寄り道
すっかりと人の気配は消え、閑散とした住宅街に出た。
くすんだコンクリートの凹凸の道が続いていた。
車道の端にある一本の白線が、歩道と車道の境界線となっていて、歩行者マークの青い標識は、茶色く褪せていた。
「レイン。また間違った?」
「いいや。今回はこっちであってるぞ」
レインは珍しく自信に満ちた声だった。
今は使われていなさそうな公園がある。
錆びついたブランコや、出るか分からない蛇口があった。
砂場は山の形のまま固まっていた。
カサカサと葉のなびく音が静かに聞こえてくる。
柵越しの、塀の下の用水路がちょろちょろと流れている。
その用水路に沿って歩いて行くと、やがて、古ぼけた木の看板が見えてきた。
「あれは?」
「駄菓子屋だな」
「駄菓子屋?」
「駄菓子っていう安価な菓子のことだな」
つまり、お菓子ということだろうか。
「甘いのはあるの?」
「ある。時間もあるし少し寄り道するか」
私たちは駄菓子屋に入った。
「誰かいるか?」
レインが少し大きめの声で言った。
「はあい、どちら様ですかあ」
狭いお店の奥から、腰をくの字にしたおばあさんが出てきた。
どうやら店はやっていたみたいだった。
私は駄菓子を物色する。
色とりどりなお菓子が並べられていて、どれも美味しそうだった。
「ありがとうね、これおまけだよ」
ビニール袋に包まれたお菓子と一緒に、真っ白なアイスを一本、菓子売り場の冷凍庫から持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
そのアイスを、駄菓子屋の前の椅子に座って食べる。
冷たくて、甘い。
口の中で溶けるそれは美味しかった。
「ねえ、レイン。私はレインのこと、もっと知りたい」
アイスの棒先から甘い香りの液体が落ちた。
「別にいいが、溶ける前に食べな」
レインに言われ、アイスが溶けている事に気がついて、急いで食べた。
一息ついたところで私が聞いた。
「レインはどうして私を知ってるの?」
「そりゃ、お前を見つけて、旅したからな」
「どこで会ったの?」
私は、あの、人を殺した真っ赤な景色を思い出す。
「……たしか、雪の降る路地裏だったか」
それを聞いて、胸が妙にざわついた。
「私がどんな人だったか知ってる?」
甘ったるいアイスのべっとりした感触が口に残っていた。
好きなハズの甘い味が少し気持ち悪いと感じた。
「それを聞いて、どうしたい?」
レインは私の目の奥を見ているみたいだった。
それが嫌だと感じた。
咄嗟に目を逸らしてしまった。
「……わからない」
「じゃあそれも、お前が考えて、納得したなら話せばいいんじゃないか?なんでも、すぐに話す必要もないんだ。もっとゆっくりでいい。急いだって仕方ないだろう」
私は焦っていたのかもしれない。
私が人を殺したことは重たいものだと認識したからだろうか。
そして、それが原因で両親にも見放されたからだろうか。
それが、レインにも同じようにされるかもしれないと思っているからだろうか。
「……」
私は何も言えなくなってしまった。
私は、レインにどう思って欲しいのだろうか。
「まあ俺は、どう見られたいとかどうでもいい。そういうタイプだ。少しは俺のことわかったか?そろそろ行くぞ」
「……うん」
歩くこと数十分。ようやくそれらしき所に着いた。
住宅が立ち並ぶ中、その建物だけが違っていた。
庭を囲うように生えた常緑樹の中には、バロック様式の、修道院のような見た目の建物があった。
「ここが司書?」
「ああ、ここだ」
遠い異国の中世を思わせるような扉だった。
中に入ると、古い木造建築で作られた内装で、数えきれないほどの本が本棚に飾ってあった。
アーチ窓は草花が蔓を絡ませ、その隙間から差し込む陽光が微かに埃を雪のように照らす。
机の上には山積みになった本が雪崩を起こし、地べたにまで広がっていた。
室内は落ち着くような甘酸っぱいにおいで充満している。
電気が灯っている気配はなく、木漏れ日だけの室内はなんだか仄暗い。
「ナナシ、いるか?」
レインが少し声を張って言った。
すると、目の前の雪崩を起こした本がもぞもぞと動き出す。




