#5 生きてほしい(1)
宇宙空間。小惑星帯に紛れて、
1人の人工知能がそこで浮いていた。人工知能の名は、コア。
コアのバレーボール型の体は、戦いによって
傷つき、意識はもうろうとしていた。
宇宙犯罪者デッド・オリオンを探していた、レジスタンスのパトロール部隊が、
コアを回収してくれた。
コアはすぐに、レジスタンスの司令官の元へ連れて来られた。
「アリーヤ……」
もうろうとする意識の中で、コアはアリーヤの名を口にした。
「アリーヤとは誰だ?」
レジスタンスの司令官が訊く。
「彼女は勇者です」
コアはそう言い、活動を休止した。
エデン・コロニー。それは宇宙をただよう巨大な人工物。人間が宇宙に住むために建造した人工居住地である。
そんなエデン・コロニーの数ある住居の中に、ある青年が住んでいた。
名は、イトウ・マイク・リデル。年齢は17で、日系の青年だ。彼は街の中をさまよい歩いていた。
「ミノリ……俺はこの先、どうすればいいんだ」
彼はそう呟いた。
エデン・コロニーには数千もの種族の宇宙人たちが住んでいる。
その多くは、人間とはかけ離れた姿かたちをしていて、地球人はごく少数。
道の向かいから、高身長のウィーヴィル星人が歩いて来て、マイクの肩にぶつかった。
ウィーヴィル星人の若者は、マイクにウィーヴィル語の文句を言ったが、マイクは相手にしなかった。
地球人以外の多くの種族は、エデン・コロニーでは殆どが、幸せそうに暮らしている。
しかし、コロニーに住むごく少数の地球人達は、満足な就職先も、生活用品も殆ど手に入らなかった。
「見ろ、地球人だ。エデン・コロニーでデモや暴動を起こす、やっかいな連中だ」
「地球人には近寄るな」
そんな文句が、エデン・コロニーでは蔓延しているとマイクは痛感した。地球人に対する偏見や差別が根強いのだ。
マイクはふと、深い川の流れるとても大きな橋を見た。彼は思わず、その橋に近づいた。
「ここにおれの居場所は無い。ミノリ、まっててくれ」
彼は、橋の柵を乗り越えると、闇に吸い込まれる様に、そこから飛び降りようとした。
その時―
「だめだよ」
ふいに、マイクは服のそでをつかまれ、つかんだ人物は自らのもとへマイクを引っ張った。
「そんな事しちゃダメ。」
その人物は言う。
「離せよ」
マイクはその手を振り払おうとした。
「お前、誰だよ」
マイクはたずねた。
「イトウ・マイクさんですよね?
私はアリーヤ。旅人よ。」
エデン・コロニーのマイクの住居に、アリーヤは招かれた。
「なぜ、おれを助けた?」
「飛び降り現場を見かけたら、見過ごしてはおけないよ。あんな事はやめて。」
マイクの問いに、アリーヤは答える。
「この人工居住地に、おれの居場所はもう無い。地球人は迫害され、他の宇宙人は栄える……そんな世界はまっぴらだ。おれはミノリの所へ行こうとしたんだ。それをお前は」
「アリーヤ」
「アリーヤは邪魔したんだ。これ以上生きて何になる?」
「マイクさん、ミノリとは?」
アリーヤはたずねる。
マイクは、自らの部屋のすみに置かれている、古ぼけた写真を取り出した。
そこには、一組の少女と少年が写っていた。
「ミノリはな、おれにとって仲間より大切な人だったんだ。ところが、宇宙船で宇宙を駆け巡ってる最中、ミノリとおれは、何者かの襲撃を受けた。おれは助かったが、ミノリは……」
泣き崩れそうになるマイク。片手で、顔を覆う。
アリーヤは事情を知り、マイクの肩に手をのせた。
「辛いよね、くるしいよね、でも、自分の命を捨てないで。」
「アリーヤ、キミに何が分かる……キミは過去に、大切な人を失った事があるか?
せっかくの思いで、おれとミノリはここまで来たのに……
おれにはキボウは無い……」
その言葉に、アリーヤは言葉を返す事が出来なかった。
(天下の剣豪と呼ばれるイトウ・マイクは、大切な人を失った喪失感と、周囲の宇宙人たちによる偏見や差別にくるしんでいる。
リーフ・フライは彼を私の仲間にしろって言った。けど、こんなに傷付いたひとを、私は助けられるかな……)
次の日、朝方に目を覚ますマイク。
なにやらキッチンから、美味しそうな匂いが流れてくる。
「何の匂いだ?」
マイクがキッチンへ行くと、そこにはクリームシチューを作るアリーヤの姿があった。
「Hi,マイク!朝食だよ」
「お、おう。」
クリームシチューを頬張るマイク。
「うまい……これ、キミがつくったのか?」
「ここにある食材で作ったんだ。お金は家賃込みで払うから、」
「ここに居座るつもりか?」
「しばらくね」
「すきにしろ。ところで、キミは食べないのか?」
「クリームシチューの気分じゃないの。後で食パン買ってくるよ」
「エデン・コロニーにパンは無い。」
「そうなの?じゃあ、何食べようかな……」
「料理は、習ったのか?」
「小学生の頃に、習ったよ。今回はそれを再現しただけ」
「そうか。ミノリは、料理はしなかった。おれが料理担当だったからな。」
マイクは、物思いにふけった。
「今度は、おれが作るよ。何を食べたい?」
ふと、マイクの住居の窓を覗き込む、大きな巨体がいた。
アリーヤはハッと気付き、マイクにそれを伝えたが、外に出るとその巨体は消えていた。
つづく
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