表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

課長

 妹は男に捨てられて、飛行船にとられてしまった。たかが、男に捨てられただけで、と言ってしまえるのが僕の冷たさであり、僕が飛行船にとられない理由なんだろう、となんとなく、気づいている。


 みなさんのご推測のとおり、妹の死が原因で、僕はこの職業に就いた。妹の敵討ち、というのとはちょっと違うかもしれない。当時「とられる」人間の系統だなんて、まだみんな分からなかった事だけど、僕には妹の経験があったからなんとなく推測がついていた。だから、その推測を確かめたかったのかもしれない。また、家族も僕がこの職に就いたら喜ぶと、僕は知っていた。一見僕は妹思いの兄だった。妹がとられた事によって、僕の家庭は大きく壊されてしまったけど、僕がなんとか立て直した。そのために「妹思いの兄」を演じる事はとても必要だった。両親の心の安定のためにも。

 僕には長年付き合っていた恋人がいたので、就職と同時に婚約した。

 そして、その彼女もまた「とられて」しまった。

 これは、会社側、そして僕の推論でもあるのだけれど、飛行船を迎撃手の側にいる人間は、迎撃手本人をも含めての事だけれど「とられ」やすい。「とられる」のは個人の性質が深く関わっているものだけれど、もしかしたら、そのほかに「何か」の要因があって、迎撃手は飛行船からその「何か」をつれてきているのかもしれない。

 だけど、会社側はそれをあまり公表したくなく、僕はそこに付け込んで上手い事出世の道を得る。恋人であり許婚である人と引き換えに。

 もっとも、その許婚殿は僕が仕事に忙しい寂しさを理由にどこぞの男と頻繁に密会を繰り返していたらしいのだけど。そして、彼女が「とられた」のは僕にそのことが露見したまさにその時だったわけだけれど。なんて安易な現実逃避。

 それでも、さらに彼女を軽蔑すべきはそこじゃない。

 彼女の体はいつまでたっても消えない事。

 周囲は僕が彼女を取り戻したがっていると見ているのかもしれない。それは「恋人を失った」哀れむべき人間として、なかなか周囲の人間から好感をもって迎え入れられるから、あえて否定してみせないけれど。

 でも、僕はいつ彼女が消えるのかと興味深く待っている。

 昏々眠り続ける彼女の物言わぬ顔から、なんとなく、僕の許しを媚びて待つ様子を感じて疎ましく感じるのは僕の感情的な問題だろうか? 彼女の裏切りを許せていないだけなのだろうか? 

 僕は、もしかしたら彼女を取り戻せるのじゃないかと思っている。彼女に向かって僕が「許す」と言えば、眠り姫はすぐにでも目を醒ますのではないかと、そんな気がしてならない。だけど、僕はその言葉を言わない。代わりに「許さない」と囁く。

 僕の妹の体は、妹を捨てた男が他の女と結婚したその日に消え失せた。

 もしかしたら、彼らはどこかでこちらの様子を窺っているのではないかと、時々そんな事を考える。本社には内緒で、と約束してアオバから聞いた「体験談」を考えれば合致しないのだけど。

 

 「ヤハタ課長、とられますよ」

 窓から空を眺めていたら、ミサキさんがとん、と僕のデスクの端を指で叩いてそう言った。

 「まさか」

 「まさか?」

 とっさに言った言葉は鸚鵡返しに返される。「まさかなんて、ないですよ。社の人間で、とられてる人は少なくないんですから」

 僕の「まさか」は僕みたいな人間は、とられないんだという意味だったんだけれど、ミサキさんは生真面目に僕にそう説教してくれる。これはこれでありがたいことなのかもしれないと思って、甘んじて受け入れる。

 「すいません」

 「本当に分かっているのなら、ちゃんと点検してくださいね」

 僕は少し苦笑を漏らす。僕は彼女の方が、とられてしまうのではないかとずっと気にかかるのに、その彼女に心配されてしまっている。

 僕は冷たい人間だけど、こういう人たちはとられたくないなあ、と思っている。真摯で真面目で誠意溢れる彼女のような人たちが、現実から逃げ去って、戦う事もせずにあんな風に閉じこもってしまうのは本当に、見たくない。

 多分僕が今この仕事を続けているのは、きっと、妹の事でも婚約者の事でもなくて、そういった理由の気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ