1.幸運を手にした少年
たった一枚の紙切れは少年を舞い上がらせるには充分であった。
そんな彼を目に姉貴は口を開く。
「すごいなぁ…… レンも飛空士になるのか」
「いや、正確には訓練生だけどな。まさか補欠で合格するなんて…… あの中央都市の学園の飛空士科に」
「試験の翌日なんて死んだ目をしていたのにね」
「あぁ。事前の適性検査で『能力がないから志願するだけ無駄』って試験官に断言されたからな」
大空を翔け抜け未知の領域へと挑む果敢な存在。人は彼らを飛空士と呼ぶ。
そして、飛空士の駆る航空機には魔力が必要不可欠である。
「でも、魔力を扱う能力が無いって言われたんでしょ? 大丈夫なの?」
「なんとかするしか無いだろ。泥臭いやり方でもなんでも足掻いてみるよ」
世界は魔力に満ち溢れている。魔力の供給源こそが飛空士が目指すべき高み。
そう、この世界に空高く漂う浮遊島である。
「どうしよう……」
「何が?」
「だって飛空士でしょ。レンが世の尊敬と憧れの的である飛空士になっちゃうんだから」
「いや、だから訓練生であって、正式な飛空士になるわけじゃないからな」
少年が訓練生のキャリアを経て目指そうとしている飛空士の使命とは、魔力の供給源である浮遊島へとたどりつくという事。浮遊島を手中に収めることができれば、膨大なエネルギー源を占有することが叶う。さすれば次の時代の覇権を握ることができる。
ゆえに各国は、飛空士育成に惜しみなく予算を注ぎ込む。
功績を残した飛空士に対しては国から莫大な報酬、そして名誉が与えられる。
「しかも地方の寂れた学校じゃなくて、もっとも権威ある中央都市の学園でしょ」
「あぁ、俺も嬉しいよ。でもあの中央都市の学園じゃないと俺には意味がないんだ。どこの訓練生でも良いって話じゃないんだ」
「まぁ、そうだよね。レンがそこに拘る理由、私にはわかる。お父さんの事を考えるとね……」
「あぁ……」
先程までの興奮から一転、少年は父親の話題が出た途端、言葉が途切れ窓の外へ視線を逃した。
「まぁまぁ、男子がそんなに考え込むな! この入学許可証、偽物じゃないわよね」
「そんな下らないイタズラする馬鹿がいるか! 姉貴じゃあるまいし」
「うっさいわね。私馬鹿じゃないし。それにしても、この書類結構重たいわね」
「重たい? 紙切れ数枚だろ?」
「いや、書いてある内容の話。私だったら普通に尻込みするんだけど……」
入学許可証に同梱されていた誓約書の物語る内容は、空を目指す訓練生が生半可な覚悟では務まらないことを物語っていた。
『事故で命を落とす』
『仲間を失う』
『全ては才能次第で、努力で覆すことはできない』
『卒業しても将来は保証されない』
――入学許可で高揚した新入生を、現実に引き戻すには十分な単語が連なっていた。
「なんか、もう、誓約書読んだだけで滅入るキーワード満載でお腹いっぱい。でも、結局は学生でしょ?」
「そうだな」
「学生が調子に乗らないように大袈裟に書いてるだけなんじゃないの?」
「そう信じたいな……」
姉貴は励ましの言葉を掛けたつもりだったようだが、少年は誓約書に書かれた『仲間を失う』という文字が残像のように焼き付いていた。
そして再び黙り込んでしまった少年に、彼女が問う。
「やっぱり怖い?」
「あぁ…… 誰も失いたくない。これ以上は……」
「そうだよね…… 誰かを失うなんて、私には耐えられない。でも男でしょ?」
「……そうだな。志願書を出したときから覚悟は決めている。悪い、女々しくなっちまって」
「うんうん。それでこそ私の弟よ」
少年の声に再び力が戻った。
「それにしても、試験が終わってからかなりの日が経って補欠合格って、今更よね」
「今更?」
「だってレン、地元の学校はもう卒業してるんだから、無職の一歩手前じゃない」
「無職言うな! 訓練生が無理なら何か働き口を探すつもりだったんだよ」
「ふーん。ウチの従業員として雇ってあげようかなって思ってたんだけどね」
「それは真っ平ごめんだ。姉貴にこき使われるなんて想像しただけで――」
「うっさいわね」
机越しに座る少年の膝に、彼女は蹴りを食らわせた。
人間の脆弱性を代表する部位を狙うとは、なんとも横暴な姉貴である。
小競り合いを終えたところで二人は入学許可証に添えられた書を覗き込む。
『今回、遅れての合格通知を送らせて頂いた理由に関して――』
『なお、編入生向けの式は下記日程にて執り行います――』
学園の新しい試みとして特別増員枠が急遽設けられ、補欠要員を繰り上げ入学させる措置にでたというのだ。そして補欠要員は編入生扱いとなるようだ。
一生分といっても過言ではない程の運を使い切った……
というのは大袈裟かもしれないが、少年が幸運を掴んだことに違いはない。
「編入生向けの式…… って、明日の日付じゃないか!」
「明日!? いくらなんでも急すぎないレン?」
「こんな事してる場合じゃない、夜行列車なら間に合うかこれ――」
「あぁもう悩んでいる場合じゃないでしょ! 早く行ったいった! 三等車の切符すら売り切れたら中央都市まで立ちっぱなしよ」
「三等車ですらキツイのに、明け方まで立ちっぱなしなんて無理に決まってるだろ! 悪い姉貴、後のことは任せた」
「高く付くわよ。さぁ行ったいった!」
少年はろくな支度も無しに急遽、学園を構える中央都市へ向かう事となった。




