19.四人
浮遊島。それはあまりにも空高くに位置する為、人類は一度たりとも足を踏み入れたことが無い。我々が普段目にしている浮遊島は陰の部分である裏側で、陽の当たる表側がどうなっているかを知る者は地上には誰一人としていない。
浮遊島は膨大な魔力を放出しながら留まる事を知らず、常に遥か上空を彷徨い続ける。自由気ままなそれを、人類の範疇に収めることができれば、どれ程我々の生活は変わるのだろうか……
そんな人類の夢を叶えるべく飛空士は空へ上がる。そして訓練生達は飛空士という理想像を追う。
都の観測台から、浮遊島接近予報が発表された。予報に乗じ、学園は試験実施日を確定させ、生徒に告知。いよいよ一学年最初の試験にして、敗者を決める時が迫る。
試験を翌日に控え、各チーム最後の調整に飛び立つなか、地上で待機している機体が一機あった。その機体は本来二基搭載されている筈の魔力炉を一つ失っていた。大空に溶け込む他所の機体を尻目に、片脚を失ったに等しいその機体は格納庫の日陰に寂しそうに佇む。
そして訓練生用マスター機を背に二人の少女、イリスとカティアが言葉を交わしていた。
「カティア。あなた今まで何してたのよ?」
「また飛べるようになるまで、そこいらをほっつき歩いてたっすよ」
魔力炉爆発事件から、今日までの数日間。姿を眩ませていたチームメンバーのカティアが飄々と現れた。事件後、イリスはカティアをチームに連れ戻すために、学園中を探し回ったが、一向に見つからず。宿舎を訪問しようにもどこに住んでいるかすら分からなかった。
それが今になって向こうから現れたのだから安堵というよりは、拍子抜けである。いつだって周りの事など気に留めず、我が道を行く。放し飼いにされた猫を彷彿とさせるような自由奔放さ。
イリスも隊長としてカティアの長所を引き出したいのは山々だが、どうしても彼女の性格がつかめない。馬が合わない。だから返す言葉は、常に否定から入ってしまう。
「ほっつき歩くって、なによそれ…… 何かレンの手伝いをしようとか思わなかったの?」
「メカの知識も無ければ、人脈も、お金も無い。ウチに何かできる事があったんすかねぇ。そういう隊長は手助けでもしたんすか?」
「私はその…… あなたを呼びもど――」
イリスの問い詰めに、徹底抗戦の姿勢を示したカティアは、両腕を組みひと際立派な胸部を支える。レンからの頼まれ事をしっかり成し遂げていない、そんな後ろめたい気持ちから小声になっていく。やがて言葉に詰まる。その様子を見逃さずカティアが意地の悪い笑顔を浮かべ攻め込みかける。
「おや? おやおや?」
「もう何なのよ! あなたって人は!」
「にゃはははは。まぁウチも試験で生き残って科には留まりたいっすからね。手伝いかどうかは分からないっすけど、機体の掃除くらいはしといたっすよ」
機体の面倒は私が見ていた。そう言わんばかりに自慢げな口調でアピールしてくる。言われてみれば、煤を被っていた機体は綺麗に磨かれている。
どうせ見掛け倒しでしょ……
重箱の隅を突きたいという意地の悪さが収まらない。粗探しでもしてやろうかと、コックピットに乗り込むと、見掛け倒しでは無いことを思い知らされる。手で触れる部分は手垢一つ着いておらず、床には砂粒の一つすら見受けられない。
思いもよらぬサプライズに、カティアをリスペクトしようかと思うも、ムキになっている気持ちが勝ってしまう。
「よく掃除されてる、確かに綺麗よ。でも、いくら綺麗にしたって飛べなかったら意味がないでしょ!」
「はははは…… それを言われたら反論できないっす」
その言葉を最後に、ようやくカティアの達者な口が終焉を迎えた。イリスは勝った、と思いつつも彼カティアの行動を踏みにじる様な発言をしてしまい我ながら大人げないと内心悔やむ。
レンが戻ってくる前に隊長として、これだけは一つ聞いておく必要がある。イリスは自分よりも頭一つ背の高いカティアと向き合うと最後の質問を与えた。
「私には絶対飛空士になるという夢があるの。カティア、あなたも私たちと飛空士を目指していくつもりよね?」
「飛空士になりたいかどうかは自分でもわからないっす…… でも今言えるのは、ウチはまだ此処にいるということ。それだけっすよ」
カティアの煮えきらない言葉を最後に再会の言葉を交わし終えたところで、レンの登場。彼が荷台に乗せた大荷物と小柄な少女を引きつれ、機体の元へとやって来た。油切れを起こした荷台の車輪は絶え間なく悲鳴を漏らし、積荷の重さを物語る。
「手にはいったのね」
「ばっちり。完全新品の上玉だ」
レンは荷台の上に被せていたクロスを取り除き、イリスに例の物とご対面させた。例の物こと、交換用の魔力炉が姿を現すと、カティアも目を丸くして見入る。
「やるっすね。隊長も見習って欲しいもんっす」
「なによカティア。あなた猫みたいにほっつき歩いてた癖に良く言うわよ」
希望を繋ぐ救世主の前で、またも言い争いを始めようとする二人。お馴染みに成りつつある光景も、初めてこの場にやって来た少女には映り方が違ったのかもしれない。無表情な顔から言葉が飛び出す。
「なんかお二人さんピリピリしてて怖い……」
その声を耳に、ピリピリとしていた二人は褪せた水色髪の少女へと視線を移す。
「そうそう、敢えて突っ込まないでいたけど、この娘はレンの何っすか? おや、まさか!?」
「そうだ。そのまさかだ」
その通り。待ちに待った最後のチームメイト、連れてきてやったぞ。レンは自慢げに頷いて見せる。
「うひゃぁ。めでたいっすね。おめでとうっす」
「んっ? 何か勘違いしてるか? 俺たちの四人目となるチームメイトだ」
「……ああ、そういう。いや、しかし凄いっすよ。魔力炉を入手してくるだけでなく、スカウトまでしてくるなんて。有能の極み。そうっすよね隊長?」
ようやく見つかった四人目のチームメイトに、初対面のカティアもイリスも喜びを隠せない。これで試験を受けられる、生き残ってやる。三人の野望が燃え上がる傍ら、眠たげな少女だけは表情を微動だにせず、立ったまま船を漕ぎ始める。
レンは少女を摩り起こし、軽く自己紹介するように促す。イリスとカティアは互いに顔を合わせると歓迎の笑顔を浮かべ、少女の言葉を待つ。この場で何を求められているのか察した少女が、徐に口を開く。
「わぅ…… めんどくさい……」
「おいおい…… 名前だけでもいいから」
「エイルシファー」
「――って本当に名前だけ言って終わりか!」
一言名前を口にした後、少女はレンを見上げる。
もう十分でしょ?寝ても良い?彼女の性格から察するに、そんな事でも考えているのだろうか。
「よく来てくれたわ、エイルシファー。このチームのリーダー、いや隊長をしているイリスよ」
「隊長だなんて、かしこまっちゃって。ウチはカティア、暫くの間宜しく頼むっす」
「イリスに……ティア? よろしく」
「ティアじゃなくてカティアっす」
「カ・ティア?」
「そうじゃなくて…… まぁそれでいいすよ。どうぞよろしくっす、ルーちゃん」
イリスは手を差し伸べ、エイルシファーと握手を交わし、改めてチーム加入を歓迎。
カティアはしゃがみ込むと腕をエイルシファーの背に回し、ぎゅっと抱き着く。
「ルーちゃんはちっこくって可愛いっすね」
「わぅ。苦しい。ティアはでかい、色々と」
「そうっすか? 背はイリスより高いっすけど、レンとは大差ないっす。まぁ、レンがちっさい男なだけっすね」
「おいカティア、さり気なく俺を尺度に使うな。長身でない事は否定しないけどさ」
女子の中でもかなり長身なカティアと、エイルシファーでは頭二つ半近い背丈の差があり、同学年というには差があり過ぎる。傍から見れば歳の離れた姉妹といったところだろうか。
エイルシファーの口にするでかい部分が『色々』というのは、それが背丈だけでは無い事を指す。どの角度から見ても貧相なトップのエイルシファー。対して制服の上からでも容易に想像がつく、大層ご立派な胸周りを備えるカティア。強く抱き着かれるものだから、顔が起伏豊かな部分に埋もれ、エイルシファーが発した言葉は意味を成していない。もっとも、苦しそうにしているのは傍から見てもうかがい知れた。
ホールドから解放されたエイルシファー。今度は反撃とばかりにカティアの脚を覆うタイツを撫で始めた。
「すべすべ……」
「良い素材使ってて、ウチご自慢のアイテムなんっす。 ……でも、そこでストップ。これ以上は詮索しないでくださいっす」
暫くの間は好きに触らせていたカティアであったが、ある程度堪能させたところで、エイルシファーの手を払いのけた。突然下がった声のトーンに加え、冷たい撥ね付け方。女の子同士とはいえ馴れ馴れしくし過ぎたようで、触っていた方も小声で謝る。
「まぁいいっすよ。ウチはどこかの堅物隊長さんと違って、心がバインバインに大きいっすからね。そうだ、昼時なんでランチにするっす。ウチお勧めの店、ルーちゃんに紹介しますよ」
「わぅ。やった。行く。レン? イリス?」
「悪い、俺は直ぐにでも魔力炉の取り付けをしたいから、ここに残る。イリスは?」
「私も、レンを手伝うわ。あとカティア、誰が堅物ですって?」
「おおう、怖い怖いっす。ウチら二人で行くっすよ」
身長差が激しい二人の背を見送ると、レンはイリスに作業手順の指南を始めた。




