3.少年と少女
駅を後にして暫く。学園を構える旧市街地方面へと向かう為、少年は人気の少ない裏通りへと入る。
裏通りを歩みしばらく、面倒事に巻き込まれかけている女子学生の姿が彼の目に入った。
人通りが殆ど無い場所ということもあり、厄介事の類が一つや二つ起きていたところで驚くようなことでもない。
男二人組相手にナンパを仕掛けられている少女。
男たちが如何わしい行為に及ぼうとしているのは、誰の目から見ても明らかであった。
――あまり気分の良い光景とは言えない。
可哀相だけど、仲介に入ったところで体格の良い男二人を相手に一方的に痛い思いをするのは自分だろう……
そして痛い目に逢った後、白昼堂々と路上で醜態を晒すのが目に浮かぶ。関わらないでおこう……
少年は我ながら懸命な判断だと自分に言い聞かせる。
少年は少女と男二人組と目を合わせないように、距離をとり素通りしようとする。
――ようやく夢にまで見た、飛空士としてのキャリアをスタートさせる晴れの日だ。
暴力に屈して無様な恰好で学園に登場という訳にもいかない。
見て見ぬ振りでその場を通り過ぎたレンフォードであったが、少しばかりの未練があったのか、少女にもう一度目を向ける。
男に迫られている小柄な少女は、彼が入学する学園の制服に身を包んでいる。
しかしその制服は、通常の制服とは一か所違いがあった。胸元に翼を模った紋章が刺繍されている。
それは中央都市の学園内で最も権威ある飛空士科の学生であることを示す紋章。今に直ぐにでも男達に食われてしまいそうな少女は、自分と同じく空を目指す者。
彼にとってそれは彼女を助ける理由としては充分すぎるものであったようだ。同じ夢へ向かい精進する者同士、放っておくことはできなかった。
少しばかりの未練が動機へと変貌した。
だが体格だけはご立派な大男二人を相手になんとかなるのか。
戦闘術など生まれてこの方一度も習ったことがない。なら、穏便に言葉の力で治めるか。
しかしながら、図体ばかりでかい男二人に話の通じる頭脳が筋肉に侵食されずに残っているのだろうか。
最適解が見つからないまま、少年は気付いた時には少女の背に立ち、男二人と向かい合う恰好となっていた。
「んだてめぇ? なにガンつけてやがる? 痩せた野菜みたいな軟弱者が邪魔すんじゃねえよ!」
「おまえら白昼堂々こんなことして。相手は学生、それも飛空士科の学生だ」
「それがどうした? あぁ?」
「学園の、それも飛空士科の学生に手を出したとなれば、それなりの裁きは下されると思うが」
「それがどうした? 捕まらなきゃいいんだよ、捕まらなきゃな。それとも何だ、その裁きっていうのはお前が直接下すのか?」
図体のでかい男二人は、少年の忠告を嘲笑う。
話の通じる相手では無さそうだ。
さてどうしたものか。
少年が考える間もなく、真っ先に口を開いたのは少女であった。
「婚約者。婚約者だからこの人」
そう彼女に言い放たれ、指差されたレンフォードは唖然とした表情を浮かべる。
突然見ず知らずの相手に何を言い出したかと思えば、婚約者などという単語を口にしたのだから無理もない。
少女の発言と同時に男二人の視線が彼に集中する。このまま唖然としてもいられない、見知らぬ子が咄嗟に作り出した突破口に便乗し、彼も即興する。
「そ、そう。婚姻者だこの娘は。だからこれ以上手を出すな。これ以上手を出し――」
少年が咄嗟のアドリブを全て口から出し切る前に、彼女が再び口を開き付け加える
「んっ? でもルーには付き合っている人なんていないし…… だからこの人は婚姻者じゃない……かも? えっと知人…… でも初めて会った?」
何を言い出したかと思えば、用意した突破口を少女は自ら閉じてしまう。言っていることに偽りは無いが、この状況下で何故その二言目を口から漏らした。
何を考えている。
残念ながら、眠たげな表情をした少女の顔は変化に乏しく、何を考えているのかさっぱり読めない。
「あぁ面倒くせぇ! もうこの細い男、寝かしつけて、その子連れ込んじゃいましょうぜ!」
痺れを切らした大男に首元を掴まれ、少年は片手で軽々と吊るし上げられた。
足が浮き、普段よりも目線は高いが景色を楽しむ余裕などない。
血管の浮き出した大男の腕は人一人持ち上げてもぶれることなく、常人の太ももの如く逞しい。
今すぐにでもこの場から連れ去られそうな少女を前に、これ以上迷っている余地などない。
――一か八か、やってみるか。
あんな成りの大男でも、股間に隆起させるものが付いているという事は、狙うべきは……
少年の首を掴んでいる男の視線が一瞬、他所を向いた。
今しかない。
宙に浮いた足を目一杯振り上げると、幸運な事につま先が大男の急所を捕らえた。
堪らず、男は背中から地面に倒れ込み、握力が抜けた手から少年が解放された。
どんなに体型が良くとも大切な箇所を護る筋肉の鎧は備わっておらず、護る術など存在しない。
故に急所なのである。
少女を連れ去ろうとしていた男が異変に気付き、すぐさま腕を大きく振りかぶり少年を殴りにかかる。
「わぅ……」
少女は妙な声を出すと、腕を回し鞄を振り上げた。
小柄でリーチの短い少女ながら、腕を半周も振り回せば荷物の詰まった鞄はそれなりの勢いを生み出す。硬質な皮素材の鞄が容赦なく、大男の急所を襲う。
彼女が狙ったのか定かではないが、絶妙なタイミングでの共闘となった。
「やるね、君」
「真似してみただけ…… 痛いのかな」
「まあな…… 痛いな」
窮地を切り抜けたと安心したのも束の間。息を荒げながら、大男二人が地に腕を突く。
直ぐにでも立ち上がって、殴りかかってきそうな構図となる。
こうしてはいられない。
「逃げるぞ!」
「うん」
レンフォードは少女の手を引き、大男二人に背を向ける。
直ぐにでも、人通りの多い場所に出たかったが、少女の足が遅い。彼女は必死で走ってはいるようだが、彼にとっては早歩き程度の早さである。
後方を振り返ると、怒気を帯びた男達が駆け始めた姿が目に映る。
「君? 表通りはどっち?」
「こっち。たぶん」
今さっき足を踏み入れた街の地理など彼は知る由もない。少女の助言に従い、隣接した建物の隙間を駆け抜ける。
少年少女にとって走って抜けられる幅でも、大男にとっては窮屈過ぎるようで、壁に腕を擦り付けながら必死に追い回す。
狭い隙間を抜け、明るい場所へ飛び出すと人々が行き交う表通りに立っていた。
「あの野郎! もう少しだったのに」
「こんな公然の場じゃどうしようもねえよ、兄貴」
「このまま我慢して帰るなんてできねえ。店行くぞ店。お前いくら持ってる?」
二人の大男は狩りを諦め、大人の店が立ち並ぶ一角へと消えて行った。
追手が背を向けたのを確認し、レンフォードは少女との会話を試みる。
「えっと、君――」
「ありがとう」
「おっおう。怪我とかなくて良かったよ。そうそう、その制服と胸元の刺繍、飛空士科の生徒だよね? 名前とか――」
「ルー」
レンフォードの会話を二度遮り、短い言葉を返した少女。
長話は無用とばかりに彼女は彼に背を向けると、その場を去って行った。
名前は聞けなかったが、無理に追う必要はない。同じ空を志す飛空士科の生徒同士、そのうちまた見かけるだろうから。
「それにしても、よく分からない奴だったな――」




