表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/66

4.生温き課題

一日のうち陽がもっとも高い位置に昇る頃。在校生はちょうど昼食の時間帯へと差し掛かり、校内に散見していた。

編入生は式を終え、各自解散。今日は長時間列車に揺られ疲れた事だし、宿舎でゆっくりと……


――などと呑気な事を言ってもいられないようだ。飛空士科の編入生二人には入学早々、さっそく課題が与えられた。


「なぁジーク。この課題だけど、合格する自信あるか?」

「あぁ当然だ。レン、君は?」

「同じく。余裕だな」


軽装に着替え、グランドに足を運んだレンとジーク。二人の編入生に与えられた課題、それは体力検査である。空に上がるにあたり自分たちの力で羽ばたくわけでは無い。しかし、訓練生として最低限の体力は要求される。それゆえ、一学年の最初に設けた検査で規定の成績を納めなければ、実技への参加が認められないのだ。

とは言え、検査の合格基準は何も厳しいわけでは無い。極々普通の健康な若者であれば、難なくクリアできる水準である。レンとジークは余裕の表情で体を伸ばし歓談を繰り広げながら体力検査に備えた。


『よし二人とも集まったな新入り。おい君もだろ、早く来なさい』


検査に立ち会う講師がグランドに姿を現した。講師が『君も』と言い放ち目を向けた先には、もう一人、検査を受けるものと思しき人物の姿があった。飛空士科の編入生は二人だけの筈ではあるが……


『ほら、何やってるんだ。急ぎなさい』


木陰に腰を下ろし、うたた寝していた少女に講師の声が飛ぶ。この少女見覚えがある、学園に来る途中に男達にナンパを仕掛けられていた娘だ。彼女は徐に立ち上がると臀部の土埃を払い、ゆったりとした足取りで講師の元へとやってきた。


『では、検査内容について説明する――』


講師の説明よりも、レンは視界のだいぶ下方に映る少女の方に意識が向いてしまう。褪せた水色髪の持ち主である彼女は、どこか眠たげで上の空な表情を浮かべている。


『――説明は以上。合格基準に満たない者は、合格するまで検査を受けることになる。心して挑むように』


さぁ、体力検査のスタートだ。何も緊張して力むことは無い。健康な男子なら、言葉交じりで体を動かしていても余裕で通過できるような内容だ。


「普通にやったって面白く無いだろレン? すこし競争してみるか?」

「いや、遠慮しておく。長旅で体はボロボロ、これ以上疲れを溜めたくない」

「つれないな……」


冗談交じりにグランドを走る二人の編入生。

彼らに与えられた検査内容、それは長距離走である。合格基準は低く、軽く流すだけで基準のタイムはクリアできる。


「全然関係ないんだけどさ、制服の仕立てをやってる店って知ってたりするか?」

「あぁ知ってるぞ、確か――」


息を切らす様子も無く、編入生二人は走りながら、あれこれと情報交換に励み始める。


『おい、見ろよ! あれが噂の……』

『伝説の飛空士ウルフの息子、ジークだ』

『私結構好みかも……』


気付いてみれば、グランドに観客が押し寄せていた。観客というよりは野次馬といった方が正確だろう。飛空士界隈でも名高いウルフェンドール家のサラブレッドとあれば、生徒達の注目を集めるのも無理はない。


「人気者だなジーク」

「そうか? 初日からこんなんじゃ、やりにくいというのが本音だよ」


グランドに設けられたコースを二周ほど回った頃だろうか。彼らと同じく体力検査に挑んでいた少女を周回遅れにし抜き去った男子二人。彼らは決して速いペースを刻んでいた訳では無いので、周回遅れになった少女が余程遅いペースで走っているのだろう。


「なぁジーク。あの娘、知ってるか?」

「知らないな。今日、編入したばっかりなんだから」

「それもそうか……」


その後、何度も何度も周回遅れにされていく小柄な少女。彼女が何者であるのか、野次馬の立ち話に耳を傾けたところでようやく見えて来た。


『うわぁ、あいつまた検査受けてるのか。あれで何回目だよ』

『8回目だな。今回も無理だろ』

『さっさと諦めちゃえばいいのにね。あの娘、座学だって点でダメなんでしょ?』


なるほど、そういうことか。レンは概ね少女のおかれている状況を飲み込んだ。多くの者と同時に入学したは良いが、彼女だけこの生温い体力検査を通過できていない。余程運動が苦手なのか、それとも――


『俺は好きだな。ああいう哀れな見世物がいると、話のネタになるだろ。俺は毎回あいつが不合格になるのを見に来てるんだぜ』

『アッシュお前、趣味悪いな』


さて、これで何度目だろうか。またしても水色髪の少女を追い抜こうという折、レンは足を緩めた。


「どうしたレン? 足でも攣ったか」

「まぁそんなところだ。お前は先に行っててくれジーク」


もちろんレンは足を攣ったわけでも、痛めたわけでも無い。どうしようもない親切心が少年にスローダウンを訴えかけたのだ。


「君、大丈夫? 苦しそうだけど」

「うん。苦しい…… でも頑張る。でも苦しい……」


レンは少女に声を掛けるために並走し始めた。いや、並走という言葉には語弊があり、彼にとっては早歩きといったほうが適切だろうか。

対する少女は小走りながら必死に走っているようである。口は開きっぱなし、息も上がり視線を落とす程度に頑張っている。しかしレンはひと目見ただけで分かった、いくら頑張っても速く走れるわけが無いと。


「よし、一回止まろう」

「わぅ? 止まったら間に合わない」

「いいから、先ずは止まって。次に靴紐を締め直す。それから走り方はこう――」


靴紐を引きずり、だらしないフォームで走っていた少女にレンが直々にアドバイスを与えた。彼はタイム的には余裕があるとはいえ、ここまでしてあげる義理は無い。なんの見返りがあるわけでも無く、尽くしてしまうのは彼がお人好しであるが故なのだろうか。


「おーいレン。ファイナルラップだぞー」


先にタイム計測を終えたジークが、ゴール地点でレンの到着を待つ。レンは少女と並んでゴールラインを超えた。彼はタイムを確認する必要すらなかった。もちろん余裕で体力検査を通過した。


『はい、お疲れ。合格だ。今日は帰っていいよ』


「わぅ? 合格? うん、帰る」


待て待て。その場で突っ込みを入れたのは講師だけでは無かった。


「えっと、君は違うんじゃないかな? あと5周かな?」

「あっ…… そうだsったかも」

「――うん、頑張って」


少女は表情こそ変えなかったものの、真実に気付いて発した言葉はどこか悲し気な口調であった。再びコースに戻り、走り始めた彼女。タイム的にはどうだろうか。おそらく厳しいだろう。


レンは一旦グランドを離れ、身体にまとわりつく汗をシャワーで流す。運動直後の流水は最高だ。などと入り浸っている暇は無い。この後は制服を仕立てに行かなければならないからだ。

着替え終わり彼が再びグランドの脇を通ったところで、ちょうどゴールラインを超えた少女の姿が目に映った。アドバイスを与え、途中まで並走した少女の検査結果は如何に。


『はぁ…… 惜しいね、惜しかった。でも合格基準超えちゃってるね』


落胆する素振りを見せつつも、頑なに表情を変えない彼女。労いの言葉でも掛けようか、どうしようかと悩んでいると、講師がこんな事を口にし出した。


『もういい、もういいや。私もこれ以上君の為だけに検査に付き合うのも面倒だ。タイムは少し短めに記録しておくから。いいよ、明日から実技に入っても』


投げやりな口調でそう告げた講師。

8回も根気よく検査に挑んだ彼女の志が打ち勝ったのか。実力ではないにしろ、事実上の検査合格を言い渡されたようである。

講師は無駄な時間を食ってしまったと言わんばかりに舌を打ち、グランドを去って行った。


「お疲れ。頑張ったな……」

「はぁはぁ―― うん……」


走り終え暫く経ってもなお、膝に手を突き俯き加減で呼吸を乱す少女。彼とっては早歩きでも合格基準を満たせる程の温い検査。しかし彼女にとっては相当に辛かったのだろう。


「えっと、君名前は?」

「はぁはぁ―― はぁはぁ――」

「おっと、まずいな。もう店の閉店まで時間が無い。また一緒になる機会があった時でいいか」

「あっ…… りがとう――」


呼吸は乱れ、胸を詰まらせつつも、短い言葉を送った彼女。


名前こそ聞きそびれてしまったが良しとしよう。互いに訓練生として正式に、カリキュラムへの参加が認められたんだ。

編入生として明日から精進することを心に誓い、レンは学園を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ