第111話 勝っても負けても
アイシャ達が忙しく働いている毎日を送っている頃、広大な森林の中にある小さな村は、最大の危機を迎えている。
ピタンではなく、この村の代表みたいな人が色々と指示を出している。
名前は……知らない。
そういえばなんて名前だろう?
「ねぇ……ジョン、また、街を捨てる事になるなんて嫌よ……」
二人は夫婦で、前の街でも代表だったとの事。
妻の方が不安そうな表情で不安を口にする。
「俺だって嫌だが」
みんなからは信用されているので、ピタン様の指示をそのままみんなに伝えている。
兎に角、今は避難だ。
「避難って言われてもなあ……」
「とりあえずティルさんとミィちゃんは私達の家に避難しましょ」
「はい」
ベルさんが様子を見に行って小一時間。
その様子を見に行った夫妻もなかなか戻ってこない。
避難という事で家の中に居るが、とても暇だ。
暇なので家の中を眺めてしまう。
長い事ゲストハウスに居たから、なんか新鮮だ。
「おーい、夫妻は居るかー…ってお客さんか」
「お邪魔しています」
軽い会釈の後に、不在を確認する。
ミィは笑顔でリンゴジュースを飲んでいて、さっきまで泣いていたとは思えない。
「そっか、じゃあフィルド夫妻がココに来たらレイターが探していたと伝えてくれ」
「はい、わかr……フィルド?」
「あーっ、そっかまだ名前知らなかったんだな。まあそんな訳だから頼むよ」
レイタ―と名乗った男が慌ただしく走って行く。
フィルドなんて珍しい名前では無いと思う。
夫妻は魔族で、私達は猫獣人。
繋がりが有るとは思えない。
こんな非常事態だけど気に成る。
「ただいまーっ」
「おかえりなさいませ」
声が違ったからビックリするが、すぐに思い出す。
「そうだった、家に避難してたな」
「レイタ―さんが捜していましたよ」
「レテが話してくれてるから大丈夫だ、ありがとな」
「いえぃぇ」
ミィはリンゴジュースを飲み終えてから言った。
「おじさんお帰りなさい」
「……ただいま」
ミィをとても優しい目で見詰めていて、それなのに溜息を吐いている。
「どうかしましたか?」
「ん、ああ。俺達には子供がいなくてな、このくらいの子供を見ると欲しくなるんだ」
「そうでしたか。もしかして猫獣人に知り合いがいるのですか?」
「代々魔族だからな……。でも、なんで猫獣人なんだ?」
種族なら他にもたくさん存在する中で、ティルは自分と同じ種族を示している。
「私達もフィルドっていうんです」
ティル・フィルド
ミィ・フィルド
ジョン・フィルド
レテ・フィルド
「まぁ、珍しい名前じゃないからなあ。200年くらい前ならフィルド一家と言って、あの街で一番の名家だったらしいが……」
「らしいって事は?」
「俺が生まれるケッコウ前に放蕩息子がいたらしくて、財産を食いつぶした挙句に何処かへ逃げてしまったんだ。その後どうなったか知らないからな……」
もしかしたら結婚して、もしかしたら子供が生まれて、もしかしたらそれが私達だったとしても、不思議じゃないという事。
その後に、苦労して手に入れたマンドラゴラが売れるようになって収入は安定したが、苦労のカイも無く、フィルド家は雲散霧消したそうだ。
「ただいまー」
「おかえりーっ」
ミィが母親を迎えるような明るい声で迎える。
ココ私達の家じゃないのに。
帰ってきたのはレテさんだ。
「あのベルさんって人が撃退したって言うんだけど……」
「凄く強かったですか?」
「……見てないんです」
様子を見に行った時には既に半数を倒していて、兵士達が負傷者を抱えて帰って行くところだったらしい。
馬に乗った騎士に向かって怒鳴っていたが、内容までは分からなかった。
分からなかったが……。
「ベルさんがすごく怒っててね、騎士の人がウマから降りて謝ってたの……」
やっぱりベルさんって凄い人なんだよね。
そんな感じ全くしない訳じゃないけど、妹と居る時はただの優しいオジサンに成ってるからなあ……。
「……そんなに怒ってたかなあ……」
そのベルさんが現れた。
「あっ、おじさんおかえりーっ」
「おー、ただいま」
「全く、子供に甘いんだからっ」
ピタン様も現れた。
なんか、ぷんぷん怒ってる。
「そりゃーなぁ……」
「アイツらがココに来た理由よっ」
ヘンデニル公国で大規模な内乱が発生した事と、新たな勇者が現れた事。
それだけでも大変な大騒ぎになっているのだけど、公国で内乱が発生した事によって警戒する必要が無くなった分、調査の手が広がって、偶然見つけたカラーを追って所在を知ったのだという。
カラーと言えばこの辺りではカラフルな可愛い子鳥だけど……。
「人と同じ言葉を話す所為で好奇心は有るくせに臆病な鳥なのよ」
「カラーのアオコちゃんと仲良くなって、たくさんお喋りしたよ!!」
ミィは楽しそうに教えてくれたけど、そんな場合じゃない。
その可愛さと賢さの所為で高値で取引される。
「兎獣人とマンドラゴラの問題も解決した訳じゃないからな……」
そういう意味では、ココの住人は常に核撃魔法を抱えているのと変わらない。
ピタン様のおかげでかなり安全とは言っているけど……。
「どんなに強いからって人海戦術で休ませてもらえなきゃ、いつか倒れるさ」
ベルさんはそう言って肩をすくめた。
抱えた問題は簡単な事じゃない。
私と妹はいろんな人に良くしてもらったから、今回やってきた兵士の人達だって知らない仲じゃない。もしかしたら教会に来てくれた人だっているかもしれない。
「しかし、ベルディナンドさん、このままでは公国の内乱が収まるまで何度でも来るって事ですよね?」
「そーなるな。俺が居れば手は出させはしないが」
「私だけでも十分だけどねっ」
ピタン様のドヤ顔ってなぜか可愛いのよね。
妹が真似するからやめて欲しいけど。
「しかし、ピタンはこの場から動けん。兎樹人とカラーを放置する気も無い。あと頼れるのは……」
「なによ?」
「覚悟を決めて魔王国へ行くか?」
ジョンがビックリして変な声を出した。
ピタン様とミィに笑われている。
「あのアイシャってお嬢さんを?」
「そうだな、実際は先生が動くだろうが……対外的に責任は全てあの嬢ちゃんが受け持つ事になるだろうな」
「そーね。魔王に成るだろうし」
「あの子供が本当に魔王様に……?」
私と妹は特に驚かない。
ピタン様とベルさんは当然だと思っている。
やっぱりマリア先生繋がりでの信頼感は凄い。
申し訳ないけど、あの女の子に魔王らしさは微塵にも感じないけど。
「あのオガサンを吹き飛ばすくらい強いのは見てたから知ってるけど、それでも魔王と言われると違和感が有るなぁ……あの先生の方がそれっぽい気がする」
それは同意しちゃうのよね。
というか、ここに居る人達は先生の強さを疑いもしない。
「オガサンが来るまで待っても良い、我々だけではどうしようもない事も有るしな」
「せっかくここまで造った町をまた棄てるなんて……」
「もちろん、このままここに残るという手段もある。ただし、ヒルデスハル伯の私兵に嫌がらせをされるのは疑いようもない」
ベルさんがはっきりと言い切った。
「俺に勇者ほどの力でもあれば国を滅ぼしたくなるくらい怒る事案だが、ロスマノフ皇国を敵に回す気はしないな……」
そこまでするような事案なのかと思うと、やり過ぎな気もする。
でも、禍根を断つという事を実行すると、そこまでしなければならない。
例え伯爵の私兵と言っても、皇国の軍隊が個人に負けたとあっては沽券に係わる。
13人の悪魔を退治するのに最後の一人に逃げられてしまった為に、100年後に滅ぼされてしまったという伝説もある。
最後の生き残りも、徹底して斃さなければならない。
禍根を断つという事はそういう事なんだと、改めて思わされてしまった。
「そうすると選択肢が無い訳か……」
「船で直接魔王国に行くルートは無いからな、当然陸路になる」
「決断が早過ぎないか?」
「まあ、ピタンとも話し合ってじっくり考えてくれ。どうせオガサンが来るまでに決めねばならんからな」
「ほら、話し合いに行くわよ」
フィルド夫妻は少し考え込んだが、マンドラゴラを売る事がこんな事になるなんて思いもしなかったあの頃の自分を怨むような事はせず、後悔の念に囚われそうになるのを妻に助けられ、町の人達と話し合う為に自宅を後にした。
とても寂しそうな背中には、妻の手が添えられていて、二人の絆の強さを窺い知る事が出来た。
それから暫くしてオガサンが様々な情報を持って訪れた。
話し合った結果よりも、オガサンの持ち込んだ情報によって、彼らの運命と目的を決めるのに十分な理由となった……。
※おまけ
「もう、勘弁してください
「な、何を言ってるんだ、伯爵閣下の要望だぞ
「そうは言われましても、オガサンでさえ我々では勝てないのに、子供に負けて、ベルディナンドに睨まれて、兵士やっててこんなに理不尽な相手は居ません
「なら、兵士を辞めるつもりか?
「良いんですか?
「な、なに……?
「みんな喜んで兵士辞めて冒険者に成りますよ
「…………
■:アオコちゃん
ミィが勝手に名付けた青い色のカラー
実は意外と気に入っている
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