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21.未だ遠い空

陽の高さが頂点を超え、一日の気温がピークに達する頃合い。

新たなメンバーを一人加え、空へと挑む四人が練習場へと揃った。各々は自分のポジションへと乗り込み準備を始める。自分たちの身を預ける機体と久しぶりの再会を喜ぶ者がいれば、初めて目にするアレやコレに目移りする者もいた。


「久しぶりっすねぇ。ワクワクしてきたっすよ」

「かっこいい…… ルー、初めて乗った。あっ、イリス? ベルト締めて。締め方わかんない……」


飛行成功に至っていないものの既に何度も実習を行っている三人は少しばかり慣れた手つきで準備を進める。

その傍ら一人だけ戸惑っている者がいた。何をすればいいのか見当もつかない様子だ。エイルの言う『初めて乗った』は大袈裟な話では無く、素のようである。試験を前日にして、基礎中の基礎である安全ベルトの締め方すら分からないと言うのだから。


「えぇぇ……」


イリスは呆れた声をあげ、一番後ろ(魔力炉監視)の席へと乗り出すと、実技第一歩で学ぶような内容を手ほどく。

誰にも顔を見られることのない一番前(操縦席)で待機するレン。これには苦笑いを隠し切れない。しかし、不安よりも期待の方が遥かに勝り、その表情はやがて自信に溢れたものへと形を変える。


「わかった? これからは一人で出来るようになりなさい」

「うん、ありがとう。じゃあ……」


隊長自らレクチャーを終えると、エイルはその場で目を瞑り、夢の世界へと向かおうとする。


「ちょっと何処へ行くつもりなのよ! 空へ行くのよ! あと、一番後ろの席は休憩する席じゃないの」

「寝てちゃダメ?」

「駄目に決まってるでしょ!」

「わぅ…… 何すればいい?」

「もおおおおお――」


魔力炉監視という自分に与えられたポジションで何をすべきなのか。エイルはそれすら把握していないようで、イリスが一から説明する。

計器及び目視による二基の魔力炉を監視すること。加え、魔伝導通信装置(トランシーバー)や各種記録装置などの機材を搭載している場合は操作を担い、操縦士の手助けを行う。より高い安全性とパフォーマンスに仕上げる為に不可欠な重要なポジションだ。


「わかったエイルシファー?」

「うん。それでルーは何をすればいいの?」

「だから!」


この調子では練習開始までには時間が掛かりそうだ。レンは体を束縛するベルトを外し楽な姿勢になると、コックピットの外を見渡す。

すると、自分たちと横並びになる位置で、後方からやってきた一機のマスター機が静止した。彼がお隣さんのコックピットに目をやると、気に障る男が乗っていることに気づく。その男はこちらを指差し哀れんだ表情を浮かべ、その後大きく口を開け楽しそうにチームメイトと歓談している。彼らとは物理的に隔てられているため話していた内容は耳に届かないが、チームメイト達とこちらを嘲笑っていたのは想像に容易い。


「アッシュ……」

「なんかムカつく男っすね。根性も、タマも小さそうっすね」

「女の子がタマとか言うなよ……」


以前にアッシュという男が口にした言葉を思い出すだけで、疎ましく感じる。イリスの存在そのものを冒涜するような発言をレンは決して忘れない。殴るでもなく、声を荒げるわけでも無いが、許さない。彼女に流れる血を悪く言うような事は絶対に許さない。

なぜこんなにも他人に情を掛けているのか彼自身も掴みきれていない。ただのお人好しなだけかもしれない。


彼は後ろを振り向くが、イリスはエイルの指導につきっきりでお隣さんの存在には気付いていない。幸いだ。

程なくして、アッシュの操る機体は加速を始め、地から離れて行った。気に障る連中の背を拝むことしかできないのは悔しいが物事には順序というものがある。慌てたところですぐに彼らを捉えることはできない。


それから暫く、後ろのポジションから準備が整ったと声があがる。いよいよ四人揃っての挑戦だ。魔力炉に力が注がれ、計器の針が震えだす。炉の機嫌を示す計器が落ち着き出力が安定した所で、機体の加速を開始させる。さぁ行こう!四人で!


……なんということだ。機体が浮き上がる気配すら感じない。もう何度、平坦な練習場を往復しただろうか。惜しい、あと一歩という境地にすら達することができない。

人数が増えれば当然、一つもミスなく手順を熟すのが難しくなる。一度失敗した人が次に気を付けていても、別の誰かが失敗をする。全員のベストパフォーマンスが噛み合うタイミングが訪れない。

こういう時こそ意思疎通が大事だというのに、苛立ちから言葉が減っていく。誰か一人でも感情を露わにすれば、それを引き金に即時練習は終了してしまいそうな、崩壊寸前の状態だ。


「疲れてるだろうけど、もう一本行こう。ほんの一瞬でもいい、機体を浮き上がらせるところまでは、本番までにやっておこう。浮き上がったら浮き上がったで、後は勢いで何とかする」


授業で繰り返し講師から言われていたのは、飛び立つまでが難しい。一度浮き上がってしまえば、あとは案外なんとかなるもんだと。そういえば、才能の塊の様な男であるジークも同じような事を言っていた気がする。試験本番、土壇場でも一回飛び立てれば、そこから先は勢いで誤魔化せると。

座学だけは誇れるイリスもレンの意見に便乗し、他二人を束ねる。


「随分、無茶苦茶な見通しね。でも一理あると思う。疲れているとは思うけどカティア、エイルシファー行くわよ…… って寝てるし! 起きなさいエイルシファー!」


二基の魔力炉へそれぞれ取り付けられたプロペラが、回転を始め機体がゆっくりと動き出す。練習場で最も助走距離が取れる位置に付くと、魔力供給量を高め加速を開始する。速度が乗り、集中力が要求されるタイミングに差し掛かった時であった。

突然左翼側の死角から飛び出してきた機体が目の前に割り込む。誰が見ても明らかな進路妨害で重大な規則違反を仕掛けてきた輩。割り込んできた彼らは進路を塞ぐだけでは飽き飽き足らないようで更にトリッキーな動きを仕掛ける。レンに落ち着く暇も与えず、追突を誘うような急な減速の動きを見せた。レンも堪らず、急減速しつつ左へ急旋回し事なきを得る。一瞬の出来事に悲鳴をあげる暇もなく唖然とする後ろの女子三人。


「また、アイツらか……」


向こうの顔こそ窺えなかったが、こんな敵意を持った殴り込みをしてくる奴は限られている。ようやく状況を飲み込んだ彼女たちは突然の危険行為に怒りを口から洩らす。


「レン? 操縦桿(ステアリング)貸してもらってもいいっすか? ちょっと、アイツらのケツ穴に操縦桿捻じ込んでいいっすか?」

「ちょっと、何てこと言ってるのよ!気持ちは分かるけど、落ち着きなさい」

「うん。ルーも手伝う」

「だからやめなさいって!」


彼女たちの会話は置いておき、危険行為に及んだ張本人たちに目を向ける。当の本人達は目の前で見せつけるかのように軽々と飛び上がっていく。そんな彼らの後ろ姿を見ながら、レンは不快感と同時に違和感を感じていた。彼らの機体、保安装置の一部が機能していない様に見受けられた。もっとも、他所のチームの事など知ったことでは無い。ましてや、自分たちに対して明示的に嫌がらせを仕掛けてくるような奴らの事など……


その後、何度も練習を重ねたが成功する気配が見えない。練習場を折り返すたびに陽が傾いていく。全員疲労からか集中力が下がり回数を重ねる度、明らかに結果が後退していた。これだけの回数試してるんだ、一回くらい上手くいったっていいはずだ。しかし、その一回を成功させるに至っていない。一体何が原因なのか、冷静に思い返してみる。


レンは魔力の流れを読み解くのが下手だ。自分なりに周囲の魔力が濃くなるタイミングを見計らって、動きそうとはしてはいる。しかし、まだまだ加速が必要な段階で力の薄い空間が流れ着いてくる。逆に、初動を見送ったときに限って、長い時間安定して濃い魔力が留まっている。それに気づき慌てて飛び出すと……

エイル、一番後ろの魔力炉監視のポジションに就いている彼女。絶賛足を引っ張っていらっしゃる。事あるごとに隊長ことイリスを質問攻めにし、半ば講義を受けている様な状態となる。

イリス、慎重になり過ぎている。彼女に与えた魔力炉は新品で状態も良いので前回程度の負荷では動じない。出し惜しみなくやってくれ。とは伝えたものの、前回の悪夢が脳裏を過るのか肝心なところで力が出し切れず、機体を飛ばすに至らない。都度、力加減にばらつきがある癖、安定性に欠けているのも相変わらずだ。

カティア、考えてみれば彼女は至極良い働きをしている。気楽で自分本位な性格が幸いしてか、周りで何があっても動じずパフォーマンスに振れが無い。比較対象が力加減の下手なイリスしかいないが、本当に安定している。カティア担当の魔力炉を見守る計器は毎度毎度同じ位置に張り付き、操る側からすれば理想そのものである。

レンは思い返してみると、チームを組んでからカティアとだけはゆっくり話したことが無い。今度機会があったら積もる話も聞いてみたいものである。


学園の敷地にぽつりぽつりと灯りが浮かび始めた頃、上空へ出払っていたチームが次々と地上に戻ってくる。練習飛行が認められている時間の終いが、日没と共に迫ってきていた。結びにジーク達が地に戻ると、無人の鉄塔に備え付けられた赤の灯が点灯し飛行禁止時間の訪れを告げる。

練習を終え校舎へと通ずる暗い小道を往く飛空士科の生徒達。街灯が無いというのもあったが、レン達の表情は決して他の生徒には明るく映らなかったようだ。

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