純白のドレスと、消えない独占欲
聖女としての完全な覚醒を遂げてから、私の周囲は目まぐるしい変化に包まれました。 以前は「魔王の伴侶」として畏怖の対象だった私ですが、今では「帝国の救世主」として、国民から絶大な支持を受けるようになってしまったのです。
宮廷の回廊を歩けば、騎士たちは一斉に剣を捧げて跪き、侍女たちは私の姿を見るだけで感極まって涙を流します。 「レティシア様、どうかこちらの刺繍をお選びください。陛下の瞳と同じ、最高級の真紅のルビーをあしらったベールでございます」 そう言って私を囲むのは、帝都随一の腕を持つと言われるお針子たちでした。
今、私は婚礼のための衣装合わせの真っ最中です。 鏡の中に映る自分は、白銀の髪を高く結い上げ、月の光を織り込んだような純白のシルクドレスに身を包んでいました。 かつて物置小屋で泥にまみれていた私とは、まるで別人のようです。 「……本当に、私なのでしょうか」 ぽつりと零した言葉に、背後から聞き慣れた低い声が答えました。
「当然だろう。世界で一番美しく、私のすべてを支配する女性の姿だ」 いつの間にか入室していたヴォルデレード様が、熱のこもった視線で私を見つめていました。 彼は私の肩に手を置くと、鏡越しにじっと私の瞳を覗き込みます。その指先が首筋に触れるたび、肌が粟立つような心地よい緊張感が走りました。
「閣下、婚礼の儀までお姿を見せてはいけない決まりでは……」 「そんな退屈な慣習、誰が作った。私は一秒たりとも、君を独り占めできない時間を許容するつもりはないのだぞ」 彼はそう言うと、お針子たちを下がらせ、二人きりになった室内で私を抱き寄せました。 ドレスの裾が擦れる音が、静かな部屋に大きく響きます。
「レティシア。君が覚醒し、翼を得た時、私は正直に言って恐ろしかった。……君がこのまま空へ飛び去り、どこか手の届かない神の領域へ行ってしまうのではないかと、心臓が止まる思いだったのだ」 彼の大きな手が、私の腰を折れそうなほど強く締め付けます。 強大な魔王が、一人の少女を失うことにこれほど怯えている。その愛の重さが、今は何よりも愛おしく感じられました。
「どこへも行きません。私は、あなたの妃になるために生まれてきたのですから。……この翼も、力も、すべてあなたを護るために使いたいんです」 私が彼の頬に手を添えて微笑むと、ヴォルデレード様は耐えきれないといった様子で私の首筋に顔を埋めました。 「……ああ、君という人は。どうしてこうも私を狂わせる。……いっそこのまま、地下の奥深くへ閉じ込めて、私だけのものにできればどれほど楽か」
彼の独占欲は、日に日にその濃度を増しているようでした。 けれど、それを「怖い」と思わないのは、私自身も彼という深い闇に、心まで浸かってしまっているからなのでしょう。 「いいですよ。あなたがそう望むなら、私は一生、あなたの腕の中でもがいてあげます」 「……ふっ、手厳しいな。我が聖女様は、いつの間にか私を飼い慣らす術を身につけてしまったらしい」
ヴォルデレード様は愉快そうに笑うと、私の髪に幾度も口づけを落としました。 幸せな、あまりに幸せなひととき。 けれど、そんな私たちの平穏を切り裂くように、部屋の扉が激しく叩かれました。
「陛下! 緊急事態にございます! 北の国境付近にて、アステリア王国の残党が聖女様を『盗まれた供物』と称し、奪還軍を差し向けて参りました!」 報告を聞いた瞬間、ヴォルデレード様の瞳から温度が消えました。 代わりに溢れ出したのは、すべてを焼き尽くすような苛烈な魔圧です。 「……死に急いだか、愚か者ども。レティシアを『供物』と呼ぶその舌、根元から引き抜いてくれるわ」
彼は私を一度強く抱きしめると、翻って漆黒の翼を大きく広げました。 「レティシア、少し待っていてくれ。羽虫を一掃してくるだけだ。君のドレスを汚す価値もない連中だ、私が直々に消し去ってこよう」 「……お気をつけて。あなた」 私は彼の背中を見送りながら、静かに祈りを捧げました。 かつて私を捨てた国が、今度は私を求めて滅びへと突き進む。その因果応報を、私はただ見守るしかなかったのです。




