3.編入生
学園の講堂にて入学式が行われている。
会場となっている講堂は千人は収容できるであろう立派なものである。しかし大きな箱に対して式に参加している生徒は十人程度。これだけのキャパシティにこの人数では不釣り合いもいいところだ。
実は当学園は現在進行形で新入生減少に嘆いており、学園存続の危機に陥っている……
という訳では無く、今回は編入扱いとなった生徒向けの入学式であるがゆえ、生徒数が極端に少ない格好となっている。レンフォード含め、今日の式に参加している生徒は、編入扱いでの入学である。
近い将来各々の分野で逸材に成りうるであろう生徒たち。そんな彼らを前に、期待を抑えきれない様子の学園長が長話を繰り広げる。
「今年は稀に見る大嵐の被害により、交通網の断絶、街そのものが消失。大きな爪痕を残していきました。それが原因で通常の時期に入学できなかった者もいるかと思う。しかし、一度学園へ足を踏み入れたからには、他の者たちと同じ条件でカリキュラムを熟すこととなる。特別な措置などは用意されていない。故に大きく出遅れている分、先を往く在校生よりも一層の努力が必要である事は言うまでもなく――」
この場にいる者は事情は違えど、編入生の集まりだ。
通常の時期に入学しそびれ、既に学園生活を始めている者と比べて出遅れているのは百も承知。できる事ならこんな時期に編入扱いでキャリアをスタートさせたくは無かった。
レンフォードに補欠という形での編入許可が下りたのはつい先日の事。遅れながらもこの学園に入れたことは彼にとってこれ以上にない幸運であった。編入扱いだろうが補欠だろうが関係ない、遅れを取り戻すべく精進あるのみだ。
生徒達がいい加減、学園長の長話に集中力を切らし始めた頃。長話も大詰めに差し掛かる。
「今回の編入生は一般科5名、軍務科4名、そして飛空士科が2名。みな学園の名に恥じないよう学生生活を送ること。特に我々学園の顔と言っても過言ではない飛空士科の諸君。君たちは歴史に名を刻まれるような、偉大な飛空士を目指し精進しなさい」
長話が終わり、暫し歓談ができる雰囲気になると、学科が同じ者達が軽く挨拶を交わし始める。自分と同じ飛空士科の奴を探し始める間もなく、レンフォードは同士から声を掛けられた。
「同じ飛空士科だよな? よろしく!」
「レンフォード。レンでいいよ」
レンに声を掛けてきたのは、飛空士科に編入扱いで入学する男子生徒だ。しっかり相手の目を見てハキハキと喋る彼。積極的に話しかけてくるあたりから察するに、世渡りも上手そうな男である。
「そっか、レンでいいんだな、よろしく。レンも大嵐の割を食らってこんな時期の入学になった感じか?」
「まぁそんな感じかな。ははははは…… そういう君は? えっと」
まさか適正無しと言われておきながら、補欠で運よく入学しました、などと言える筈も無い。他の編入生と同じく大規模災害である『大嵐』の影響で、遅れての入学に。ということで話を合わせておく。
「そうか、互いに災難だったな。おっと失礼、名乗って無かったな。ジーク・ウルフェンドール、適当にジークとでも呼んでくれ」
「ウルフェンドール? ウルフって……」
『ジーク』に続く家名を耳にした瞬間、疑問形のまま言葉が止まる。
ジークと名乗った同期生は後頭部を指で掻きながら、その疑問に答える。
「あぁそれな。まぁ、正真正銘『あの人』の息子だよ。俺はまだ飛空士にすら成れていないんだ。あの人の息子としてでは無く、ひよっ子として付き合ってくれ」
誰に対しても気さくな態度を見せるのであろう、ジークという同期生。しかしレンは家柄を耳にしてしまった瞬間、急に彼へ対し返す言葉に詰まってしまう。
レンは『ウルフェンドール』の名を知っていた。彼で無くても飛空士を志す者なら。いや、そうでない一般人にもウルフェンドールの名は知れ渡っている。
ウルフェンドール、またの名をウルフ。その者は人類で最も偉大な記録を残した伝説の飛空士だったのだから。
あの偉人の、直系の息子がこの場にいる。これから学園に加わろうとしている。それは当然、講師たちの間でも話題になっていた。
「最後の最後、編入扱いの生徒の中に『あの人』の息子がいるとは。彼もあっという間に父のような偉大な飛空士になるのでしょうか。親子二代でウチの学園から空を目指してくれるなんて誇らしい限りです、学園長?」
「気持ちは分かるが、特定の生徒にだけ贔屓するのは関心せんな。空の世界は実力主義の一言に尽きる。どんな肩書を持っていようが、どれだけ努力しようが実力が無いものは、結果を残せない。ジークだったか? 彼だって才能が無ければ卒業まで籍が残っているかもわからん」
「彼に限ってそんな事はありませんよ。努力では絶対に才能を超えることができない世界。彼は父親譲りの才能を持ってますよ」
ジークの父親を知るベテラン講師と学園長の会話が繰り広げられる。
ウルフェンドールの名は講師たちを期待させるネームブランドとしては十二分すぎるものである。そんなネームブランドを前にしても、飛空士の本質が何たるかを理解している学園長は冷静な面持ちを保つ。続けて口を開く。
「ところで君、ウルフェンドール二世の事ばかり話題しているが、今回の逸材はなにも一人だけでは無いぞ」
「はて? 軍務科、一般科の生徒ですか? 名の通った血筋の生徒なんて他にいましたっけ……」
「軍務科じゃない、飛空士科のもう一人だ。レンフォード、彼の経歴は事前に調べた。入学届の書面だけでは分からなかったが、彼も相当…… いずれにしても才能が無ければ先人達のような立派な飛空士になれない事には変わりない」