰してやる』
なんとしても火竜は、氷竜を自らの配下に収めたかった。
「冗談じゃないわ。そんな要求、呑めるわけないでしょ!」
『黙れ!! 人間の分際で、ワレに楯突くつもりか!』
火竜にとって人間など、地を這う虫けらも同然。取るに足りない存在である。その虫けらに歯向かわれ、火竜は怒りを露わに地響きを轟かせながら咆哮した。
『わかったよ、アンタに従う。だから、サクラには手を出さないでくれ』
「駄目よ、クライオス! ずっと一緒に旅をするって、約束してくれたじゃない。わたしには、あなたが必要なの」
『でも、このままじゃサクラが殺されちゃう。そうなったらボクは……』
サクラを守るためなら、クライオスは自分を犠牲にすることも厭わなかった。
窮地に立たされたサクラは、霊石に宿るホルムとフィーネに助けを求めた。
『もうクライオスは、ワシらの大切な仲間じゃ。引き渡すわけにはいかぬ!』
『そうよ! あんな奴に、渡してなるものですか!』
(みんなで力を合わせれば、きっと勝てるわ!)
仲間たちの力強い言葉に背中を押され、サクラは声高に言い放った。
「火竜さん。その勝負、受けて立つわ!」




