光と闇の織りなす、永遠の神話
ノクティス帝国の空は、今日もどこまでも澄み渡るような青に染まっていました。
私がこの国に連れてこられてから、早いもので数年の月日が流れました。 かつて「絶望の森」で死を待っていた、あの痩せ細った少女の面影は、今の私にはもうどこにもありません。
鏡の中に映るのは、艶やかな白銀の髪をなびかせ、慈愛に満ちた瞳を持つ一人の女性。 帝国の母として、そしてヴォルデレード様の唯一の妻として、私はこの上ない幸福の中にいました。
「……ふふ、今日も元気ね」
私はそっと、膨らみ始めた自分のお腹に手を当てました。 そこには、私とヴォルデレード様の愛の結晶が宿っています。 光と闇、二つの異なる力を受け継ぐ新しい命。 この子が生まれてくる日を想像するだけで、胸の奥が温かな光で満たされるようでした。
そこへ、背後から音もなく力強い腕が回り、私を優しく包み込みました。
「レティシア。あまり無理をするなと言っただろう。また庭園で花を咲かせていたそうだな」
聞き慣れた、耳に心地よく響く低い声。 ヴォルデレード様は私の肩に顎を乗せ、慈しむように私とお腹に手を添えました。
「ヴォルデレード様、お帰りなさい。……でも、お花たちがもっと光が欲しいと言っていたものですから」
「君は優しすぎる。その強大すぎる聖女の力は、本来なら世界一つを容易に作り替えられるほどのものだというのに。……それをたかが庭の草花のために使うのは、君くらいなものだ」
彼は少しだけ呆れたように笑いながらも、その緋色の瞳には深い愛おしさが滲んでいました。 皇帝としての執務で忙しいはずの彼ですが、私が懐妊してからは、片時も離れたくないと言わんばかりの溺愛ぶりを見せています。
「私にとっては、この平和な庭園を守ることこそが、何よりも大切な仕事なのです。……あなたと、この子が笑って過ごせる場所を」
「……ああ、本当に。君という人は、どこまで私を骨抜きにすれば気が済むのだ」
ヴォルデレード様は私の髪に、幾度も深く口づけを落としました。 その仕草は、出会った頃よりもずっと情熱的で、そして独占欲に満ちています。
そんな穏やかな時間の中に、一人の老いた文官が報告に現れました。 彼は申し訳なさそうに頭を下げると、私たちが最も忘れたい場所の「その後」について語り始めました。
「陛下、レティシア様。……アステリア王国の件で、最終的な報告が入りました」
アステリア王国。 私を捨て、虐げ、利用しようとした、かつての故郷。 あの光の障壁によって断絶された後の彼らの末路を、私は静かに聞くことにしました。
「聖女の力を失ったあの国は、急速に大地が枯れ果て、今や見る影もございません。……アステリア伯爵は、残った財産を巡る争いで没落し、今は王都の片隅で物乞いをして生き延びているとのことです」
お父様が、物乞いに。 あんなに誇り高く、私を汚物のように見ていた方が。
「そして、お姉様……エルヴィラ嬢は、いかがなさいましたか?」
私の問いに、文官は少し言い淀んだ後、続けました。
「彼女は……最後まで自分が聖女であると叫び続け、今では心を病んで幽閉されているそうです。髪は抜け落ち、かつての美貌は失われ、鏡を見るたびにレティシア様の名前を呼んで泣き叫んでいるとか」
私は、窓の外を眺めました。 悲しみも、怒りも、もう湧いてはきませんでした。 ただ、あるべき場所に、あるべき結果が訪れたのだという、静かな納得だけがありました。
「……そうですか。教えてくれて、ありがとう」
私がそう告げると、ヴォルデレード様が私の肩を抱く手に、ぎゅっと力が込められました。
「もういいだろう。あのような連中の名前を、二度と君の美しい口から出させる必要はない。……彼らは、自分たちが捨てた光がいかに尊かったか、永遠に後悔し続けながら朽ちていくのが相応しい」
彼の言葉は冷酷でしたが、それは私を想ってのこと。 私は彼の胸に寄り添い、過去という重荷を完全に下ろしました。
数ヶ月後。 帝国中に歓喜の叫びが響き渡りました。
私とヴォルデレード様の間に、元気な男の子が生まれたのです。 その子は、陛下と同じ漆黒の髪を持ちながら、瞳は私と同じ輝くようなエメラルド色をしていました。
「……見てください。あなたの瞳にそっくりですよ」
ベッドの上で、私は生まれたばかりの赤子を抱きながら微笑みました。 ヴォルデレード様は、まるで壊れ物を扱うかのような震える手で、その小さな頬に触れました。
「……私の宝が、また一つ増えてしまったな。レティシア、君に感謝を。……この命に代えても、二人を護り抜くと誓おう」
その夜、帝都の空には見たこともないほどの美しいオーロラが広がりました。 聖女の光と魔王の闇が溶け合い、世界を祝福するように輝いています。
それからというもの、ヴォルデレード様の独占欲は息子にまで向けられるようになりました。 「レティシア、あまりその子ばかり構うな。私の時間がなくなる」 「まあ、実の息子に嫉妬するなんて……ふふ、閣下は本当に困った方ですね」
そんな贅沢な悩みを抱えながら、私たちの毎日は笑いと愛に包まれていきました。
帝国の歴史書には、後にこう記されることでしょう。 「最も恐れられた魔王と、最も愛された聖女が、世界に永遠の繁栄をもたらした」と。
けれど、私にとってはそんな大層な記録よりも、今、目の前で愛おしそうに私を見つめる彼の瞳こそが、すべてでした。
「愛しているよ、レティシア。……昨日よりも、今日。今日よりも、明日のほうが、私は君を愛してしまうだろう」
「……はい、あなた。私も、あなたを一生、いいえ、生まれ変わっても愛し続けます」
重なる二つの影。 流れる時間はどこまでも甘く、溶けてしまいそうなほど。 かつて孤独だった少女が手に入れたのは、世界で一番甘い、魔王様からの終わりのない溺愛でした。
光と闇が溶け合うこの国で、私たちの物語は、これからも永遠に続いていくのです。




