喧騒の中
「朝だ」
レインの声でうっすらと目が覚めた。
「もう行くか?」
「……う、ん」
私は無理やり身体を起こした。
レインは肩の上に乗った。
「じゃあ行くぞ」
昨日と同じところに来た。
昨日ほどではなかったが、たくさんの人がいた。
まだ日が姿を現してそこまで経っていなかった。
駅構内は眠たそうな顔をした人が機械のように黙々とどこかへ向かっていた。
「あの人たち、なんでこんなにしんどそうなの?」
過ぎ去る人の目の下は皆、壊死したように真っ黒で、その瞳は光を失っていた。
みんな、私みたいに悪夢を見ているのだろうか。
「ああ、後戻りできなくなった人たちだ」
レインは哀れむわけでもなく、淡々と告げた。
レインの言葉にゾッとした。
「……何か悪いことしたの?」
「いや違う。ただ、競争をし続けてるだけだ。あいつらは何も悪いことはしていない」
「競争?」
「ああ、生物として無くてはならないものだが、あると厄介なものだ」
「難しい……」
競争を知らなかった私にとっては理解しがたかった。
「あんまり難しいことは考えなくていい」
改札口手前で、レインは帽子から一枚のカードを取り出した。
「これは?」
「認証用のカードだ」
「へえ」
「それをポケットに入れとけば、センサーが反応して通れる」
改札口はひたすら動作を繰り返し、その数だけ人が通り抜けていっていた。
レインに言われた通り、ただカードをポケットに入れるだけで改札口は開いた。
改札を抜けると動く階段があった。
「ねえ、レイン。あれ凄い」
「ああ、エスカレーターだ。電気で動いてる」
エスカレーターで下へ行くと、地下通路になっていた。そこは、同じような道に同じような人が溢れていた。
「ここは真っすぐのはずなんだがな……」
レインは完全に道に迷っていた。
大量の靴音と一緒に、私たちは歩いた。
ある所まで来ると、辺りは甘いお菓子の香りに包まれていた。
充満した甘い匂いが出ていくことなくフワフワと漂い、お腹が空く。
「外は?」
「もう少しのはずだ……」
ショーウィンドウに入った大きな人形が動いていた。
よく分からない木造の建築物が置いてあった。
垂れ下がるシャンデリアの光を床のタイルが反射させていた。
「これって人が作ったの?」
建物や置いてある物は、それぞれが生きているみたいだった。
「そうだな。芸術ってやつだろ」
芸術。
私にはよくわからなかった。
きっと、命を奪ってきたからだ。
細い迷路のような道を通り抜け、ようやく外に出られた。
常に動く世界を見下ろすようにして、大きなガラス張りの建物がそびえ建っていた。
複雑に絡まりあった交差点に、どれがどこに対応しているか分からない信号。
そこを迷いもせずに、ぶつかりもせずに歩く人。止まり、走り出す車。
アナタは進化する。
大衆を見下ろすスクリーンには女性がいて、手元に持った化粧品を肌に当てて、誰かに語り掛けていた。
車のエンジン音に、人の声、スクリーンから聞こえる音。何もかもが混じりあった景色にただ立ち尽くしてしまった。
「どうした?」
「情報が多い」
「しんどいか?悪いな。俺の用事が終わったらもう都会には来ない」
「うん。でも、都会は嫌いじゃないから大丈夫……。ただ、ちょっと驚いただけ」
私たちは交差点を渡り、歩道を歩く。
隣には車道があり、個性を放つ色とりどりの車が一方方向に走っていた。
「この動く箱みたいな機械は?」
「車だな」
「なんで、ここにいる人たちよりもこんな色があって個性豊かなの?」
「この世界は個性より統制に重きを置くからな。この世界の人たちは表現できないことを物で表現してるんだ」
「個性ってそんな大事なの?」
私は過ぎ行く色とりどりの車を見ながら聞いた。
レインは頷いた。
「無ければ、甘い食べ物は生まれてなかったかもな」
「それは嫌だ……。でも、ここでは個性は許されてないの?」
「いや、許されてはいるが、そうしてないだけさ」
私はふと気になった。
私の個性って何だろう。
考え出すとますます分からなくなる。
考え出すと自分が消えていくような気がした。
私は、どうしてここにいるの?
私は、いるべきではないのに。
気がつけば、また、あの声がする。
顔も思い出せない両親と、真っ赤な人たち。
お前だけ。
そう言って、集団で指をさす。
私はそれを受け入れるしかなかった。
だが、受け入れても罵声を浴びせてきた。
「難しいことは考えるな」
レインが私の肩の上で跳ねた。
集団の声が、レインの小さな一声で弾けた。
「……ありがとう。レイン」
「感謝されることは何もしてない」
レインは何事もなかったように言った。
だけど、私には違った。
「本当に、ありがとう」
グルルル……。
突如お腹が鳴いた。
私はまだ、生きているらしい。




