20.再会は土砂降りの街にて(2)
濡れていた上着も所々に乾き始め、老爺に注文を伝えてから、どれ程が経った頃だろうか。ようやくオーダーの品が届く、届く、届く……
四人掛けのテーブルが所狭しと皿で埋め尽くされる。御馳走の気配に目を覚ましたエイルは目の前に広がる、壮観な光景を眺める。
「わぅ…… これ全部食べていい?」
「おう。頼んだのはエイルだからな。寧ろ、そうしてくれないと色々困るぞ」
さっそく全品制覇の為に、フォークと口を動かし始めたエイル。
全部という言葉に違いはないが、彼女が考える全部はニュアンスがズレていた。
「あとは、あげる」
「全部食べるっていうのは?」
「食べたよ。どれも美味しかった」
確かに全部食べた。全ての品を一口づつ堪能するという形ではあるが。
心なしか満足げにも見える表情を浮かべた彼女は、残りの大半をレンに託す。
「いやいや、待てよ! 流石にこれだけの量……」
周りの客も、彼のチャレンジを固唾を飲んで見守っていた。こうなってしまった以上引き下がれない。覚悟を決めると、無心で口へと料理を運んで行った。卓上を埋め尽くす皿が、次々に空いていく。
全ての品を腹に収め終わると、店内で軽く喝采が巻き起こる。
どうだ、観たか?
レンは少し見栄を張り言い出しっぺの少女へ目をやる。見てないどころか、彼女は頭を伏せ食後の睡眠に浸っていた。
雨雲が立ち去り、雨足も止まり、街路の煉瓦も乾き始めた。店内の客も疎らになった頃、ようやくエイルがお目覚めになる。
「わぅ…… 美味しかった?」
「あぁ美味しかったぞ。この先三日は食わずに生きていけそうだ。この後の支払いが怖いけどな」
「それなら大丈夫、たぶん。ところでそれは…… 何?」
エイルはレンの足元に横たわる金属の塊を指差す。重厚なそれは加工場に特注した、魔力炉の装着器具だ。飛空士科の同士相手に別に隠す様な話でもない。彼女にそれが何なのかを説明し、どういう経緯で今日に至ったかを語った。
チームメイト同士で喧嘩になり修羅場になりかける。イリスが力加減を誤って航空機の心臓部である魔力炉を破壊してしまう。カティアはブツが直るまで戻ってこないと言い放ちそれ以降姿を眩ませた。そしてつい先日、魔力炉の替え玉を半ば借金をして手に入れた事。洗いざらい全てを話した。
長話だったにもかかわらず、エイルは居眠りをしないどころか余所見一つせず話を聴き続けた。全てを聴き終えた少女は唐突に鞄を漁りだす。そして、何をするのかと思いきや、大金を取り出しレンの手元に差し出したではないか。
「えっ?」
「これ…… もうルーには必要ないから。借金これで返して」
「これは助かります、有り難く頂きますね。いやいや違う違う、おかしいだろ。なんで赤の他人にこんな大金を渡す? いいから一旦しまって、隠して!」
制服姿の学生がどうしてこんな大金を持ち歩いているのか。何か悪い取引をしている様な絵面に見えなくもない。待て待てそういう問題じゃない、公然の場でこんな大金を誰かに見られた日には無事に帰れないだろ。
直ぐに積み上げた金をしまうように促し、エイルの手元へと押し返す。すると、無言で彼女も押し返す。透かさず、レンも押し返す。そんなやり取りを何度かした後、諦め事情を尋ねた。
「もう必要ないって何かあったのか?」
「ルーもうすぐ飛空士科からいなくなるから」
「それまたどうして?」
「試験受けられない、たぶん」
飛空士科から去るのは本意では無さそうである。しかし何らかの理由で彼女は足切りを兼ねた試験は受けられない。落胆している様子は声のトーンからも察せられた。
もしかして…… そう思いさらに事情に踏み入る。
「わぅ。チームメイト一人もいない。ルー授業中居眠りしてたり、実技に出るの忘れてたりした…… 気付いたら組む相手がいなくなってた。ルーはどんくさいから上手く話しかけられないし」
チームメイトが足りていない、どうやら経緯は違えど自分たちと似たような事情を抱えているらしい。そして、少女は自分がどんくさいと自虐に走る。徐々に話がネガティブになっていく彼女だが、もう少し吐き出させようとレンは口を挟まず聴き続ける。
「面倒くさかったけど、ルー頑張って頼んでみた。友達……にチームに入れてほしいって頼んだんだけど、何時もよりもっとお金を渡さないとチームに入れてくれないって」
「金、それも何時もって…… それ友達じゃ――」
「面倒くさくなったから、もう諦めた」
「諦めるの早っ!」
「飛空士科辞めたらルー、一般科に行く。向こう行ったら頑張る、本気出す」
「……」
ようやくエイルの口から全てが語り終わったのと同時に、もう一度彼女の目の前に大金を突き返す。
「ウチのチームに来ないかエイル」
「わぅ?」
それは少女にとって予想だにしなかった提案のようで、妙な口癖が漏れた後に続く言葉が途絶える。
改めて自らが属するチームの状況をレンは説明する。自分たちのチームは現在三人で、あと一人チームメイトが必要な事。
そしてエイルには少なくとも三人のチームメイトが必要であると。
このピースがはまらなければ、四人とも受験資格を失い科から去らなければいけない事。ここまで諭せば彼女だって気付くだろう、状況を打開する最後のチャンスが巡ってきたことを。
それでも尚エイルは回答を渋る。
「でもルーは居眠りもするし、センスも無い。座学も実技も成績良くない。能力判定だってDだった……」
「センスが無いのは俺も同じだし能力判定結果はEだ。他にも実技が点でダメな奴もいる。流石に居眠りする奴はいないけど」
「でもルー、たぶん迷惑かける」
「いいじゃないか、いっぱい掛ければ。なんとかする」
「何も力になれない、足引っ張ると思う」
「足が千切れるほど引っ張ればいい。俺がなんとかする」
「じゃあ、寝てるだけでいい?」
「なんとか―― 流石にそれは困るが…… 俺たちがフォローする」
「でも、試験受けてもワーストになると思う。皆まだ飛べてないから……」
「そうだな。ならさ、ほんの少し。ほんの少しだけ、エイルの力を貸してくれ。あと少し、少しなんだ。君が必要だ」
「わぅ……」
踏み切れるだけの自信が無い、力になれる確証が持てない。迷惑を掛けたくない。
きっとあなたたちを失望させてしまう、だから他を当たった方が良い。自分はこんなにも出来ない人間なのだから……
チームに加わって夢を追いたいという本心よりも、失敗への恐怖が勝ってしまう。本心を押してくれる、確たる何かが見つからない。こんな実力の無い自分をもう一押ししてくれる何かがあれば……
彼女が踏み出す何かを自らの内から見つける事はできなかったが、レンより与えられた最後の一言が彼女の背を押した。
「必要? ルーが?」
「もちろんだ」
「初めて…… 初めて他人に必要って言われた……」
彼女から発せられた言葉は、意図せず心から漏れ出たものなのだろうか。本当に小言の様に小さく発せられた一言であった。しかし、その一言は少女の何か、重い生い立ちを暗示していたのかも知れない。
しばらく俯きながら言葉を交わしていた彼女が顔を上げた。
「入る」
「本当か!? ありがとう!」
「……のチームに入る」
「……ん?」
「えっと。なんだっけ? 忘れた、名前……」
「おいおい、さっきから全然名前呼びしてくれないと思ったら、忘れてたのか。レンフォード、レンでいい。覚えたか?」
「覚えた。改めて、レンのチームに入る」
ようやく彼女の口から待ち侘びた言葉が出てきた。同時に彼女に名前で呼んでもらえたのも、この時が初めてであった。
チームは未だに飛ぶ事すら叶っていない。しかし挑む準備は整った。試験まで残された猶予は僅か。それでも、足掻こう。最後の最後、結果を言い渡されるまで悪あがきでも何でもしてやる。才能も、実力も、何も無くとも、やってみるだけなら俺たちの自由だ。
エイルの決断に、心の内から空へ対する思いが再び湧き上がってくる。
「お客さん。そろそろ店仕舞い。いっぱい食べたね、お代をいただこうか?」
気付けば、自分たち以外の客は既に退店しており、空いた皿とエイルの大金だけがテーブルの上に残されている状況であった。
「このお金はルーが預かっておく……」
「えっ、エイルが注文したのに、払ってくれないの?」
「わぅ? だって、さっきレンが突き返してきたから。それに、食べたのはほとんどレンだし」
「うぅ…… 返す言葉も無い」




