8.私の名前は「クラスメートA」
体育館の照明が消えた。しばらく経ったら彼が来る。
暗くなった廊下から聞こえる彼の足音。体育館の鍵の束がぶつかり合う金属音。
そして、時折、返却ポストに本が落下する音。
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私の名前は三鶴英子。高校1年生でCクラス。私はこの学校の図書委員をしている。私の将来の夢は、図書館司書になること。将来、国立国会図書館の司書になれたらと思っている。
だから、図書委員という実質的に帰宅部のような委員会なのに、私は学校の図書室の司書の先生に頼み込んで、図書室の実務的な勉強をさせてもらっている。
実際に図書室の仕事をしてみて、生徒たちが書架から本を取り出して、元の場所にちゃんと戻さない人が多いということも知った。
特に、シリーズモノの本などは、順番がバラバラになりやすい。たとえば、高校の図書室にも揃えてある『ズッコケ三人組』のシリーズも、『それいけズッコケ三人組』、『ぼくらはズッコケ探偵団』、『ズッコケ(秘)大作戦』、そして最後は、『ズッコケ三人組の卒業式』というように、出版された順番に並べておいたのに、一日経過すると、順番がバラバラになっている。
また、トーマス・エジソンの伝記が、何故かシートン動物記シリーズの間に挟まっていたりなど、首を傾げるようなことも多い。
でも、どんなジャンルの本が人気なのか考えたり、司書の先生と図書室の企画を考えたりするのはとても楽しい。
それに私はもともと本を読むことが好きだ。特にミステリーや推理小説を読むのが好きだ。
だけど、女子高生でミステリーや推理小説を好きっているのは、珍しいかも知れない。少なくとも、私の高校のクラスにはミステリー好き女子は私一人しかいなかった。
だけど、クラスでミステリーや推理小説が好きな男子は直ぐに見つかった。山田祥太郎君だ。
クールで、格好良くて、いつも彼は、休み時間は本ばかり読んでいる。話しかけたくても話しかけられない雰囲気。外見が格好良いし、仲良くなりたい女子がクラスに多くいるのは知っている。うん、私もその一人だと思う。
図書室のカウンターで何度も彼の本の貸し出し手続きをした。彼もミステリーや推理小説が好きなんだってすぐに分かった。
ブックカバーで本のタイトルを隠している私と違って、彼は教室で堂々と小説を読んでいる。
そんなある日、私は、ショータ君がSNSをやっていることを知った。日記みたいなSNSだった。バスケットの練習のメニューしか書いていない。メモ代わりにSNSを使っているのだろう。
体育館の照明が消えたあと、返却ポストから音がして、その返却主がショータ君だった。どうやら彼は、部活が終わったあとも自主練習をしているらしい。
クラスで孤高を貫いている人だから、ちょっとSNSにコメントしにくかった。たぶん、他のクラスの人も遠慮しているのだと思う。
だけど、私はある日、勇気を振り絞ってSNSにアカウントを作り、彼のSNSにコメントをしてみた。
私のアカウント名は、「クラスメートA」。
体育館の照明が消えた後、しばらくして私は彼のSNSにコメントをした。『遅くまで練習お疲れ様!』
どきどきした。
そしたら、ショータ君から友達申請が来た。もっとドキドキした。私は思わず『ショータ君、友達申請ありがとう〜!』って送った。
一度も読んだ事のない彼の名前。ショータ君って言ってしまった。だって、みんな陰で「ショータ君って格好良いよね」って言っているから。
それから私の楽しみに、読書に加えて、練習が終わったショータ君にSNSにコメントをすることという項目が加わった。
ある日のことだ。図書室からショータ君を見ていた。体育館の出口へと出て来たショータ君は、私からのコメントを確認すると同時に、懐中電灯の灯りをつけて走り回り始めた。
一体、ショータ君は何をしているのだろう? だが、明らかに懐中電灯で誰かを探している。
だが、もしかして……と私は思う。
私の事を友達申請してくれたのだけど、もしかして私の事を誰か分かっていない?
いや、なんとなく分かっていた。友達申請をショータ君がしてくれた次の日、私の心臓は一日中ずっと高鳴っていた。心臓が破裂するかと思った。
いつ、ショータ君が、「友達申請の承認ありがとうな」って声をかけてくれるのかも知れないってドキドキしてた。
だけど、ショータ君は私に話しかけたりしてくれなかった。
やっぱり……もしかしてだけど、もしかしてなんじゃ? と私は思う。
最近、ショータ君が図書室から借りていた本は、『ガッコウの卵は誰のもの?』だ。あの本は私も読んだ。ストーリーの展開としては、若い議員に匿名のメールが入り、そのメールの内容が気になった若手議員がそのメールの内容を調べるのだ。最初は主人公の議員はその匿名メールを送った人物を追っていたが、そのうちに、国家の大きな不正が明らかになっていくというストーリーだった。
もしかして、ショータ君は、『クラスメートA』をさっき、懐中電灯で探していたのだろうか? でもなんで懐中電灯? 私は図書室にいるよ! というか、『クラスメートA』が私だってショータ君は気付いていないみたい。どう考えても「クラスメートA」って名前からして、私しかいないのに。
でも、探偵小説を読むのも好きなショータ君だ。もしかしたら私を突き止めてくれるかもしれない。
だから、私は図書室にいる。私に気付いて! という願いを込めて、『そういえば、二日目の放課後、雨降ったね』とコメントをした。
だけど、ショータ君は気付いてくれない。
だから私は、『「眷属」って漢字が書けなかった。今、変換して初めてしった~。でも一生書くことなさそうな漢字だよね』とコメントを送った。
「眷属」って、ファンタジー小説では「ヴァンパイヤの眷属」とか、頻出する漢字だけど、ミステリーや探偵小説では滅多に出て来ない漢字だ。
ショータ君が図書室から借りている本の多くは、その裏表紙の貸出カードに私の名前が載っている。お互い推理小説やミステリー小説を読みあさるという趣向は同じだけど、私はショータ君がバスケットの練習をしている間も本を読んでいるから読書時間に差が出て、さらには読書量に差が出る。
ショータ君が本の裏表紙の貸出カードに名前を書くとき、『三鶴英子』っていう名前を見ているはずだ。
ファンタジーではなく、推理小説とか探偵小説の貸出カードに良く出てくる私の名前を思い出して欲しかった。
……だけど、ショータ君は私のヒントに気付かなかったらしい。
それどころか、ショータ君は、『レジェンド・オブ・ソーズ』という、クラスで流行っているスマートフォンのオンラインゲームに興味を示し始めた。
というか、クラス中の大事件だったと思う。いつも本ばかり読んでいるショータ君が、突然、日比谷君に話しかけたのだ。
読みかけの本を机に置き、日比谷君の席に行き、そしてショータ君は言った。
「なぁ、日比谷。お前がやっている『レジェンド・オブ・ソーズ』ってゲーム、俺もやってみたいんだが、どのキャラクターを選択したらいいんだ?」
え? ショータ君、『レジェンド・オブ・ソーズ』に興味があるんだ。 そしてその事実を知って直ぐに、『レジェンド・オブ・ソーズ』のアプリのダウンロードを始めた女子は私だけではないと思う……。
だが、先制攻撃を始めたのは、古宮さんだった。クラスでも可愛いと評判の女の子だ。
「あっ、ショータ君……も、『レジェソー』始めるんだ。私、まだLv10だから、もし良かったらシナリオをやって欲しいな。ほら、シナリオって、レベルが高い人とはパーティーを組めない仕組みだから……」と言った古宮さん。
だが、『レジェンド・オブ・ソーズ』に詳しい人なら誰もが突っ込みを入れたかったのだろう。Lv10って結構強いじゃんと……。
『レジェンド・オブ・ソーズ』というゲームは、レベルが上がりにくいことで有名だ。そして、レベル差が2あれば、絶対的な差があると言って良いゲームである。かなり有名な話だ。『レジェンド・オブ・ソーズ』を積極的にやっている日比谷君だって、レベル20くらいなのだから……。
その日、私は、ショータ君が練習を終えたあと、思わずSNSにコメントしてしまった。
『練習お疲れ〜。ショータ君、『レジェソー』始めるんだってね。私もやってみようかな』
ショータ君が私を『レジェンド・オブ・ソーズ』に誘ってくれたら嬉しいなという願いを込めて。
だけど、ショータ君は私を誘ってはくれなかった。
そして、毎日が辛くなった。いままで誰も話しかけることが出来なかった読書中のショータ君。それに臆することなく、古宮さんはショータ君に猛烈アタックしている。
夜にオンラインゲームで一緒に遊んで、そして学校でも楽しく会話をしている。古宮さんはショータ君を好きなのだろう。古宮さんの気持ちは分かる。
「本当に昨日はショータ君に助けられたよ。危うく死んで、街からやり直しになるところだったんだ〜」って古宮さんが言っていた。
いやいや……レベル差があるから、わざとモンスターに突っ込んで、意図的にピンチになって、ショータ君に助けて貰っているというのはクラスでもすでに有名な噂だ。
たぶん……気付いていないのはショータ君本人だけだろう。というか、明らかな好意を古宮さんはショータ君に向けている。誰がみても、古宮さんはショータ君のことが好きだ。
ちゃっかり古宮さんは、「はるか」って呼んで、なんて言っているし……。ショータ君はクラスメートを苗字呼び捨てで呼ぶというのは有名な話だ。もちろん、私は名前を呼ばれたことなんてないけど。
そして、ショータ君は古宮さんのフルネームを知らなかった。私は納得できた。だから、「クラスメートA」のことも誰か分からないんだって。
このまま、古宮さんとショータ君は付き合っちゃうのかな……。そんな、暗いことばかり私は考えている。
だけど、私は、諦められない。
『練習お疲れ様〜。『レジェソー』、本当に、私もやってみようかな』と私は再度、私を『レジェンド・オブ・ソーズ』に誘って欲しいと願いを込めてショータ君のSNSにコメントしてみた。
だが、ショータ君からの反応は無かった。
やっぱり私じゃ無理かと諦めようかと思った。
だけど、突然、図書室の扉が開く音がした。図書室に入ってきたのは、なんとショータ君だった。
私は思わず、いつも通り「すみません。もう閉館時間なんですが」と言ってしまった。
せっかくショータ君と始めて話す機会だったのに、台無しだ。私は泣きそうになった。
「あっ、同じクラスの三鶴さんだよね。実は、『クラスメートXの献身』って本を借りたくてさ。誰かが借りていたみたいなのだけど、返却されてないかなぁって」
ショータ君……私のことを一応クラスメートって認識してはくれているんだ、なんてことを考えてしまった。最近、ショータ君のことになると私の感情が制御できない。
「あっ、それなら今日返却されていたよ」と私は答えた。だって、私が図書委員の役得で、学校で一番最初に借りていたから。
「そうか。もう閉館しているしな。じゃあ、明日、朝一番で借りにくるわ。ありがとう」と図書室を出ようとするショータ君。
思わずショータ君を私は、「あっ、待って。ショータ君。いま、貸出手続きするから。でも、今回だけね」と言って引き留めてしまった。
「助かる。あっ、ついでにこれも返却できる? 返却ポストに入れて置いていいけど」
ショータ君、『マスカレード・クラス』も読んだんだ。面白いよね。ちょっとこの本について語りたい! って思った。
だけど、「じゃあ、その返却手続きもするからちょっと待っていて」と私はドライに対応してしまう。『私もこの小説読んだよ。面白かったよね!』って言えば、きっかけが掴めるかもしれないのに!
「三鶴は、いつもこんな時間まで残っているのか?」とショータ君が聞いてきた。
「図書の仕事って毎日あるからね。書架の整理とか結構時間がかかるんだぁ~」
「図書室から、体育館って良く見えるんだな」とショータ君が言ったので、私は気がついた。
もしかして、ショータ君は『クラスメートA』を未だに探してくれているのかなって? 最近はずっとショータ君、『レジェンド・オブ・ソーズ』のことで古宮さんとばっかり話をしているし。
「そうだね。まぁ、校庭とかも良く見えるけど」と私は素っ気なく答えてしまった。
「なぁ、三鶴。お前が『クラスメートA』なんだろう?」
私はドキリとした。『そうだよ』って言いたかった。
だけど、私はショータ君が探偵小説が好きなのを知っている。私だって探偵小説は好きだ。
そして、探偵から『犯人はお前だ』と言われて、『はい。その通りです』なんて素直に言う犯人はいないってことは重々承知だ。
「『クラスメートA』って?」と私は首を傾げる。あたかも『クラスメートA』なんて知らないという素振りで。
探偵に名指しされた犯人は、こんなにもドキドキするものなのだろうか。
「しらばっくれても無駄だ。証拠はそろっているぞ」と、ショータ君は意気揚々と推理を始めた。
だけど、肝心の部分にショータ君はまったく気がついてくれていない。古宮さんの名前が『はるか』って知らなかったのと同じか。
「う~ん。えっと、SNSで、『ショータ君』って呼んだから、ショータ君の知り合いで、漢字テストで『眷属』っていうテストの内容を知っていたからCクラスの人であることは確実。そして、図書室からだと体育館の灯りが消えるのが見えて、それでショータ君の練習が終わった直後に、SNSを送っていた? ということだよね?」と私は冷たく言ってしまった。
私は、少し意固地になっているのかも知れない。だって、ショータ君は『ガッコウの卵は誰のもの?』も、『マスカレード・クラス』も図書室から借りている。私のフルネームをその時に、無意識にでも見ているはずだ。
ショータ君に気付いてほしい。「クラスメートA」が私だって。
「そうだ」
「でも、ショータ君の話では、まだ容疑者がクラスに12人もいるんでしょ? 私もアリバイがないし、容疑者の一人だってことは分かったけど、別に、体育館の灯りが消えるのって、図書室からじゃなくても分かると思うけど? 学校の外からでも分かるよね? どうして私がその『クラスメートA』になっちゃうの? 容疑者の1人であることは認めるけどね」
もう……私が『クラスメートAです』と言いたい。だけど、そんなの、私と……そしてショータ君が好きな探偵小説ではあり得ないことだ。
探偵が決定的な証拠を押さえてから、全ては始まるのだ。
探偵が、犯人が言い逃れできないような証拠を言ったあとでなければ犯人は自白できないのだ。
「それはだなぁ……」とショータ君は天井を見ながら言った。
「って、ヘボ探偵さん。図書貸出の印鑑は捺したから、本の裏表紙の表に自分の名前書いてね」と私は言った。悲しかった。
そして私は最後の望みをかけて、『クラスメートXの献身』をカウンターの上に置いた。
貸出カードの一番上は、実は私の名前が書いてある。私も読みたい本だったから、図書委員の役得ということで最初に借りさせてもらった。
ショータ君は、貸出カードの『三鶴英子』のすぐ下の空欄に『山田祥太郎』と書くということだ。
ショータ君は気付いてくれるだろうか。
お願い! 気付いて!
ショータ君がカウンターのボールペンを握った。そして、ショータ君の手が止まった。
「三鶴英子……えいこ?」とショータ君は私の名前を読み上げた。
「なぁ、三鶴……。お前の名前が英子だから、『A子』。それで、『クラスメートA』なのか? クラスメートBでも、クラスメートCでもなく、英子だからクラスメートA」とショータ君が言った。
ショータ君の鈍感! 気付くの遅い! という思いよりも先に、やっと気づいてもらえたという安堵感が私の胸に広がる。
「そうだよ。私が『クラスメートA』だよ。ついに捕まっちゃったか」と私は白状する。
「どうして、こんな回りくどいことをしたんだ?」と、ショータ君が言った。
動かぬ証拠を突きつけられた犯人は、自らの犯行の動機を述べなければならない。それが推理小説の定石だ。どんなに悲惨な過去があっても、被害者に恨みがあったとしても、それを最後まで語るのが犯人の役割だ。
だから、私も動機を語らねばならない。
私が、『クラスメートA』となった理由。
「いつも教室で推理小説をショータ君が読んでいるのが気になっていました。私も推理小説とかミステリー小説が好きなんです。女子で推理小説が好きな人とか私の周りにいないんです。一緒にショータ君と、小説の感想とか話せたらいいなぁとずっと思っていました。私と友達になってください!」
高校に入学して、ショータ君と同じクラスになって、ショータ君が推理小説とか好きな人なのだと気付いて……ずっと言いたかった言葉。
やっと言えた言葉。
「ん? いいぜ。俺もそういう友達が欲しいし」と、ショータ君は言ってくれた。
「よろしくお願いします!」と私は言った。声が大きくなっていた。
「でも、それならそうと普通に言ってくれたらよかったのに」とショータ君は言う。
いや……。ショータ君って、少し前まで『俺に話しかけるな』って空気を出しながら休み時間とか本を読んでいた気がするのだけど……。話しかけたい女子とかいたのに、みんな遠慮していたし……。
「とにかく、ショータ君は『クラスメートA』に辿り着いた! さっきのヘボ探偵っていうのは取り消し。見事に『クラスメートA』を捕まえたね。よっ! 名探偵!」と私は言った。
正体を突き止められて、喜ぶ私は、犯人失格かも知れない。だけどもういいのだ。
『クラスメートA』は、今、ショータ君に正体を突き止められ、捕まってしまった。
だけど……私は知っている。私は「クラスメートA」だから。犯人だから……誰よりも自分の動機を知っている。
きっと……私は、三鶴英子……の恋心は、ショータ君にずっと前から捕まえられていたのだ。
ご愛読ありがとうございました。




